明治異聞録

海猫

プロローグ

 2020年8月13日


「ありゃ、予報では雨は夜からじゃなかったか?」


 国立科学博物館観覧の帰り、三上司はそうぼやきながら降りしきる雨に顔をしかめた。


 入館前には木陰で寝そべっていた猫達も、雨を嫌ったのかその姿はない。


 雨具は折り畳み傘があるが、ゲリラ豪雨には心許ない装備である。  


 アプリで交通情報を検索すると、画面上に遅延や徐行の文字が踊り、ため息をつきながら辺りを見る。


 視界の隅に献血の幟が映った。


 木立の中を小走りで駆け抜け、献血バスに乗り込む。


 要目を埋め、チェック表を受付に返しながら車内を見渡すと三人の男が居た。


(お盆なのにわざわざご苦労なこって)


 自分を棚に上げて順番を待っていると、全身に響く程の雷鳴が聞こえて来た。


 予報では、台風で活性化した付近の雨雲により夜半から激しい雷雨、所によっては午後から降ると出ていたが、台東区はその‘’所”に該当していたらしい。


 雷が近いかと思わず乗客達と顔を見合わせた次の瞬間、閃光と轟音がバスを襲った。


「うおっ!?」


「キャー!?」


 バスがミシミシと軋む中、皆が一斉に跳ね上がる。


 悲鳴と罵声が止んで暫くして、乗降口からドライバーが慌てて飛び込んで来た。


 胸の名札には大野とある。


「皆さん、外に出て下さい!大変な事になりました!」


 一同が怪訝な顔を浮かべる中、乗客の一部から声が上がる。


「いきなり圏外になったぞ!?」


「いいから外に出て!」


 被せるように言い放つと大野はバスを降りた。


 皆が一斉にスマホへ手を伸ばし、ザワザワと騒ぎながら後に続く。


 外に出た一同は呆然と立ち尽くした。


 バスを降りたら豪雨に見舞われている上野公園の敷地が目に入る筈だった。


 だが眼前には入道雲の伸びる青空と伽藍、遠くには抹茶色の木の柵が見え、以前とは似ても似付かない光景が広がっていた。


 吹き抜ける風も涼しく、嘘のような情景であった。


(夢……じゃないよな、どうなっている?)


 三上が脳内に疑問符を浮かべていると、伽藍に男の影が見えた。


 声を掛けようとした時に目が合う。


 向こうは驚愕に目を見開くと、建物の角に消えていった。


(今の……)


 反応に違和感を覚え、流石に妙だと気付く。


 スマホは相変わらず圏外のまま、高層ビルが一棟も見当たらない。


 頭の何処かで否定していた考えが首をもたげる。


(ここは現代の日本じゃない)


 何故跳ばされたのか、ここは何処なのか、判らない事だらけではあったが不思議と恐怖はなかった。


(少なくとも一人じゃない)


 横を見ると大野が医師であろう白衣の男と何やら話し合っていた。


 それに先客の内一人が食ってかかりもう一人が宥めている。


 看護師とおぼしき女性三人は身を寄せ合っていたが静観の構えだ。


 まずは激昂している人を落ち着かせるのが先、と宥めていない残り一人の非難がましい視線に気圧されながら三上は騒ぎの元へ向かった。































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