第38話 イーゲルの憎悪

「早く来い……」


 両刃の剣の腹にイーゲルの怒気の孕んだ瞳が写る。


 雨音が外から聞こえてきた。


「雨が降ってきやがったか」


 ディックが外を覗いて呟いた瞬間――


 屋敷の玄関の扉が吹っ飛んだ。


 吹っ飛んだ扉が床を転がり、壁にぶつかってようやく止まる。


「来たな!」


 イーゲルは剣を片手に駆け出した。


 魔法で身体強化を施し、加速する。


「殺す殺す殺す殺す殺す!」


 一気に距離を詰めようとする。


 先行するイーゲルに遅れて三人も動き出す。


 ミリアのことしか頭になかったバカスも琉海に襲い掛かった。


 最初に襲い掛かったイーゲルは剣を横薙ぎに振る。


 しかし、それは虚しく空を切り、蹴り飛ばされた。


 他三人も手も足も出ず、吹っ飛ばされる。


「やれ!」


 イーゲルの号令で四方八方から十数人の男たちが琉海に群がった。


 イーゲルもどさくさに紛れようとしたが、十数人の山賊たちは一蹴される。


「ミリアを返してもらう」


 琉海は四方八方に倒れている男たちに宣言した。


(あのガキの方が強い!?)


 イーゲルの脳裏に琉海を強者と認める思考が過った。


 だが――


「認めるかあああぁぁぁ!」


 イーゲルは怒りを声に乗せて叫び、再び駆け出す。


 剣を片手で持ち、もう片方の手で魔法によって炎の玉を三つ生み出す。


 B級まで昇ったヤンばあは五個の火玉を瞬時生み出したのに対し、イーゲルは三つ

が限界だった。


「吹き飛べ!」


 三つの火球が炎弾と成って琉海へ襲い掛かる。


 琉海はそれを最小限の動きで受け流し、火球は後方で爆ぜた。


「まだまだ!」


 次は炎が矢の形になって出現する。


 それが三本。


 火弾より速いが、殺傷能力は若干劣る速度重視な魔法だ。


 火球の後の火矢。


 緩急によって体が付いていけず、直撃するという算段だろう。


 イーゲルは一気に間合いを詰めて、火矢をくらった瞬間に追い打ちを狙った。


 しかし、琉海は火矢を裏拳で一掃。


 そのまま、回し蹴りで間合いに入っていたイーゲルを蹴り飛ばした。


「がふッ!」


 壁に直撃し、腹と背中に鈍痛が襲う。


 床に倒れるも、意識を保つのがやっと。


 一瞬の攻防。


 しかし、力量さをまざまざと見せられた。


(な、なんでこんなにも差があるんだ……)


 これまでの経験で圧倒的に敵わない相手と出会ってきたことはある。


 自分より強い者は多くいると理解している。


 しかし、その強者たちは皆それ相応の空気――オーラと言い換えてもいい。


 そういったものを備えていた。


 だが、あのガキからは強者の風格を全く感じない。


(なぜ、こんなに強い……)


 いままでの強者を見極める感覚が通用しなかった。


 そのせいか、負けることがどうしても納得できない。


 弱者に負けている感覚に苛まれる。


 イーゲルは懐から人差し指ぐらいの小さい瓶を取り出した。


 中身には、紫の毒々しい液体が入っていた。


 イーゲルを助けてくれたフードの男の言葉を思い出す。


 フードの男はこの瓶を渡すとき――


「命を賭けるのであれば、これを飲んでください。そうすれば、力を手に入れることができます。あなたの望む強者となるでしょう」


 強者。

 

 力。


 イーゲルにとって今、最も欲しいもの。


「俺は強者だあああぁぁぁ!」


 一気に瓶の中身を口の中に流し込んだ。

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