第320話・再交渉(2)
何故かケーオに食事の世話までされる事になったプリームス。
しかも真横から離乳食を口に運ばれる幼児の様にだ・・・。
これも全て神鉄鎖による拘束で魔力欠乏になり、ロクに動けないのが原因である。
『よもや私の世話がしたくて神鉄鎖を着けたように思えてくるな・・・』
とプリームスは勘繰りつつ溜息をつくのだった。
そして正面の席にはケーオの夫であり、副王であるモナクーシアが座している。
その様子は、ケーオとプリームスのやり取りを微笑を浮かべて見つめるばかりだ。
お腹も程々に満たされたプリームスは、
「モナクーシア殿、話をするつもりだったのではないのかね?」
と少し焦れた口調で告げる。
既に食べ終わり酒を口にしていたモナクーシアが、
「あぁ・・・そうだったな。先ずは私がプリームス殿を味方に引き入れたい理由を話そうか」
と苦笑いを浮かべて言った。
今更分かり切った事を言うのか?・・・と訝しむプリームスだが、今は突っかかる気力も無いので相手が話し出すのを待つ。
するとモナクーシアは、プリームスが聞く体勢に入ったと判断し徐に話し始める。
「我々は独自で次元断絶を越える”完全”な方法を手に入れた。だがそれが絶対に成功するとは限らぬのだ。そこでだ・・・我々とは違った別の方法で、それを可能とするプリームス殿が必要になるのは、理解に容易かろう?」
「うむ、今更な言い様ではあるがね」と頷くプリームス。
苦笑しながらモナクーシアは続けた。
「更にその先・・・次元断絶を越えた後も、プリームス殿の力が必要になるのだ。地上へ攻め入る同意を王から得る為に・・・。
プリームスは更に身体を気怠そうにし溜息をつく。
「やれやれ・・・アグノスから私とシュネイの関係を聞いたのか。確かに全て上手く行けばシュネイは私の身内になり、私が一族を導く役目まで取り付けられてしまった。つまり私が説得すれば容易に同意を得られると考えたのだな?」
無言でモナクーシアは頷いた。
怪訝そうに首を傾げて、プリームスはモナクーシアへ尋ねた。
「何故そこまでして地上へ攻め入る? 無駄な血が流れるだけであろう。 それに次元断絶を越えた後は、私が王の役目を担うのだぞ。私に侵略者になれと言っているのか? それを私が是とするとでも?」
自身が疲弊しているのも忘れて、捲し立てて言ってしまった後、プリームスは疲れたように椅子に沈んでしまった。
そうするとモナクーシアは気圧される事も無く、静かに答える。
「泥は私がかぶろう・・・。プリームス殿は、その後を頼みたい」
それは自身が一族の仮初の王としてリヒトゲーニウスを制圧する・・・侵略者の汚名を引き受けると言っているのだ。
また汚名は雪(そそ)がれる物で、その役をプリームスへ託すとも受け取れた。
「分からぬ・・・何故そこまでする必要があるのだ?」
プリームスは全くもって納得がいかず、モナクーシアを問い質す。
地上へ、守り人一族の力を示そうとする意図は分からないでも無い。
だが、それでも無駄な犠牲が出るのは明白で、行動が目的に見合わないのだ。
相変わらず落ち着いた様子で、モナクーシアは端的に告げた。
「魔神王の使者が現れたのだ・・・」
目を見張るプリームス。
まさか、その様な答えが返ってくるとは思いもしなかったからだ。
そして魔神王の使者は終結の証であり、人では到底得られない英知の贈り手なのだ。
プリームスは逸る気持ちを抑え、再び問うた。
「いつ現れたのだ?! 最近か? まさか・・・」
モナクーシアは、プリームスが言葉を言い切る前に感心した様子で言う。
「魔神王の使者を知っているとは・・・流石だなプリームス殿。やはり魔神との戦争を経験し乗り越えただけの事はある」
それから少し自嘲しながら続けた。
「次元断絶が完成して直ぐに現れた。我々は、あれから100年をも御預けを食った訳だ。それでも心が折れずに居れたのは、"私の"願いが叶うと知れた為だよ・・・」
『この男はシュネイを宿命から救おうとした。だがそれは本当の願いでは無い・・・』
そう洞察したプリームスは、全ての核心を突くように言い放つ。
「お主は、シュネイと
全てを見透かされ、今度はモナクーシアが驚愕し目を見張る。
それから直ぐに、後悔の念で表情を曇らせると言ったのだ。
「その通りだ。次元断絶を完成させ、魔神王に我々の勝利を認めさせた。だが我々が勝者だと"使者"には認められ無かった・・・。だからこそ地上へ舞い戻り、その力を示さねばならない」
魔神は人を駆逐する存在。
それは資源を浪費し、大地を汚すだけの人を淘汰する為・・・つまり世界の未来を担う事が出来る存在へと昇華させるのが目的なのだ。
そして魔神を完全に退けた時、魔神王の使者が終結を告げる為に、またその証を授ける為に"王"の前へ顕現する。
これがプリームスが経験し、知り得た魔神との終戦であった。
「守り人一族は王と離別し、更には地下世界に取り残され"勝者たり得ない"と使者に判断された訳か・・・」
そう残念そうに呟くプリームスへ、モナクーシアは肯定するように押し黙った。
恐らくモナクーシアは、"使者"から選択を迫られたのだろう。
魔神との終戦と英知を得る為に、地上へ攻め上がるか・・・。
もしくは座して一族の滅びを待つか・・・。
事の次第を理解しモナクーシアの行動に合点がいったプリームス。
しかし、何か口では説明できない訝しさが、胸の奥に沸き上がるのを感じた。
『本当に”それだけ”なのか? だがそれを知れた所で私は意志を変える気は無い。モナクーシアも諦めはしないだろう・・・』
プリームスとしてはモナクーシアには同情するが、その行動には同意できない。
地上にはプリームスの敬愛する者達が幾人も居るのだから。
『詰まる所、互いが守るモノの為に衝突し、争いになるのだ・・・』
そう内心でプリームスは呟くと、真横に居るケーオを目に取った。
そして思うのだ・・・。
ケーオは、夫のモナクーシアが
大方、公には次元断絶を越え、一族の自由と地位の獲得を目標としている筈。
ならばシュネイの事は言及されていない可能性があり、モナクーシアの抱く事情を鑑みれば仕方ないだろう。
もし知っているのなら、妻であるケーオの心中は察するに余り・・・プリームスは無常さと切なさで、溜息が出てしまうのだった。
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