第10話 ようやく幸せを手に入れました

「姫様!?どちらへ!」


スカートタイプの軍服を翻してご機嫌で出かける私を、護衛が慌てて引き留める。


どちらへと言われても、私が行くところなんて決まっているのに。


「ディークのところよ!」


愛しの婚約者様に会うためなら、例えそこが星の裏側でも行ってみせるわ。


私たちが恋人同士になって早半年。


名実ともに婚約した私とディークは、らぶらぶな日々を送っていた。


「お待ちを!ユウナ様!」


待てるわけがない。

二人きりになりたいから、わざと撒いていこうとしているのに。


だいたいこの国で一番強いのはディークバルド。そして二番目が私。


護衛なんていらない。

私たちが揃っているときに襲撃できる人は、多分この国にいない。


仕事を終えた夕暮れどき。

城の中を急ぎ足で駆け抜け、私はバラが咲き乱れる庭園へやってきた。


「ふふっ……、早く会いたい」


歩きながらひとり言が漏れる。

これから私は、ディークに会いに行くので嬉しくてたまらない。毎日会っていても全然飽きないし、仲は深まるばかりである。


彼はこの時間、いつも宮廷魔導士の研究所。だから、きれいなお花でも持っていって一緒にお茶をしようと思っている。


けれど、私が花を摘むより早く、周囲に軽い竜巻が発生してその中心から彼の姿がふっと出現した。


「ユウナ、ここにいたか」


美しい蒼色の髪に夕日が降り注ぐ。

あぁ、存在自体が神々しい。きゅんとしてしまい、胸を押さえる私。


ディークは私を見つめ、柔らかく微笑んだ。


「心配した」


「もう、おおげさね」


彼を見ていると、公務の疲れなんて一瞬で吹き飛ぶから不思議。


「いつもと違うルートを通っていたから、何事かと思った」


「あなたの研究室へ行く前に花を摘もうと思って」


ディークは魔法で私の位置がわかるから、ちょっとでもいつもと違うルートを通るとこうして突然に現れる。転移魔法を使い、スッと私のまわりにやってくるのだから驚いてしまう。


「会いたかった」


ぎゅうっと私を抱き締めた彼は、ブロンドの髪に顔を埋めた。


「ユウナ、愛してる」


「ふふっ、私もよ」


彼をそっと抱き返した私は、心地良さに目を閉じて微笑んだ。

かなりイチャついてるけれど、こんなものはまだ序の口である。


「今朝、婚姻申請書をもらってきたんだ。でも驚いたよ。夫婦になるのに、どうしてか君と俺の名を書く欄が別々なんだ。名前を重ねて書いてひとつにしたら、書記部からこれではダメだと言われてしまって……めんどうだから精神魔法を使ってルールを変更した」


「もう、ディークったら」


最凶黒魔導士な宮廷魔導士に、不可能はない。


「でも魔導士長にバレて叱られたんだ。ユウナに三日会わせないぞって脅されて。どうやって三日会わせないつもりなんだろう。そんなことすれば、世界が1日で滅びるのに……おかしいよね」


クスリと笑う彼は、儚げな笑みが美しい。瞳の仄暗さがたまらない。


「ふふっ、世界は取っておいて?私のために」


「もちろんだ。ただし滅ぼしたくなったらすぐに言ってくれ。いつでもやれるから」


付き合ってから気づいたのだが、彼は世界トップクラスのヤンデレだった。日本と違って魔法があるので、その脅威は無限大。


私に近づく者は徹底的に調べ上げ、追跡型の魔術で行動を監視する。

おかげで、何かトラブルがあっても騎士団の皆がどこにいるかすぐにわかるわ。


イスキリに至っては、これで日報を書く必要ないのでは?と言い出している。

彼は異常なまでに妻と娘を愛している男で、ディークすらイスキリを警戒しなくなった。


何名かの騎士は、王女としての私を結婚相手に狙っていたらしいけれど、ディークバルドによって戦意喪失させられた。


最凶魔導士にタイマン申し込まれたら、秒で逃げるしかない。


お父様たちはディークの執着にドン引きしていたけれど、私としてはどれほど執着されても「そんなに愛してくれているのね……!」としか思わない。


好き。うれしい。「ヤンデレ、ありがとうございます」と心の中で拍手喝采である。


「ねぇ、ディーク」


私は微笑みつつ、彼の腕を解く。

そして振り返りまっすぐに彼を見上げた。


「ユウナ」


あぁ、今日も黒い瞳が澄んでいる。曇りなきヤンデレの瞳だわ。


私の頬にするりと手を添えた彼は、縋るように言った。


「ユウナがいなければ俺は生きていけない。そして君もまた、生きてはいけない。永遠のときを君と過ごしたい」


そんな彼が愛おしくて、私は頬が緩んだ。


「愛しいあなたの望みなら何でも叶えてあげる。むしろ叶えたい。私だって婚姻申請書の件は心外だわ。

でも……婚姻が済んだらこのやりとりが終わっちゃうと思ったら、淋しいの。まだ婚約していたいって思ってしまう」


「あぁ、今俺も同じことを考えていた。君とのすべてがかけがえのないものだ」


私の愛する恋人。そして婚約者でもある彼は、甘い声で囁く。


「ずっと、一緒にいよう。そして死のう」


夕日に照らされたディークは、神々しいほど美しい。

あぁ、神様、ありがとうございます。


そっと唇を重ねると、共に居られる喜びで胸がいっぱいになった。


5回目の転生でようやく、私は本当の愛を手に入れたんだ。

これまでのように、捨てられる心配をしなくていい。本当は愛されていないのに、愛されているんだって思い込まなくていい。


彼のこの目が、全身が私のことを好きだって伝えてくれている。

言葉がなくても信じられるなんて初めてだ。


「ずっと一緒にいましょう。命が尽きても、永遠に」


「ユウナ」


こうして私たちは、今日も絶好調に愛を貫いていた。

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