椎茸と下準備
転移からニ週間以上経過した。
幸い誰もコロナを発症せず、接種にやって来た医師と少し揉めたものの種痘も済み、経過観察中ではあるものの副反応も治まったある日、念願の椎茸が届いた。
その翌日。
「昨日は下準備と言って新しく作った竈にかかりきりだったが、どうするのかね」
主慶が白井に尋ねた。
「まずは米糠、水、クヌギ等のおが屑を重量比1:2:3の割合で練り混ぜた物を瓶の六分目まで詰め、穴を空けた物の中にそれぞれ熱湯消毒、火炎滅菌を行ったまな板と包丁で微塵にした生の椎茸を入れます。
入れる道具は毛抜きを使うのは嫌なので炙った針で代用しました。
瓶ごと培地を滅菌するのに沸騰したお湯の中に漬けて二刻(四時間)、そこから室温に下げるまで一晩かかりました。 それがこれです」
指し示した先には培地の入った瓶(元は板海苔の瓶詰め)があった。
「……手間がかかるのですな」
守慶はやや気圧されていた。
「二年かかる原木栽培に比べれば……。
生えていた木の欠片があれば新鮮な椎茸その物を使わず、圧力鍋があれば火にかける時間は1/3に減るんですが……」
「洗濯機共々製作を急がせよう。
雛形の足踏み洗濯機もそれなりに役に立ったのでな」
司の構想を聞いた寛永寺側が精米機からの流用を提案。
当時米屋等では水車の回転運動を杵の上下運動に変えて米を搗いていたが、他は逆に足踏みで石臼を回転させて精米していたので両方の仕組みを流用、小型化して製作した足踏み洗濯機はまずまずの評価だった。
武田の予想通り、時短にはなったが容量で躓いたのである。
「事前に話は聞いておりましたがまだ臭いますな……作業時間と言い新しく竈を作る訳ですな」
共用スペースと時間を圧迫し、加熱滅菌時に生じる独特の臭いが後に残るとなれば許可は下りないだろう。
居候という立場上致し方ない事ではあった。
「日が当たらず、人の過ごしやすい温度と湿度の高い環境で、一日に一回表面が濡れる程度の水をやると三ヶ月から五ヶ月で白いのが生えて来ます」
「となると風呂場か。 その間は貰い風呂になりますな」
「戸を開け放しにすれば脱衣場でも良いですよ」
その言葉を聞いた守慶は瓶を持つと、脱衣場に消えて行った。
その日の午後。
「白井殿、此処に居られましたか。
亮栄様がお呼びです」
栄助がバスに顔を出した。
本堂に向かうと亮栄の他に宮の筆頭家臣、麻生将監も居る。
転移初日、宮の左側に控えていた彼と顔を合わせるのは移動願いをされた二日目以来となる。
「ティーバッグの製造についてですが、御守りを造っている所に話を持っていくのは素材が異なる上に廃仏毀釈が叫ばれる現状では関わるのは些か難儀でしてな。
麻生殿に相談した所、綿を使うならば端午の節句に使う薬玉はどうかと提案され、話し合いの席を設けたのです」
亮栄の言葉と共にお盆に乗った薬玉を勧められる。
「拝見させて頂きます……確かに素材が同じですね。
大きさを五割増しにしてピラm……蝿帳のような形状にするとお湯を注いだ時に茶葉が回転して風味が出るのです。
内容量や大きさは茶葉の砕き方で変わるのですが……生地の目も関わるので色々試してみましょう」
「ふむ、なら一度駿府に赴かれては如何かな?」
口を開いたのは将監だった。
「駿府ですか?」
「左様。 ここでは道具に事欠く上に距離も遠い。
彰義隊の一部が駿府で開墾と茶の栽培を始めておる故、現地で指導を賜る事は叶いますかな?
何、彼等の直接の上司ではないが伝手はある」
将監はそう言うと胸を張った。
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