第8話 トリックルーム

「『怠惰』さんが、殺人鬼、ですか?」


「もちろん。参加者は皆、選りすぐりの殺人鬼だ」


『正義』は鉄竹刀。『溺愛』は暗器。それぞれ愛刀、愛すべき凶器を持つ。


「『怠惰』はこれという凶器を持っている訳では無いけどな。あいつの場合、思考その物が凶器なんだよ」


「どういうことですか?」

「現場を見て、遺体、凶器、証拠品、残留品を見て、何が行われたのかを推理するのが探偵だろう?」


「そうですね。僕もそうやって状況を推測しています」

 既に行われたことを、手がかりを拾って、推測するのが、推理だ。


「あぁ。しかし『怠惰』の場合は少し異なる。現場を見て、遺体、凶器、証拠品、残留品を見て、、を考えるのがアイツなんだよ」


 前回の事件の場合、バラバラにされた遺体、転がった珈琲の缶、赤く染まる月。この一件バラバラな証拠も、そこからどのように繋がるかを考えるより、これらを使ってどのように殺したかを考える方がより現実的だ。


「なるほど。殺人者の思考をトレースするってことですね」

「そこでなるほどって、吸収できるのが『強欲』、君の強みかもしれないね」


「今回の場合は被害者は特定されています。現場も特定されている。『溺愛』さんを留置所で殺すためには、、を考えればいいんですね」


「そう、それが『怠惰』的思考だ」

「凶器がなんなのかが分かれば……、あるいは」


「あ、さっき言いかけた新作の凶器、一応もう一度聞いとく?」

 二人が留置所に行く前に店主が言いかけたアレだろうか。

「『倍返し』って言ってましたっけ」

「よく覚えてるね! そう。新作の毒ガスでね。多少風通しが良くてもその場に留まる、ある種の粘度を持つ特殊な毒ガスなんだよ。小さなカプセルに入っていて、地面に叩きつけて使うんだ。」

「毒ガスかぁ……」


「使用する機会は、『倍返し』の名に恥じぬ、『相手に土下座させたとき』が最高に決まるんだ。要は、相手の頭をを膝より低い位置に固定して、動けなくした時に使うと、まぁ、30分くらいで死ぬかな」

「……意外と限定的な凶器ですね。しかも、時間がかかりますし」


「死因が特殊だからな。さっき噛んじゃってうまく言えなかったけど。もう一度ちゃんと言い直すとだな……、あ。いらっしゃい」


 階段から二人降りてきた。見たことの無い顔だった。

「珍しい顔ぶれだね。『The Government』と『The Breath』」


「ちょうどひと仕事終えたとこだから」

『塗炭』と呼ばれた女性が長い髪を首の後ろでまとめた。


「私は友人の結婚式の帰りでね。実にめでたい。良い気分だったから、立ち寄らせてもらったんだよ」


『君臨』と呼ばれた老紳士は、ステッキを立てかけてカウンターの椅子に座った。


「おや、新入りかい? 初めまして。私は、『君臨』。こちらの美女は『塗炭』だ。君の名前を聞かせてもらってもいいかな?」


「あ、『強』……いえ、『The Rezonance』と言います」

「ほう……、『R』か。面白い」

「え、はぁ。ありがとうございます」

「坊主。何か良い問題はあるかな?」


坊主と呼ばれて『強欲』は一瞬身構えたが、そう呼ばれたのは店主こと『最強』であることに気付いた。


「あぁ、今『狂鳴』は『愛と呼べない夜』という問題を解いているよ」

「そうかい。なら、彼の邪魔はしたくない。他のを頼む」


「えーと、それならこれはどうかな? 『雪待ちの人』。出題者は『The Fluid』」

「雪か。そそるね。いただこうか」


『強欲』は、冊子を渡され、自分の世界に入った老紳士を横目に見て、自らも問題の世界に戻ることにした。

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