第47話 必ず、フィスフェレムを討伐しろ

 誰もいない宮殿内。

 当然俺は大関おおぜきがどこにいるか分からないので、女王様の後ろをついて行くしかない。

 女神の藍イーリス・インディゴを手に入れる為にも。


 ……それにしても、本当に誰もいねえな。

 ボルチオール王国の城とは違い過ぎて、本当に国のトップが住んでいるのか疑いたくなる。

 敷かれている絨毯や天井にあるシャンデリアは高級品なのは見りゃ分かる。

 ……が、誰もいねえ。

 そこそこ宮殿内を歩いているのに誰もいないんだよ。

 それがこの違和感の正体なんだ。


 「ここです、勇者オーゼキのいる場所は」


 階段を降りて、長い廊下を歩き続け、案内されたのは宮殿の最深奥の部屋。

 あー……何で女王様の護衛が数人しかいなかったのか分かったわ。


 「凄い厳重警備ですね」

 「勇者オーゼキが何者かに殺されるような事があれば、セトロベイーナは終わりですから」


 本当に終わりなんだろうな。

 大関が殺されれば。

 その証拠に部屋の前には、女王様を護衛していた騎士達よりも屈強で、全然強そうに見える護衛の騎士や兵士が数十人もいた。


 「入りますよ、皆さん」


 部屋の一番近くにいた護衛騎士の手により、扉が開かれる。

 まず、目に入って来たのは部屋の床に座り込んで疲弊しているメイド達や執事達だった。

 ……宮殿内を案内する人間がいないと思ったらこの部屋に大量にいたのかよ。


 「本当に……お疲れ様」

 「じょ、女王様……ああっ、お見苦しい姿をお見せして……」

 「良いのよ、そのまま休んでいて」


 立ち上がろうとするメイドや執事達に女王様が労いの言葉を掛けているのを横目に、俺はセトロベイーナ軍の魔法使い達を始めとした様々な人間が大関が眠っているベッドを囲んでいるのを見ていた。


 そういえば、国境の関所で兵士が言っていたな。

 大関を必死に延命させているって。

 メイドだろうが執事だろうが関係なく、回復魔法や治癒魔法を使える人間は、この部屋に集中させていたから、メイドも執事も客人を案内する人間もいなかったのか。


 「……大関」


 必死に延命されている、元クラスメイトの名を誰にも気付かれない様に呟いた。

 いや、自然と口にしていたと言ったほうが正しいのかもしれない。


 嘘だろ?

 女神の加護があるはずだろ?

 しかも、大関は勇者として六番目とはいえ一応女神の剣イーリス・ブレイドを持っている。

 その大関が、ズタズタになっていた。


 顔は、殴られたのかは分からないが、酷く腫れ上がっていて、腕や足は包帯でぐるぐる巻きの状態と見るに堪えない姿だ。

 こんなの元の世界で恐らく生きているであろう、大関の両親になんか見せたら卒倒もんだろ。


 「……勇者オーゼキを連れ帰った騎士の話によると、フィスフェレムによって操られた、騎士サトー、剣士イトーの二人に攻撃されて、勇者オーゼキは未だに目覚める事が出来ない程のダメージを負ってしまったのです。フィスフェレムに大勢の人間の命を奪われるくらいなら、自分が犠牲になると言って、全く抵抗しなかったそうです。……結局、勇者オーゼキを救う為に、多くのセトロベイーナ軍の人間が命を落としたと報告を受けましたが」


 今の大関の姿を見て、言葉を失った俺にどうしてこうなったか、女王様が説明してくれた。

 騎士サトーも剣士イトーも俺の元クラスメイトの人間だから、女神の加護を持っている。

 だから、大関をボコボコに出来たのか。

 ……抵抗しなかった理由も大関らしいな。


 「恐らく、勇者オーゼキは目覚めても、もう一生戦う事は出来ないでしょう。いや、わたくしが勇者オーゼキを戦わせたくないのです。あまりに可哀想過ぎて……。だから勇者様……ジン様に女神の藍を託したい」

 「分かりました、必ずフィスフェレムを倒しますよ。女神の黒イーリス・ブラック……」


 俺は女神の黒を引き抜いて、切先を大関へ向ける。

 だが、それを見た護衛の騎士や兵士が部屋に入って来ようとする。

 それを女王様が制してくれたので、俺が護衛達にボコボコにされるという事は避けられたが、邪魔が入ったし、やり直すか。

 改めて女神の黒の切先を大関に向ける。


 「女神の黒。大関から、女神の藍を奪え。女神の加護はいらない。女神の藍だけ奪え」

 「……どう、ですか? ジン様?」

 「……成功です。約束通り、リベッネと二人でフィスフェレムの討伐をしましょう」


 女王様の心配は杞憂だった。

 何事も無く、俺は大関から女神の藍を奪う事に成功した。

 これで魔王軍の討伐がしやすくなった上に、俺は更に強くなった。

 喜ばしい事だ。


 だが、少し悲しくもあった。

 ……やはり、現実は残酷だ。


 俺が奪う事に成功したという事は、今の大関は、俺よりも実力が下で、勇者としても不適格だという事の証明だから。

 大関はセトロベイーナの人間の為にフィスフェレムに勇敢に挑み、セトロベイーナの人間の命を守る為に抵抗せず自分の身を犠牲にしてここまでボロボロになったのに。


 その末路が、これか。


 「……馬車借りれます?」

 「え? も、もちろんです! それくらいのサポートはします!」

 「それでは、すぐにリベッネの元へ戻りますか」

 「あ、ジン様! 待って下さい!」


 逃げる様に、俺は大関が延命措置を受けていた部屋から出た。

 大関はどうせすぐ死ぬから、いずれ女神の藍は手に入るとか考えていた俺は、あの場に長くいるべきじゃない。

 そう思ったから。


 申し訳無いと思うなら、フィスフェレムを討伐しろ。

 必ず、フィスフェレムを。

 俺は、大関の持っていた女神の剣を奪ったのだから。

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