第12話 ふたつのランドセル(後編)
結局、スマホの話は切り出せなかった。
「……うん」
カリンはお菓子すらも遠慮して食べないような子だ。それでスマホだなんて。話が飛躍し過ぎている。
順番が、違う。
でもきっと欲しいに違いない。もっとこう自然に、“スマホ買うか!” と、話せたらなぁ……。
そんなことを考えながら、リビングのソファーでぐでーとしていると、スマホが鳴った。
──ピコンッ。
雫ちゃんからのメッセージだった。
クマががソォーっと電柱の陰から覗いてるスタンプが送られてきた。
それは少し意外だった。
なんというかそのクマは可愛げがあると言うか、リアルでは絶対に起こり得ないスタンプ。
このクマは嫌悪にまみれた蔑んだ視線じゃない。それがなんとも言えぬギャップがあって、クスッと笑みがこぼれる。
それなら、クマがグッジョブしてるスタンプでも送っておくかな。……送信っと。
送った瞬間に既読表示がついた。
何か用事でもあるのかな。……カリンのことかな。などと思いメッセージ画面を開いたまま待機していると、すぐに返事は来た。
──シュポッ。
《あの! 今日、私のことを“ちゃん”付けで呼んでましたよね? なので、私もおにぃちゃんって呼んでいいですか? あとその、敬語も……》
なるほどなるほど。わざわざ聞かなくてもいいのに。雫ちゃんらしいというか、本当にしっかりした子だ。
《もちのろん!》
《やったぁ! おにぃちゃん♡ これでおあいこだよ♡》
……メッセージだとだいぶ印象変わるんだな。
そもそもスマホ越しの相手は本当に雫ちゃんなのか。ハートマークついてるぞ……。
俺のIDを知りたがっていたはずの陽菜ちゃんからは未だに連絡がない。
「…………!」
ははーん。わかったぞ。
これは陽菜ちゃんの仕業だ! 雫ちゃんのスマホを勝手に使って俺にメッセージを送ってるな!
現在時刻は午後九時。
と、なると……。パジャマパーティーか!
スーパーのお菓子コーナーに居たことにも合点がいく。
そうとわかれば話は簡単だ。引っかかったフリをしてあげよう。
余興に水を差してはカリンの兄として名が廃る!
さて、と。ピッピッのピッと!
《お兄ちゃんって呼んでくれるのかぁ! 嬉しいなぁ!》
《じゃあたくさん呼んであげる! おにぃちゃん♡おにぃちゃん♡おにぃちゃん♡だぁーいすき♡ はいどうぞ♡いっぱい喜んでいいよ♡》
《わーい! やったぜ!》
絶対に雫ちゃんが言わなさそうな言葉の数々。でも乗る! 言われた通り喜ぶ!
これは陽菜ちゃんのいたずらなのだから!
◇◇
《じゃあそろそろ寝るね! それで、モーニングコールは何時にすればいい?♡》
この有無を言わさぬグイグイ具合。陽菜ちゃんで間違いないだろう。
ネタ明かしは朝の電話でするってことかな。
《五時半起きだよ!》
と、送信ボタンを押してからしまったと思った。さすがにこの時間に起きる小学生なんて……などと思っていると、
《わかった♡ じゃあまた朝にね。おにぃちゃん♡》
《待った! 無理して早起きしなくていいんだよ?》
《ううん。いつも五時過ぎに起きてるから大丈夫》
《早っ!》
《うん。洗濯とか朝ごはんの支度とかゴミ出しとかやることたくさんあるから》
俺と同じだ。朝から家事するんだ。雫ちゃんはしっかりしてる子だからな。
……いやいや。九歳! しかもこれは陽菜ちゃん! 一夜限りのそういう設定なんだよな。うんうん。
《そっかそっか偉いね!
《うんっ♡ まかせてっ。おにぃちゃん♡ じゃあまた朝にね♡》
クマが布団の中でZzzしてるスタンプが送られてきてメッセージは終了──。
「ははっ」
“あれは陽菜の仕業で、私じゃないです。誤解しないでくださいね。汚らわしい。”
とか蔑んだ視線で言われる未来が見える。
「でも、そうか」
……本来なら、この輪の中にカリンも居るんだよな。
スマホの奥で楽しくパジャマパーティーをしているであろう二人のことを考えると、どうしてそこにカリンが居ないのかと、嫌でも思ってしまう。
本人がそれを望まないのなら、俺がとやかく言うことじゃない。
それに、言ってもまだ九歳。
時間はたっぷりある。
けど、待ってはくれない。
一日一日、確実に過ぎていく。
それは、人の心も、日常も。
カリンの抱える悩みがわからない以上、そっとしておこうと思っていた。
でも。
パジャマパーティーならうちでもできる。
ホームパーティーだってできるぞ!
学校に行ってなくても友達と遊んじゃダメって決まりはない。
あとで、カリンに提案してみよう!
◇◇◇
──翌朝。
トュントュルトュントュントュン♪〜
《雫ちゃんから着信》
ああ、そうか。昨日はお泊まり会。
パジャマパーティーからのモーニングコールだったかな。
『お、おにぃちゃん朝だよ。お、おき……起きて』
耳を疑った。
その声は完全に雫ちゃんだった。
『ごめんなさい。まだちょっと恥ずかしくて。うまく話せない、かも……』
『お、おう。俺もちょっと、恥ずかしさのあまり困惑してる、かも……』
『少しづつ、慣れていけばいいと思います。あっ、ついつい敬語になっちゃう……。せっかくおにぃちゃんが
『お、おう。ソウダナ! オレ、オニイチャン! オニイチャンチャン!』
あぁ、なに言ってるの俺!
落ち着け……落ち着くんだ……!
『うん。じゃあ今日も一日頑張ってね。休み時間にメッセージ送れたら送るから……ファイトだよ!』
『雫ちゃんもガンバテナ!』
『ありがとう。おにぃ……おにぃちゃん♡ またねっ♡』
──ピロンッ。通話、終了。
「…………」
ハッ!
言葉の最後にハートマークが見え……た!
夢かな? うん。夢だな。
頬をつねってみた。……痛い。
待て待て。そんなはずない。痛いはずないだろ! だってこれは夢!
この痛さは気のせい!
その証拠に思いっきりつねっても、ほら!
「ほーらみろ!! 痛くなんて……ッ!」
あぁ超痛い。痛過ぎてヒリヒリする。
…………現実。
とんでもない思い違いをしていた。
パジャマパーティーなんて、開催されていなかったんだ……。
あの雫ちゃんが俺をお兄ちゃんと慕ってくれるなんて……!
まるで汚物でも見るような目で、俺に蔑んだ視線を向けていたあの雫ちゃんが……!
あの、雫ちゃんが……!
いったいなにがどうなっているのか考えてもわからず、暫くベッドから起き上がることができなかった。
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