エメラルドに輝く メモ○企画2

神納木 ミナミ

第3話 

〇キャラクター毎のショートエピソード(短編形式)

〇ミュージカル要素なんて必要ない。


 逃亡は成功したのか半信半疑だった。

 全身に飛び込んでくる抱えきれないほどの映像、声、音、匂い、初めて触れる感触、緊迫した雰囲気が慌ただしく過ぎていく中に、呆然と身を任せていた。飛び交う言葉の中の、知っている言葉が意識の中で際立つ。マスイが何とか、、、マスイは知ってる、重病者に使う薬。痛みを取り除き、平穏をもたらす。故郷で残りのマスイの数を数えるお医者さんの事を思い出す。


「もう、ないんだ。どうしよう」

「安楽死、、、」


 エスメラルダの中で何かが跳ねた。反射的に体が飛び起き、すぐに強い力で押さえつけられる。知らない男の顔があった。体に力が入らない。男は彼女の顔に小さく力強い光を這わせながら、顔のあちこちをひっぱったり抑えたりしている。


「異常無し」


 場所が切り替わり、目の前に座っているのも別の人。倦怠感の中で体が思うように動かない、宙に浮いているよう、頭もぼんやりする。色々と質問をされた事に一生懸命に答える。何を言ったのか、具体的には覚えていなかった、ただ故郷の事を聞かれた時、口を開くたびに胸の中で懐かしさと寂しさがない混ぜになっていく感覚は覚えている。

 それと一瞬、男の顔に嫌悪の色が浮かんだことも。それは目蓋に張り付いてしばらく残っていた。

 

 エスメラルダが体の感覚や意識を取り戻したと実感した時、暗闇の中にいた。どこか遠くで犬が吠えている。様々な光景が頭をよぎるが整理がつかない。


(お疲れ様、、、)


 声がするのでエスメラルダは周囲を探す。薄暗い闇の中、淡い藍色の空が窓の向こう側で一際目立っていた。カーテンが風に揺られてたなびく。じんわりと熱い部屋の中に気持ちの良い夜風が吹き込んでくる。



 

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 病院の中は広い。エスメラルダの知っている丸木と煉瓦を積み重ねた診療所とは違う。窓から彼方を見やるとオレンジの輝きの中をゆっくりと黒い霞が立ち込めていく。それでも部屋全体が明るい、四方の白い壁と薄い緑の床が輝いている。蝋燭は必要ないはずだ、エスメラルダの知っている「あるはずのもの」がこの世界には存在しない、それ以上のものがあるからだ。彼女は自分が薄暗いネズミの穴蔵から出てきたような気分で、部屋の中でせわしなく首を動かしていた。


「暖炉もないのに温かい……」


 側にいる誰かに尋ねてみるように呟くが、返事はない。危機を救ってくれた声は幻聴だったのか? エスメラルダは心細さが募り落ち着かない。ここには彼女の知っているものが、今は太陽を埋めた闇しかなかった。


 コツコツと通路を反響する音がやってくる。両手で体を抱いて身構えた。

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 病室を出ると、わっと小さな声が腰の辺りから上がった。

 エスメラルダが驚いて顔を見下げた先で、男の子がじっと彼女を見つめている。

 しばらく見つめあう二人。たぬきと猿が初めて出会うお互いに面食らって硬直しているようだった。

「何?」

「……フツーじゃん。ここ、重症患者の個室じゃないの?」

 エスメラルダは自分の出てきた大きな観音開きの扉の病室を振り返ったが、わからない。

「それは知らなかったけど。重症ではあったかな……。でも、もう大丈夫」

 男の子の右肩から下げた三角巾に収まっている右腕の方が重症に見えた。包帯でぐるぐる巻きになっている。

「だから、大丈夫なヤツが来るところじゃないんだって。その、ほら……わかるだろ?」

 少年は眉をひそめて廊下の窓から斜向かいに親指を指す。

 エスメラルダはそちらの方向にある病室を見て、なんとなく少年の言いたいことが分かった。「かうんせりんぐ」を受けに行くためには、そこに面した廊下を歩かなければならない。病室からすすり泣きや、諦めと悔恨のこもった涙声が漏れているのを聞いたこともある。出入りする人々の表情からなんとなく事情が汲み取れる、「死」の臭いがするのだ。

 少年の指摘で何となく不安になってくる。「かうんせりんぐ」の時に聞いてみようか、しかし……。

「子供がいるっていうから、どんなヤツか見に来たんだ。ダイブ歳くったババアだけど、確かにじいちゃんから見たら子供だよなあ」

「バ……」

(信じられない。汚い言葉、神様の国で……!)

 エスメラルダは聞かなかった事にして、笑顔を繕う。

「ボク? 御用はそれだけかしら?」

「急にお姉さんぶるなよ、うぜぇ。同い年ならと思って面白い映画持ってきたんだけど、お前じゃ話にならなそうだし、どうしようかなあ」

「(……ムカツク言い方)映画なら一杯あるから結構です。じゃあ、私は行くから」

「待てよ! ちょっと見るぐらい、いいだろ」

 少年は慌てて三角巾の中に無事な方の手を入れると、二枚の薄いケースを掴みだす。エスメラルダは苦笑した。

「何、これ?」

 エスメラルダは片手で差し出された二枚のDVDを眺める。

 一枚は真っ黒の長方形のパッケージ(覚えた)、もう一枚はスーパーヒーローものの映画のようで、金髪の美女が颯爽とビルの間を駆け抜ける表紙。

「主演、シルビア・ジェミニ。映画好きだけど、この子は初めて見るなあ。映画って本当に色々あるんだね」

「いい女だろ? 名女優、幻の一作で俺の大事なもんだ。絶対返せよ、失くすなよ!!」

 使う言葉は乱暴で無礼だが、エスメラルダは親しみがこもった「いい女だろ?」という言い方に好感を持った。まるで自慢の友達を紹介されているよう……。

「わかった。もう一枚のこれは何?」

「それは男用なんだけど、そっちも一応スーパーヒーローものだし、男なら勇気がでるかなあ、と思って」

「映画に男用とか女用とかあるんだ? へー……」

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