第2話 帝国歴312年4月~315年


 ドライゼン帝国第2皇子ニコラ・ドライゼン16歳。


 一昨年、じいさんことニコラの教育係である帝国学士院名誉総裁ローランド・ビズマの尽力により帝国宮内省からの特別予算が割り当てられた結果、帝宮ていきゅう南庭園脇にニコラ専用研究施設が完成した。完成後は年度予算が毎年無審査で与えられることになっている。さらに、ニコラの研究の内容を理解できるものがいないという理由で研究所の成果物についても無監査で良しとされた。


 ニコラは施設完成以来そこに入りびたるというか、宮殿内の自室に帰ることなくこの施設の中で生活をしている。食事は宮殿より届けさせているし着替えなども届けさせているので何一つ不自由はない。


 この研究施設の正式名称は、帝国先端技術研究所。皇帝にのみ報告義務のある完全独立機関である。


 父皇帝への報告と言っても、「ニコラ、研究の方はどうだ?」「順調です」で済んでいる。


 ニコラはこの研究所のことを、ニコラ・マキナ研究所と呼んでいる。正式な研究員は今のところ研究所長のニコラただ一人であり、年度予算内であれば無条件で支出が認められている。



 きょうは、先日の入学試験で主席で入学をはたした第1帝国大学の入学式に出席するため、ニコラは皇室専用自動車両で大学に向かった。入学式会場は大学の講堂である。


 主席入学者としての挨拶を学校から依頼されたためであるが、ニコラの父アトルイア・ドライゼン、皇帝名アトルイア4世、今上皇帝も毎年出席している式典だったため、欠席することははばかられた。


 ニコラは、わがままいっぱい父皇帝アトルイアによって育てられてきていたのだが、父皇帝を尊敬もしていたため、父皇帝がその程度で喜んでくれるのならと入学式に顔を出すことにしたのである。実の母親はニコラが幼少時に病没している。


 講堂内の全員が起立する中、父皇帝が姿を現し、侍従長らとともに特別席に座ったところで、入学式が開始された。


 学長などの挨拶の後、


「新入生代表、ニコラ・ドライゼン」


 ドライゼンの名前に、新入生たちがどよめいた。帝国内では、現在ドライゼンの名前を持つ者は、帝室直系者しか存在せず、ニコラも兄である帝国皇太子トーマス・ドライゼンが即位すれば、ドライゼンの名を失うことになる。


 最前列の席から、演壇えんだんに登壇したニコラ。


「……、新入生諸君、帝国の未来のため、ともに・・・研鑽けんさんしよう」


 普段のニコラでは考えられないことに、無難にあいさつをまとめた。ニコラの新入生代表挨拶の間、特別席に座るアトルイア4世もしきりにうなずいてニコラの挨拶を聞いており、ニコラ自身親孝行ができたものと満足している。



 式の後は、各自割り当てられた教室でのオリエンテーションが始まったのだが、元より授業になど出席する気のないニコラは、父親への義理ぎりともいえる入学式だけ顔を出した後は、皇室専用自動車両に乗り込み大学をあとにして、自身の研究所に戻って行った。




 実は、ニコラ自身は入学が決まる以前から数本の論文を学会などに発表していたのだが、あまりに革新的かつ難解な論文であったため、いまだに一本の論文も評価されておらず、すべての論文が保留扱いになっている。


 論文のタイトルは、『特殊生体ナノマシン』、『亜空間操作』、『位相空間操作』、『滞留ポテンシャル工学』、『次元位置エネルギー転換動力炉』。どれもこれまでの帝国、いやこの世界になかった概念だった。




 入学式の二年後。帝国歴314年3月、ニコラ・ドライゼン18歳。飛び級で第1帝国大学を首席卒業。


 入学式当日『ともに・・・研鑽けんさんしよう』などと新入生に呼びかけたことは彼の記憶にないわけではないのだろうが、ニコラは卒業まで授業には一度も出席しなかった。


 ニコラが飛び級で主席卒業できたのは、父皇帝の顔を立てるため試験にだけは出席し常にトップの成績を維持したこと、入学前に学会に提出していた論文が1本だけ認められた結果であった。



 帝国歴313年。


 ニコラが第1帝国大学に入学した翌年。


 マーガレット・エンダーはニコラ同様、若干16歳で第1帝国大学に主席入学を果たした。因みに帝国大学の入学資格に年齢制限は設けられていないため、入試に相応の成績を修めれば、小児でも理論的に入学は可能だ。


 赤毛の長髪を三つ編みにした、少女と言ってもいい小柄な女子が、新入生代表として入学式典の行われている大学講堂の演壇に登壇とうだんした時、会場からどよめきが起きた。将来今世紀最高の頭脳といわれる才媛さいえんである。もっとも、ニコラ・ドライゼンは有史以来人類最高頭脳を常に自称しており、数年後、ニコラの助手となったマーガレットもそのことは認めている。




「マーガレット・エンダーか。ほう、なかなか優秀な新入生が入ったようだな。研究所も持たずに理論研究あたまだけでこれらの論文を書きあげたとなると頼もしいじゃないか。行動学習型人工知能、知覚理論および装置、並列処理。まさに俺の目的に合致した研究論文だな。これらの論文も今の学会では評価しきれないだろう。少なくとも俺は彼女を評価しているからそこだけは俺よりもラッキーかもしれんな。卒業したら俺の助手に欲しい人材だ。じいさん、そこらへんうまくやってくれ」


「殿下の助手ですか? 当たっては見ますが、大きな期待はしないでくだされ」


「爺さんなら何とでもできるだろ?」


「殿下にはかないませんな」




 帝国歴315年。


 マーガレット・エンダー18歳。


 第1帝国大学を主席卒業。彼女はニコラと違い授業をサボることなく出席しており、文句なしの主席卒業である。


 当時19歳のニコラ・ドライゼンに見いだされ、帝国学士院名誉総裁ローランド・ビズマの仲介の元、ニコラの研究所に招聘しょうへいされる。大学に残って研究を続けて欲しいとの大学側からの強い招請を受けていたがそれを断ってのことである。ニコラの目指す究極の自動機械マキナドールに魅せられた結果でもある。


 生来の人見知りの彼女だったが、ニコラとは人見知りを気にすることなく会話ができたようである。


 彼女の専門は、入学前と変わらず、行動学習型人工知能、知覚理論および装置、並列処理。各種の実験も在学中行っていたため、さらに研究に磨きがかかっていることは確かである。




 そのころ、帝国陸軍では、次期主力陸戦兵器として、ドールmkマークファイブ:デュナミスの開発を進めていたが、開発は難航していた。




ドールmk5:デュナミス

 ニコラのただ一つ学会で認められた論文をもとに、生体金属の有用性を確認した陸軍技術研究所によって開発が進められる。生体金属使用により防御力の大幅上昇、損傷後の自動修復を実現できるものと期待されて開発が進められている陸戦用自動機械。

 直撃でなければ、20センチりゅう弾砲の至近での爆発に耐えることができる。製造単価は、非常に高価となることが予想されている。

 mk4以下を完全に凌駕りょうがする性能を持つ予定である。対mk4推定キルレシオ1:10。mk5:デュナミスの製造単価は、量産機数により増減するが、開発費や生体金属工場の新設費用を含めた場合、mk4、10機分の製造価格を大きく上回る試算が出ていた。しかし、陸軍はmk5:デュナミスの開発を強硬に推進していく。

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