伯父と足音

鉄格子が嵌った窓の外には梅雨入した古綿色の雲が広がっていた。

警察署の取調室も空からの色が続いているような灰色。

初対面の時は黒くて艶のあった刑事の髪もすっかり灰色に近くなっている。

「本日はご足労いただきありがとうございます」

これが形式上の物とよく知っている。

私もとりあえず頭だけは下げておく。

「まあ、世間話しても始まらないので」

そっと机の上に置かれた写真には生前の伯父が写っている。

顔に視線が刺さる。表情の変化を観察しているのだろう。

カメラに真っ直ぐ向かい指名手配のポスターのように無表情。

 刑事が顔の部分を指でずらす。下からもう一枚、写真が出てきた。

 伯父が暮らしていたであろうアパートの床の上で仰向けになっている。

半ズボンとTシャツのありふれた服装。

 誰もがひと目みて異様だと分かる。

身体中についた人の足跡のような赤紫色の痣。  「身元確認の為に顔は見たでしょう。死因は外部からの圧迫による内臓破裂。この通り、痣は全身に渡っており仏さんに怨恨を抱く者による犯行かと」

話している間、私の顔をつぶさに観察している。

安置所まで行くのに手を煩わせた職員の顔が頭に浮かぶ。

昔から相変わらずの人だ。刑事という人種の中身が簡単にあれこれ変わるのかは知らないが。

「おかしいのは身体の痣だけではないんです。アパートの住人によると確かに夜中、二階から複数の足音を聞いたと証言がとれました」

それがどうした。

「犯行が複数人としてもおかしいんですよ。部屋は密室。その住人は犯人達が階段を降りる足音は聞いていないんです」

だからなんだ。

眉間にしわが寄っていくのがわかる。

「仏さんの部屋、綺麗なものでしたよ。いや、正しくは全く生活感がなかった。複数人に襲われれば抵抗から食器や書籍の散乱が見られますが、そもそも散乱させる物がなかった。仕事の足がつかないように最低限の物すら持たなかったのでしょう」

「刑事さんブラックジョークがお好きなんですね。そこそこ長い付き合いがあっても知らない事ってあるものですね」

「はい?」

「有名なジョークですよ。男の子のもとにサンタがプレゼントを持ってやってくるんです。最初はズボン。次の年は自転車。その次はサッカーボール。とうとう男の子は泣いてしまったって。意味、わりますか?」

「いや」

「足ですよ。男の子は事故で足を失った子なんです」

大袈裟に車椅子のハンドリムを回してタイヤを鳴らす。

キイッと擦れた音が響く。

「刑事さんがご足労とか足がつかないとか足の話ばかりするので。どうして今日は私を呼んだんですか?伯父の遺体に車椅子のわだちでも着いてましたか?私が怨恨を抱いて、伯父の死に関係しているとでも?」

「奴の仕事について知っている事を話してくれ!どんな些細な情報でもいい!」

「伯父とはあの事故の処理が終わってから一度も連絡すらしていません」

「お前さんは奴が関わった事案の唯一の生き残りなんだ!」


参列者は私だけ。先日の取調室でのやり取りをぼんやり思い出していた。

簡素な祭壇と伯父が入っている棺桶。読経。

両親の時はもう少し参列者がいた。

 あの時はまだ幼く、目が覚めたら私は下半身不随になっていた。

私を乗せた両親の車はハンドル操作を誤り崖下へとと一応はなった。

 伯父に会ったのはお見舞いにきた一度きり。

私が全く知らなかった両親の借金を生命保険で返済したと知ったのはずっと後。

 人の死を偽装して保険金を詐取さしゅする生業で繋がっていた黒い人脈が、足を失った私でも不自由ない生活を送れるように手配してくれた。

 人の尊厳を踏みにじる最低の行為でも事実、私はこうして生きている。

 踏みにじってきたから最期に踏み潰された。

天罰とでもいうのか。

 先日から続く曇り空からとうとう雨が降り出したか。

最初は拍手の初めのようにぱらぱらと。次第に激しく打つ足音のような音が天井から。

 背後から視線を感じて振り返った。

一層と黒が増した雲が駐車場の上に広がっている。

アスファルトの地面はよく乾いていた。

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