第3話 新設部署(2)ドジっ子
そしてようやく数字を打ち込めたと思った時、いきなり書類がバサバサとなだれ込んできてキーボードを覆い隠す。
「ごめんごめん」
隣のデスクの先輩が、軽い調子で謝った。
「い、いえ」
悠花は辛うじて笑顔を浮かべ、自分の机になだれ込み、机の上や床にちらばった書類を隣のデスクの先輩とまとめ始める。
しゃがみ込んで書類を拾い集め、揃えて先輩に差し出した時、それに気付いた。打ち込んだ筈の画面が、消去されている事に。
「あ……」
「ありがとう、竹内さん。
あら、どうかしたの?」
ふふんと嘲るような薄笑いを滲ませながら先輩が訊くのに、どうにかこうにか答える。
「今、打ち込んだデータが、その、消えて……」
「あらあ。ちゃんとセーブしないからよ。ド新人じゃあるまいし、しっかりしてよね。
明日まででしょ。遅れないようにね」
「は、はい」
周囲の女子社員のほとんどは薄笑いを浮かべ、残りは我関せずと視線を合わせない。
隣の先輩がわざと机に積んだ書類を倒し、隙を見てデータを消去したのはわかったが、証拠もない。悠花は声を震わせないようにし、強張った笑みを浮かべるのに精いっぱいだった。
竹内悠花、入社2年目の財務課社員だ。そこそこかわいく、明るいが、大人しくて少々ドジなところもある。
そんな彼女を、女子社員に人気の男性社員が助け、気安く話しかけた事に先輩女子社員達が激怒。以来、色々な嫌がらせを悠花に対して行うようになっていた。
積極的に嫌がらせをして来ない人も勿論いるが、嫌がらせの首謀者は社内でも力のある一派で、関わり合いを恐れて無視している。
それに薄々勘付いた男性社員が庇おうものなら、「色目を使って媚びた」と難癖を付けて余計に酷くなる上、庇った社員も彼女達の妨害を受け、自分の仕事に支障をきたす。
そういうわけで、悠花を庇う人間は課内にいなかった。
転属願いを出したが、それを受け取るのがその一派の人間なので、余計に酷くなるという悪循環だ。
退職するのは、仕事がすぐに見つかりそうにないこの世の中を考えると二の足を踏んでしまう。
それが悠花の置かれた状況だった。
その調査結果を前に、別室メンバー達は溜め息をついた。
「かわいそうに」
そう言ったのは涼真だ。
「随分、幼稚で詰まらない事をするやつらだな」
そう、本当に詰まらなさそうに言うのは湊だ。
「彼女、早く何とかしないと」
雅美が顔を曇らせる。
「証拠なんて、ちょっとカメラを仕掛けるでも、録音機材を持ち歩くでもすれば集まるでしょう。それを持って弁護士の所に駆け込めば、慰謝料が取れるのに。ボス1人を見せしめにすれば収まるでしょうし」
「本人は委縮して、それができないもんだよ、湊君」
錦織はおっとりと笑って、続けた。
「彼女があまりにもかわいそうだけど、庇うとまずいから――と無記名でポストに入れられた依頼だ。別室は社員の困りごとを聞いて解決する、社内の問題を解決する、という係だからね。彼女を巡る問題を、解決しようじゃないか」
「はい!」
力強く涼真が返事をし、悲しみと強い決意を込めた目で雅美が頷き、湊は面倒臭そうに小さく嘆息した。
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