第224話 〝弓帝〟の技量

「はずした!?」


 〝弓帝〟――フェリロスは自分の狙いが外れたことに驚愕した。


 足が速かったのにも驚いたが、それでも当てられないほどではなかった。


 しかし、完璧に避けられて、逃げられた。


 あれは平民の動きではない。


 フェリロスはグライハルトに視線を向ける。


「あなたたちは誰に喧嘩を吹っ掛けたの?」


 フェリロスの鋭い視線に気圧されたのか、たじろぐグライハルト。


「……あ、あれはただの平民だ!」


「平民に私の矢を避けられるわけないでしょ」


 フェリロスにも〝帝天十傑〟の一人としての自負はある。


 平民に避けられるような矢は放っていない。


 死角も狙った。


 完全な不意打ちだ。


 気づいたときにはすでに刺さっていると錯覚するように計算された矢のはずだった。


 そんな矢に気づき、完璧に回避してみせたのだ。


 同じことができる人間がどれだけいるだろうか。


 少なくとも平民には存在しないだろう。


 フェリロスがいくらグライハルトに聞いても同じ答えしか返ってこない。


 これでは埒が明かないと思い、フェリロスは護衛のボレガスに視線を向けた。


 視線だけで察したのか、聞く前に口を開いた。


「実は、我々はあの少年が何者なのか把握していません」


 ボレガスはここまでの経緯を簡単に説明した。


 グライハルトはその説明をしているボレガスを睨んでいたが、ボレガスは説明を続けた。


 ここで説明を怠って帝都に何か起きたら責任問題になることを理解しているからだろう。


 フェリロスはボレガスの説明を聞き終えるとため息を吐いた。


「はあ、呆れた」


 少女を拉致しようとして返り討ちにされ、その逆恨みで再度、傭兵を雇って襲った。


 しかし、それも上手くいかず、今に至る。


「つまり、相手の情報を集めず、相手の技量も把握せず、喧嘩を売ったということね」


 それにしても、傭兵20人をあっという間に倒す実力。


 自分自身も皇宮からグライハルトを尾行していたから、その光景を見ている。


 最初は助けに入ろうとしたが、それよりも早く傭兵を一掃し始められて、介入する機会を失っていたせいで、介入が遅れてしまった。


 謎の少年のわかっている情報は〝帝天十傑〟に匹敵する技量を持っているということだけ。


(穏便に話を聞かせてもらおうと思っていたけど、そうもいかなくなったわね)


「あなたたちはそこでジッとしていなさい。いなくなったら容赦しないわよ」


 フェリロスはそう言って、屋根の上に跳躍する。


 フェリロスは数瞬だけ辺りを見回してから3本の矢を番えて弓を構えた。


 まるで何かを狙うかのように。


 いや、狙っているのだ。


 彼女も《トランサー》。


 能力は《熱感知》。


 生物たちの熱を視認することができる。


 琉海がこの能力を聞いたら、現代のサーモグラフィを想像しただろう。


 この能力で熱源体が移動しているのを把握できる。


 フェリロスが狙う相手は移動速度が速い。


 そして、今が真夜中であることも大きかった。


「大人しく捕まってほしいわね」


 フェリロスは3本の矢を放つ。


 3本の矢はジグザグに動く熱源体に迫っていく。


 遮蔽物を盾にしたいのだろうが、それも無意味。


 3本の矢は遮蔽物となる建物を回避していく。


 普通に矢を放っただけでは起きないような軌跡を描く矢。


 どんなに狙いを外そうと動き回っても追尾する。


 そして、追いついたときに必中の矢が獲物を突き破る。


 これで足が止まる。


 フェリロスはそう思っていた。


 しかし、標的の移動速度は変化していなかった。


 矢にも細工を施して《熱感知》の能力で把握できるようにしている。


 だから、わかった。


 矢が地面に突きささったままであることに。


「……読まれてるの?」


 フェリロスは試しにもう一度、3本の矢を放つ。


 しかし、結果は同じ。


 実はフェリロスの弓の技量が圧倒的にすごいわけではなかった。


 もちろん、そこらの兵よりかは弓が扱える。


 しかし、必中の矢を実現させているのは、魔法の技量だ。


 風の魔法で矢に推進力を加え、矢への風魔法で矢の軌道操作を行う。


 風向きで調整すれば追尾する矢に変化する。


 そんな追尾する矢をあの少年は回避した。


 それは、矢の変化よりも速い速度で動いているということだ。


「異常ね」


 矢を武器で弾いたり、破壊したりできる者なら〝帝天十傑〟の中にもいるだろう。


 だが、避けるとなるとどうだろうか。


 〝剣帝〟の雷を体に《エンチャント》する――《フルエンチャント》ぐらいか。


(あの少年も《フルエンチャント》を使ってる?)


 フルエンチャントは超高等技法だから、使える人間はあまりにも少ない。


 使えないだろうと思いつつも疑いを持ったフェリロスは、魔力探知を行った。


 遠距離にいる相手では、魔力探知しても大雑把にしかわからない。


 それでも、《フルエンチャント》を使っているかどうかぐらいはわかる。


 少なくとも、相手の魔力がどれだけ高いかはわかると思っていた。


 しかし――


「え!? どういうこと!?」


 魔力探知の結果にフェリロスは動揺する。


「魔力がほとんど感じられない?」


(魔力なしであれだけの動きができるなんて……)


 だが、自分の目で見たものを疑うことはできない。


「すー、はー」


 一度、深呼吸で動揺を落ち着かせるフェリロス。


「捕まえれば、すべてわかるわ」


 フェリロスは三度、弓を構えて矢を放つ。


 その矢はさっき放った矢とは段違いの速度だった。

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