第179話 勧誘の結果

 琉海とエアリスが料理を食べ終えて紅茶を飲んでいると、二人の席に近づいて来る女性がいた。


 琉海は近づいて来る女性にすぐ気づいたが、相手の出方を待つ。


 自分に用があるとは限らない。


 しかし、目的の場所は琉海だったようだ。


「少し、良いでしょうか?」


 銀髪の女性が話しかけてきた。


「どうされましたか?」


「先ほどの男性とぶつかりそうになった時にすごく良い足捌きをしていたのを見まして、少し会話ができないかと」


 会話の導入部分からきな臭いと琉海は感じた。


 足捌きを見て話しかけてくるあたり、この人は武術に秀でた人なのだろう。


「そうですか。この後の予定もあるので、手短にお願いします」


 特にこの後に予定はないが、どんなことで絡まれるかわからない琉海は牽制球として手短に終えるように釘を刺した。


「ええ、構いません。少しお話ができれば良いので。こちらに座ってもよろしいでしょうか?」


 店内の客も多少は減り、琉海たちの隣の席も空きができていた。


「ええ、どうぞ」


 琉海の了承をもらうと銀髪の女性は隣の空いている席に腰を下ろした。


「それで何を話したいのでしょうか」


「そうですね……。話をする前に少し聞きたいことがあるのですが」


「なんでしょうか?」


「職業は冒険者でしょうか?」


「いえ、商人です」


 冒険者であると答えて、冒険者証明書の提示を危惧して商人と答えた。


「冒険者のほうが向いていると思いましたが、商人でしたか。お強い商人なのですね」


 反応を伺うような視線が向けられる。


 それに対して琉海は表情を表に出さない。


「魔物などに襲われるときは腕っぷしが強くて損はないですから。それで用件は何でしょうか」


「単刀直入の方が良さそうですね。では、ルダマン帝国の騎士になるつもりはありませんか?」


「騎士ですか?」


「ええ、私は1部隊を任されている部隊長でして、素質のある人がいれば勧誘しているのです。騎士に興味がありますか?」


 琉海は回答に迷った。


(騎士団への勧誘だったとはね……)


 自分がこのスカウトを受けたときのことを考えた。


 騎士だと管轄みたいなのがあるのだろうか。


 どこかの領土に縛られてしまうと、身動きが取れない可能性が高い。


 ルダマン帝国内部に入ることができてもあまり目的に近づけるようには思えなかった。


 反乱軍か騎士団か。


 自分がどちらに身を置くべきか天秤にかけた結果。


(反乱軍に身を置いていた方が自由度が高いか)


「申し訳ありません。今は人探しもしているので、断らせていただきます」


「そうですか……」


 一瞬、間が空くがすぐに口を開いて会話を続けた。


「もし、気が変わりましたら、教えてください。明日の朝まではこのお店の三つ隣の宿にいますので。それ以外の日でしたら、王都の軍部施設へお越しください。そこで、エリ・ルブランシュからの推薦で来たと伝えて頂ければ、私へ連絡が来ますので」


 簡単には諦める気はないようだ。


「わかりました。覚えておきます」


「では、私はこれで」


 エリはそう言い残して席を離れた。


「あれはなんだったの?」


 ずっと黙っていたエアリスが店を出ていくエリの姿を見ながら言う。


「さあ、騎士団への勧誘みたいだったけど。でも、この町の騎士団ってわけじゃなさそうだな」


 明日にはこの町を発つようだから、この町を守っている騎士団というわけではないのだろう。


「ひとつ気になるのは、レオンスの言っていた情報が本当なら、明日にこの町を離れるのは〝剣帝〟だったはず」


 1部隊を率いている部隊長ってことだったが、この町の門前で遭遇したときにチラッと見えた足数を考えるとそこまで多い部隊ではなかった。


「なら、あの女が〝剣帝〟ってこと?」


「さあな。ただその可能性が高いってだけだ」


「勧誘に乗らなくてよかったの?」


「〝剣帝〟の率いる部隊に入ったら余計に動き難くなるだけだろ。相当強いって言われてるくらいだし」


 エアリスの言うように〝剣帝〟の部隊だったら、帝国内部を探るのは容易になるかもしれないが、その代わり、〝剣帝〟の傍で動く必要が出てしまう。


 強いと恐れられている相手の傍で不用意に動けば、バレる可能性は格段に上がってしまう。


 リスクを考えると反乱軍の方が動きやすいだろうと判断した。


(直に見ることができただけ運が良かったか。女性だとは思わなかったけど)


 できるだけ彼女とは遭遇しないようにしようと心に決める琉海。


 店から出たあとは町中を歩いて日が暮れるまで町の景観を確認した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る