第13話 薄明

 アウルベア狩りの依頼を受けた翌朝、事件現場の南部の街道へと出発した。


 道中、ジョヴァンナが異邦人に求めるものは何かを、グヴィンと話してみたが、やはり、元の世界の情報、知識、技術、だろうか。

 果たしてこちらでどこまで再現できるのか分からないが。


 魔物勢力はともかく、おそらく大多数が選択したであろう人間勢力には、専門知識を持つ者もいるはずで、あっという間にこの世界に技術革命をもたらし、世界のあり様を変えてしまうのではないか。


 その場合、人間有利となってしだいに魔物は駆逐されていくだろう。

 だが、そのくらいのことを今回の首謀者が考えていないとは思えない。


 そもそも、魔物と人間の勢力関係とか、この世界の国のこととか、知らないことばかりで、ジョヴァンナ・メタリカーナに一度くみするのも選択として間違ってないかもしれない。

 ジョヴァンナの人柄を見ての話だが。


 休憩を挟みつつ双頭犬オルキュロスを走らせる。

 日が暮れる前に、目的地の目印に黄色い布が縛られた街道沿いの木枝をなんとか発見できた。襲われた商団の護衛士が付けた印だ。

 ここから1kmほど先が、襲撃を受けた現場らしい。すでに十分梟熊アウルベア領域テリトリーだろう。しかももう日が沈む。街道といっても森の中。梟熊は昼夜目が利くが、やや夜行性寄りだ。出くわすことも大いにあり得る。

 だけど、今日はもう体を休めたかったので、簡単に食事を済ませると、例のように双頭犬たちに交代で見張りを頼んで寝た。


 夜明け前、薄明の頃に目が覚めた。

 青いリラ型ハープを奏でてみる。

 グヴィンも音で目が覚めるなら起きればいい。音色につられてアウルベアが出てきたりしないか。そんなことを思いながらしばらく弾いていた。

 起き出した小鳥たちがさえずりとともに傍らに舞い降りる。


 しかし、アウルベアが現れることはなかった。


 グヴィンが起きると、朝食をとり、出発する。すぐに現場についた。


 捨て置かれた商団の荷の一部が荒らされ散らばっている。

 梟熊の痕跡を見つけ、双頭犬たちに臭いを覚えさせる。現場を一通り注意深く調べた後、アンドゥを先頭に痕跡をたどる。トワシスに俺、キャトルサンクにグヴィンが乗っている。


 森の深くへ入り、やがて、痕跡を見失った。どうやら飛び立ったらしい。

 これはお手上げだ。


 この場合、1週間程この調子で街道周辺を探し、痕跡が見つからなければ、それで帰還。

 その後に目撃等あれば再出動だ。1か月アウルベアの被害がなければ、満額報酬が出る。できれば、とっとと討伐したいところだ。


 夜、眠っていると、双頭犬が吠える。


 跳ね起きると、グヴィンも剣を抜いた。さすがに、武装したまま寝ている。

 大型の狼が飛び込んで来た。グヴィンが片手半剣バスタードソードを叩き付ける。俺は尻尾で弾き飛ばす。

 双頭犬たちも戦っているが、周囲をすっかり群れに囲まれている。


 狼が俺たちに襲い掛かることは通常なかったが、トワシスから襲撃前にセイレーンの歌が聴こえたと聞き合点し、警戒する。今は止んでるから、唄い続けなくても魅惑状態でけしかけられるのか。てか、あいつこっちに来やがったのか。

 突っ込んできた狼の口に指貫籠手さしぬきごてごと腕を突っ込み舌を握り潰し窒息させる。頭を殴りつけても結構死ぬ。ちょっとした鉄塊だ。


 こちらも遠慮なく子守歌を唄ってやると、グヴィンまで微睡まどろんでいたので尻尾で叩きつけてやる。

 結局、殲滅したころには、夜が明けかけていた。疲れた。

 アウルベア討伐どころじゃないな。


 周囲を探したが、セイレーンらしき姿は見つからない。


 グヴィンに撤退を提案する。セイレーンとの因縁は話してある。

 下手にくそ真面目に捜索を続けて毎晩こんな嫌がらせをされれば命にかかわる。

 別に依頼は失敗で構わない。何ならセイレーンと個人的な因縁があることを話すのも止む無しだ。

 このまま町へ戻って行ったら、セイレーンはどうするのか。道中を襲うか。町までついて来るのか。


 グヴィンはすぐ納得し、ともに空き地のキャンプを片付け始める。


 そのとき、ドスンと地響きと共に、ふわり風が舞う。


 顔を上げると、アウルベアだ…。でかいな。実物を見たのは初めてだぜ。

 本当に熊とフクロウが合体したような容貌だ。金色の眼光が鋭い。


 即座に子守歌を唄う。効果はない。夜明けまで唄わされて魔力が足りてない。

 双頭犬たちが一斉に躍り掛かると、梟熊はトワシスを殴りつける。アンドゥたちの牙や爪も鋼のような硬い羽根で弾かれ、あまり効いていないようだ。

 グヴィンが跳躍し斬りかかる。

「必中三連撃」か?

 梟熊は大きく舞い上がり、一瞬早く物理的に届かない高さに逃れてしまう。

 そのまま飛行し、低空をジェット機のように凄まじい速度で襲い掛かる。俺は躱すが、アンドゥ、トワシス、グヴィン・ゴヴィンは撥ねられる。


 すげぇつえーのな。金貨100枚でも割に合わない。

 グヴィンは「自己治癒術」で回復している。その間は攻撃に参加できない。

 双頭犬はあくまでスキュラの部位で再生リジュネしている体なので、戦闘しながら回復し続けている。かなりズルいな。


 犬狼牙が刺されば毒やエナジードレインで打開できそうだが、再三、キャトルサンクが試みるが、羽根が硬質なうえ、やたら滑らかで苦戦している。


 俺は、低空ジェット攻撃をされないよう、森に半ば入っている。


 アウルベアは、次はお前だと俺を標的にするためか着地した。

 ムササビのような飛膜翼を大きく広げる。


 あっ。既視感デジャヴュを感じる。


 これは「風操作かぜのモード」の旋風カミスナアラシを巻き起こされる。咄嗟に跳躍し距離を詰めると、体を回転させ尻尾の触碗を梟熊の足に絡み付かせる。

 全力で麻痺毒を流し込む。どんだけもがこうが離さないぞ。動けなくなるまでな。


 梟熊のベアクローを指貫籠手で防ぐ。麻痺とエナジードレインのせいか渾身の威力はない。力は失われていき、ぐったりと倒れる。

 思い切り締め付けていた触碗から突然フッと感触を失い、驚き刮目する。


 アウルベアの姿が消えた。


 かわりにそこに、全裸の幼児がある。


 上空から、白い影が俺に襲いかかったが、飛び退きかろうじて躱す。


 セイレーンだ。


 猛烈な旋風を巻き起こすと、幼児を掴み、飛び去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る