木曾侵攻(二)

「兄上、それがしに先陣を……」

 直頼の沈思黙考を破ったのは新九郎のひと言であった。新九郎が殊更高く先陣を求めた声で、直頼は我に返った。

 目の前には真っ直ぐに兄直頼を見詰める新九郎の、燃えるような瞳がある。


(そうだ。我が三木家には他家にはない一族の結束がある)


 守護、守護代が飛騨における影響力を全く喪ったいま、ほんらいかかる他国からの侵略に際して表立ってことに当たるべき国司家は、縷々陳べてきたとおり三家に分かれ、あまつさえ古川と小島との間に抜きがたい怨念を含んでもはや敵同士といって良い間柄であった。

 また江馬家も、惣領家と庶流が干戈を交えてからようやく十年を過ぎたばかりである。三木家との盟約を取り結び、いまは盤石に見える時経体制も、一朝ことあらば旧惣領家の連中がどう出るか、知れたものではない。

 廣瀬氏に至っては勢力が寡少に過ぎて独力では他国の侵略者に抗し得ないことは明白であった。

 だが近年勃興したばかりの三木家に内訌の歴史はない。他の飛騨諸豪族にはない一族の結束こそが、三木家の力の源泉なのだ。

 そのことに思い至ると直頼は俄に力を得た。


「兄上……」

 なおも先陣を求める新九郎に対して直頼は

「此度の出陣に期する汝の心意気を理解しないわしではない。しかし先陣まかりならん」

 そう言って制し、

「もし万が一先遣が敗れ去るような事態になれば、わしが右腕と恃むのは汝以外にないことを良く心得よ」

 と言った。

 先陣の願いが聞き届けられず肩を落とす新九郎。その新九郎に直頼は続ける。

「安心せよ新九郎。我が三木家がこれから先、相手にしなければならない敵は木曾づれにとどまらぬ。近々他国に打って出ることもあろう。そのときに備え、此度のいくさではわしとともに三佛寺城に入り、二人の兄の戦いぶりをとっくり見届けて、合戦に際し如何に振る舞うかを見て学ぶが良い」


 さて木曾街道。

 長兄右兵衛尉直頼の命により一軍を引率して出陣した新左衛門尉直弘と新介直綱が間道を行く。一軍とはいえ百騎に満たぬ小勢である。

 それでも朝廷に献上した神馬が飛ぶように走ったという斐太ひだの大黒を先祖に持つ三木勢の軍馬は、防具といえば喉輪を巻くばかり、御大将の新左衛門尉直弘あたりでやっと簡素な胴丸を着す程度に、ひと筋の鑓を構えた軽兵をめいめいその背に乗せ、飛ぶように間道を走った。


 間道両脇の林が葉を繁くする盛夏の候ではあったが、木曾の人々が伐採し持ち去った木々の切り株が痛々しい。道々には先に防戦に当たった東藤の侍衆と思しき亡骸が点々と遺留されている。


 直弘と直綱は脇目も振らなかったが、その両眼は

(木曾許すまじ)

 の一念を湛え、爛々と燃えていた。

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