第34話 対話(2)結婚式

 結婚式にも披露宴にも、出席する予定は実家側にも湊にも無かったのだが、手違いというものは起こる。

 梨園の帝王と元有名美人女優との長男である梨園のプリンスと、有名俳優と有名作家との長女である美人モデルの結婚のニュースは、日本中に広まった。

 そして、初舞台の事から学生時代の様子、襲名した時の事などを事細かく振り返る内容が色々な番組で放送され、ついでに、テロ事件に巻き込まれた事まで思い出された。

 そこから、「弟は今どうなった」などと興味を持たれ、離れて暮らして交流がないとバレるや、「式にも来ないなんて、仲が悪いのか」「被害にあった子を絶縁する家族って」と言われ、湊にも式と披露宴に出るようにと、急遽知らせが来たのだ。

「面倒臭いなあ」

 式場へ向かう車の中で溜め息しかつかない湊に、柳内は、

「お兄さんの結婚式なんだから、面倒とか言わない。皆も警備に混ぜてあるし、息抜きに行ってもいいから」

と、柳内も嘆息を堪える顔付きで言った。

「まあ、一般人だから報道もインタビューも控えてくれって言ってはくれてるみたいだし」

 そう言いながらも、言った柳内も湊も、それがどの程度守られるのかは、甚だ疑問だと思っていた。

 着いた時には、まるでこれから戦闘開始だと言わんばかりの気分で車から降りた。

「おめでとうございます」

「お兄様に一言」

 わっと寄って来る彼らに、柳内が当たり障りのないように笑顔で適当に答えて、急ぎ足で建物内へ入る。

「あ、湊。社長」

 湊達を見付けて、気づかわし気ながらも安堵したような顔をする涼真に、

「仕事に行きたい」

と湊は言ったが、柳内に控え室へ引っ張って行かれた。


 湊を見て、それが誰かわかった途端、こそこそと好奇心のままに話を始める出席者達を極力無視し、タニマチの中の迷惑そうな顔をする人達を頭から締め出し、すり寄って来る人達には関わらないように努め、兄と義姉になる人にお祝いを言った後は、静かに耐え忍んでいた。

 それに気付いたのは、披露宴が始まった頃だった。

 とにかく広い披露宴会場にはたくさんのテーブルが並び、人もうじゃうじゃと列席している。

 その中で、これまでとは違うハッキリとした悪意を感じた。

(どこだ?誰が、誰にだ?)

 見廻してみるが、難しい。

 それまでとは違う真剣な表情で辺りをさりげなくではあるが探り出した湊に、柳内と、同じ親族席にいた両親が気付いた。

「どうした、湊。何か起こりそうなのか」

 そっと柳内が訊く。

「ああ。誰が誰に抱いた感情かはわからない。人が多すぎるのに、密集してて……」

 いいながらも、丁寧に、神経を研ぎ澄まして探る。

 と、若い役者がそうだとわかった。

「あそこの、今隣の人にビールを注いだ人は?」

 小声で訊くと、父の行人が同じく小声で返す。

「弟子の雪太郎だ。本名は北条剛志。元は麻美さんの彼氏だったらしいが、とうに別れたと聞いている。

 まさか?」

 麻美というのは、新婦の名だ。

「……ちょっと、調べてもらう」

 湊は席を立って涼真達の所に行くと、

「調べてもらいたい事ができた」

と、撮影しておいた剛志の写真を示しながら、彼と麻美について調査を依頼した。


 しばらくして合図があり、ロビーに出ると、緊張した様子で皆が集まっていた。

「北条剛志さんと滝川麻美さんは大学のサークルで出会って、しばらく付き合ってたらしい。でも、夏休み明けには別れていて、お互いに気まずそうに話もしないようになっていたらしいよ」

 涼真が言う。

「北条剛志さんのご両親は離婚していて、別れて暮らしてはいたけれど、妹さんがいたそうよ。寺田亜弓さん。いじめが原因で、中学3年生の時に自宅マンションから飛び降り自殺してたわ」

 感情を抑えようとしながら、雅美が言う。

「この亜弓さんのクラスメイトが麻美さんで、当時、虐めに加担してはいなかったものの、それまでは仲が良かったのに、巻き添えを恐れて、無視するようになっていたそうです」

 悠花さんが悲しそうに言った。

「別れの原因は、夏休みの間に2人がその事を知ったんだろうな。

 ありがとう。それにしても、よくこんなすぐにわかったな」

 言うと、涼真達は笑った。

「麻美さんの友人はたくさん出席してるし、サークルが一緒だったから、北条さんの事を知っている人もいたし」

「それより、北条さんが何かしようとしているの?相手は麻美さん?それとも、お兄さん?」

 雅美が言う。

「マークしておくしかないな。ちょっとわからない」

 湊は何も知らずにひな壇にいる新郎新婦をどう警護するか、考え始めた。



 



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