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第6話『愛と呼べない夜』3/5
留置所の無骨な廊下を歩く。
足音が響き渡る。看守とはすれ違わない。ここでは何をしても目撃者などは皆無のようだ。
廊下は檻の中からの明かりのみで多少歩きづらかったが、今この時間廊下を歩くのは脱走者のみだと思えばこの暗さも頷けた。
「もう23時か」
腕時計で確認する。具体的に何時頃に殺人が行われるのかは書いてなかったようにも思う。おおよそ0時頃だと思うが。
「急ぐべきなのか、それとも」
『肉薄』のトリックを始末するのが先か。
『怠惰』は現場の下見を兼ねて、ゆっくりと廊下を歩いていた。
◆
留置所の無骨な廊下を歩く。
足音に続いて、鉄パイプを引きずる様な音が響く。
自分の場所を相手に知らせてしまっているが、問題はなかった。ここでは誰が近づいても足音で判断できる。それに、自分はただの目撃者だ。殺されることも、狙われることもないだろうとタカをくくっていた。
鉄竹刀は袋から出し、臨戦態勢だ。背中に背負っていては、いざと言う時に攻撃できない。
しかし、鉄竹刀は竹刀よりも当然重い。移動時は背中に背負わないと腕に負担がかかってしまう。
そのため、戦闘モードの移動は、引きずって行う。背中に背負うよりは早く攻撃に移ることができる。また、鉄の引きずる音は、人によっては恐怖を駆り立てる音だ。相手の攻撃を躊躇させる力もあった。
「もう23時じゃねぇか」
腕時計で確認をする。22時の時点で『あと2時間』っていう話だから、0時頃に『溺愛』は死ぬと見ていいだろう。
「せめて、『溺愛』を見つけ出さないと、目撃もできない目撃者になっちまう」
看守にはすれ違わなかった。残念だ。試し斬りをする相手がいないのは。
◆
「…………」
「んだよ」
歩く『怠惰』の目の前に現れたのは、『正義』だった。
檻で囲まれた廊下。廊下は円を描き、円周上の外側に被疑者を閉じ込める檻。内側には看守たちの見張り部屋が見えた。
「左と右、どちらの道を選んでも行き着く場所は同じだったみたいだね」
「『溺愛』はいたのかよ」
「いや。そっちも同じか」
「御垣の野郎……」
「ようこそいらっしゃいました」
先程聞いた、軽薄そうな声が響く。見張り部屋には御垣が鎮座していた。
「『肉薄』さんに代わりまして、この場を取り仕切らせて頂きます。『正義』さんは右を、『怠惰』さんは左にお進みください」
円周上の外側の檻は開かれ、部屋の中央から紐が降り、カギのようなものが吊るされていた。
二人が檻の中にはいると、檻は『ガチャリ』という音を立てて閉まった。
廊下には御垣がいた。
「これは、どういう事だ?」
「僕たちを、殺すのかい?」
「いいえ。私は実行はしません。ただ手筈を整えるのみです」
細石の起爆師、御垣は続ける。
「お二人にはこの特設ステージ内で、殺し合いをして頂きます。勝者はカギを得ることができます。『溺愛』の死を目撃する権利を得るのはただ一人、ということです」
「殺し合い、ね」
『怠惰』は『正義』を見据えた。
「なるほど。面白いじゃねぇか」
『正義』は鉄竹刀を身体に近づけた。
「時間は無制限。どちらかが戦闘不能になるまで続きます。夜は長いですから、お好きにどうぞ。しかし、『溺愛』がそれまで生きていられるか、保証はありません」
「可及的速やかに相手を殲滅しろってことだな」
「本当に君は真っ直ぐだね。そんなにすぐに彼を信用してもいいのかな」
「『怠惰』さんの疑念はもっともです。よって私はここで宣言します。当問題内で、私御垣は一切、あなた達の生命を脅かすことは致しません。これは細石の起爆師として、問題の遂行を執り行う身としてきっぱり、誓わせて頂きます」
「口約束は嫌いだが、そうも言ってられないか」
目前では牙を剥いた『正義』が、鉄の竹刀を握っていた。
「檻の中での殺し合い。物語に流されてやるよ」
「逃げるなら今のうちだぜ、『怠惰』」
「背後を狙う奴に見せる隙は無いよ」
「それでは、いざ尋常に! 勝負!!」
『溺愛』の死を見届ける権利を得るために。
愛のために。正義のために。欲望のために。
二人は殺し合いを始めた。
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