第202話 〝弓帝〟と〝剣帝〟

 翌日。


 エリが事務室で必要書類に目を通していると、扉がノックされた。


 近くにいたスレイカに扉を開けるように頼む。


 スレイカによって扉が開かれると――


「た、隊長! きゅ、〝弓帝〟が来ました!」


 来客を出迎えた部下が足早にやってきてそう報告した。


(そういえば、部下には言ってなかったわね)


「そのまま通してここに案内して構わない」


「りょ、了解しました!」


 部下はそう言って、〝弓帝〟を案内するために玄関へ駆け出した。


 しばらくして、部下の案内で姿を現した〝弓帝〟。


「それで何の用?」


 エリは〝弓帝〟のフェリロスに聞く。


 フェリロスは近くのソファに腰を下ろした。


「率直に聞くわ」


 フェリロスは真剣な表情をエリに向ける。


 まるで戦闘時の剣呑さを帯びていた。


 同等の戦闘力を持つエリにはなんの脅しにもならない。


「なに?」


「現状のルダマン帝国をどう思う?」


 彼女も現状のルダマン帝国に疑問を持ったようだ。


「何かあったの?」


「ええ、アルフレード ・ボスコーノ辺境伯が殺されたわ」


 アルフレード ・ボスコーノ辺境伯。


 レーブン王国側の辺境に左遷された元中央貴族。


 中央貴族の時は伯爵だったはず。


「でも、殺されたといっても死体が見つかっていないのよね」


「え?」


(死体が見つかっていない……?)


 エリはこの状態が何かと似ていると思った。


 その既視感が最近あった事象であることを思い出す。


 フェリロスに言われるまで気づかなかった違和感。


 その答え合わせをするかのようにフェリロスとの会話を続けた。


「だけど、殺されたことになっているのよね」


「ええ、そういうことになっているわ。他殺の状況証拠は整っていたから」


「でも、犯人と死体が見つかってない?」


「そうなのよ」


(バズール男爵と似たような現象ね)


 フェリロスの情報から何が起きているのかエリは黙考してしまう。


 真剣な表情で顎に指を触れて考えているエリに何かを感じたフェリロスが口を開く。


「何か知っているの?」


「いえ……」


 エリは言い淀む。


 フェリロスがどちら側の人間なのか確信できる情報がまだなかったからだ。


 この話が本当だったとしても、参謀側が疑っている人間をあぶりだすための罠である可能性もある。


 ただ、この情報は少し調べられればわかる情報。


(後々、疑われるよりかは話して信用してもらったほうがいいわね)


 数秒程、緊張の空気が流れたがエリがため息を吐いたことで空気が弛緩した。


「私も同じようなことがあったのよ」


「同じようなこと?」


「ええ」


 エリはバズール男爵のことを話した。


 エリの話す内容に類似点がることにフェリロスも気づいたようだ。


「私はその時に死体の確認はしていないわ」


(もし確認していたら、死体がないことに気づけただろうか……いや、無理ね。屋敷の残骸で簡単に探すことはできなかったでしょう)


「ボスコーノ辺境伯とバズール男爵が行方不明……」


 どちらも国を良くするために動き、現在の中央貴族と反発して追い出された貴族だ。


 この共通点から犯人は参謀を筆頭にその恩恵を得ている中央貴族たちだろうか。


 フェリロスもエリと同じ思考に行き着いたようで、二人の視線が交差する。


「フェリロス、わかっているとは思うけど、確証を得られていない状況で下手に動くといいことはないわよ」


「わかっているわ。まだ帝都に滞在する予定だから情報を集めてみるわ」


 フェリロスはそう言って席を立った。


 用は済んだということだろう。


「くえぐれも無茶はしないことね」


 エリは最後に忠告しておいた。


「ええ、深追いはしないつもりよ」


 フェリロスはそう言って部屋を出て行った。


 フェリロスの姿がなくなると、窓際で控えていたスレイカが近づいてくる。


「よかったのですか。バズール男爵のこと」


「ええ、どうせ少し調べればわかることよ。隠してもしょうがないでしょ。私たちがそこにいたこともわかるでしょうから」


 下手に隠し事をして怪しまれる必要のない相手に疑われるのは本当の敵の思う壺だろう。


 フェリロスも〝帝天十傑〟の一人。


 判断を誤るようなことはしないだろう。


 この件も調べたと思うが、まずは反乱の火種を消すことが先だ。


「出発の準備を進めて。明日にはここを出発するわよ」

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