第25話 町長からの誘い

 解放されたと思ったところで、燕尾服を着た若い男性が話しかけてくる。


「初めまして、私は町長の執事をしているグレスと申します。主人が街を救っていただいたお礼をぜひ申し上げたいとのことなのですが、フラン様のご予定をうかがってもよろしいでしょうか?」


 貴族かなと言いたくなる品をただよわせたグレスは、腰が低くていねいな態度だった。


「特に予定はないですが……」


 俺はそこでちらりとルーを見る。

 彼女が行きたくないのであれば辞退したほうがいいだろうと思うのだ。


「よろしいのでは? 顔つなぎしておいたほうが後々のためになるでしょうし」


 彼女は笑顔で賛成する。


「ありがとうございます。主人も喜びます」


 グレスは安堵の笑みをこぼす。


「この後すぐに移動ですか?」


 俺が聞くとグレスは神妙な顔つきになってうなずいた。


「突然のことで大変恐縮なのですが、お二方さえよければこのまま一緒にお越しください」


 急と言えば急なんだが、特に予定はないからな。


「あっ」


 そこまで考えて一つだけ気になることを思い出したので、とっさに声が出る。


「いかがなさいましたか?」


「氷漬けにしたビッグボアの回収と処分なのですが、どうすればいいですか?」


 グレスに話すと彼はああと言ってから答えた。


「それでしたら冒険者ギルドがやってくれるでしょう。ビッグボアは全部で110体いまして、討伐報酬が大銀貨550枚。素材報酬が大銀貨330枚になる計算です」


 ビッグボア、けっこう金になるんだなというのが正直な感想だ。


「冒険者ギルドの使いが後で主人の邸宅に来るでしょうから、その時にお渡しできると思います」


「なるほど」

 

 じゃあ受け取りはその時でいいか。


 大銀貨880枚は金貨換算だと8枚になる。

 ドラゴンと比べると安いけど、それは仕方ないね。


「あ、グレスさんだ? 一緒にいるのは誰だろう?」


「きっと街を救った英雄よ。ビッグボアの大群を一瞬で氷漬けにしちゃったらしいわよ」


 ひそひそ話が聞こえてきて、どうやらすでに街に俺のことが広まっているらしいと悟る。

 

 それにしてもグレスも有名なんだなと感心した。


「あれが氷の英雄かな?」


「【凍神】フラン様かしら。素敵」


 若い女性に褒められて悪い気はしないが、ルーについて誰も言及しないのは少し残念だ……本人は気にしてなさそうだけど。


 町長の邸宅はイメージほど広くはなかったが、頑丈そうな二階建てで中には庭師やメイドが忙しそうに活動している。


 広い敷地を維持していくためには人手が必要なんだろうなとは思う。

 ちらりとルーを見てみると、


「雇用を生むのは上の者の役目なので、その意味では立派な町長だと言えるかもしれません」


 なんて答えが返ってくる。

 ところでどうして俺の聞きたいことがわかったんだろう。


 表情に出ていたのかな?

 たしかに割と感情が出やすいタイプだと親やアイルには言われていたけど。


 グレスに案内されるまま邸宅に入り、気になってきたことがあるので聞いてみる。


「町長はまだ職務中なのではないですか?」

 

 なのに邸宅に来て大丈夫なんだろうかという疑問はすぐに解決した。


「ええ。この建物は町長の執務室と自宅を兼ねたものでして」


 グレスは微笑と苦笑をバランスよく混ぜた表情で教えてくれる。


「建物を複数持つのは土地の無駄遣いだと、主人の祖がおっしゃったのだとか。それ以降、どなたも新しく建物を持とうとはしないのです」


 たしかに同じ人間が大量に土地や建物を持つのは健全じゃないかもしれない。

 ただ、金持ちが家を買って雇用を生むならそれはそれでありなんじゃないのか?


 ちらりとルーを見たが近くに耳目があるからか、ルーは沈黙を守る。


「立派な方なんですね」


 とりあえずそう言っておくのが無難だろうと思われた。


 グレスは微笑みながらうなずき、主人に仕えてることに誇りを持っていることをうかがわせる。


 俺たちは古びてはいるが立派な作りの黒い金属製のドアの前に案内され、グレスがノックをした。


「旦那様。街を救ってくださった冒険者のお二方をお連れいたしました」


「入れ」


 グレスが声をかければ低くて渋い男性の声が返ってくる。

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