第301話・成長と悦びと負傷
プリームスは緩やかに縦拳による中段突きをイリタビリスへ放った。
それは非常にユックリで、幼い子供でも躱す事が出来る速度だ。
理由はイリタビリスの受けの型を見る為に、わざとそうしたのである。
するとイリタビリスは大袈裟に「ホッ!」と掛け声を出して、楽しそうに受けの型を見せた。
その動きは前に差し出した右手で、突きを上から外側に払いのける物であった。
一見して完全に防御したように見えるが・・・。
「それでは攻撃に繋がらんな・・・」
とプリームスが言った。
防御しながら同時に攻撃をするとなると、右腕だけでは不可能だとイリタビリスは思った。
「左手が使えるなら、防御の後に直ぐ反撃出来るのだけど・・・」
つい言い訳がましく言ってしまう。
しかしプリームスは特に咎める事も無く、
「同じ条件なら相手も左が使えると言う事だ。つまりイリタビリスが左手で反撃を出した所で、相手の左手に防がれる可能性が高い。それを何度も繰り返すのかね?」
そう諭す様にイリタビリスへ告げた。
「あ・・・・、そうだよね。って事は相手を上回る速度と力で反撃しなきゃいけないのかな?」
プリームスの言っている事を、何とか理解しようとするイリタビリス。
だが今一歩届かない。
「う~む・・・ある意味それも正解ではあるが、お前に習得して貰いたいのは、そんな力業では無いのだ。まぁ私が手本を見せよう」
仕方なくプリームスは、”分かり易く”実践して見せる事にした。
「先程、私がやったように緩やか~に中段突きを打ち込んでくれ。それを緩やか~に1挙動攻防一体で反すから、良く見ておくのだぞ」
とプリームスから指示され、イリタビリスは頷き先程と同じ超至近で突きの構えを取る。
そして合図も無く、唐突に突きを繰り出した。
それは、とてもでは無いが"緩やか〜"などでは無く、本気の打ち込みだったのだ。
それでも結果は常軌を逸し、攻撃を放った当人の想定通りになってしまった。
「ハハハ・・・やっぱり凄いねプリームスは・・・」
乾いた笑いで呆れたようにイリタビリスは呟く。
イリタビリスが超至近から放った突きは、プリームスの右手に因って容易に捌かれた上に、右肘がイリタビリスの胸に突き付けられていた。
ニヤリと笑むプリームス。
「おいおい・・・悪戯が過ぎるぞ」
超至近距離から放たられた中段突きは確かに捉えていたが、半身になったプリームスの身体を擦れ擦れに通過していたのだった。
それはイリタビリスの中段突きを右手で軽く
「今ので私の動きが分かったのか?」
心配になってプリームスが問いかけると、イリタビリスは苦笑いしながら答えた。
「今のは型は、
『成程・・・そう言う事か』と納得するプリームス。
イリタビリスの攻撃単体は鋭いのだが、躱して反撃、または防御しつつ反撃と言う流れが1挙動に収まっていない。
これは詰まる所、1挙1動であり”表”は相対した対象を倒す流派では無いと言えた。
またその戦闘様式は互角以下の相手なら兆しを利用し、1挙1動の鋭い一撃で先制し無力化する訳である。
そして格上の相手ならば得意の防御を生かして長期戦に持ち込み、消耗を強いるのだ。
そうなれば相手は援兵を危惧し、撤退へ追い込む事も出来ると言う寸法なのだろう。
『表・真人流は倒すのではなく、護るための流派・・・・なら本来この流派は誰を守る?』
そのプリームスの疑問は直ぐに答えに至る──守り人一族の王だ。
しかし表・真人流の宗師であるオリゴロゴスが、王の傍を離れ魔神等と前線で戦う立場にあるのは怪訝に感じた。
『まぁ今ここでそれを思い悩んでも意味が無いか。それよりもイリタビリスへの指導が先だ』
プリームスは考えを切り替えイリタビリスへ告げる。
「頂肘の型を習得するまで私が相手しよう。先ずは私の打ち込みを兆しに頼らず動けるようにし、頂肘の型へ近付けて行こう」
こうして鬼の指導が始まってしまう。
何が鬼かと言うと、イリタビリスがプリームスの突きに反応出来なければ、お仕置き?されるのだ。
それは殴ったり蹴ったり叩かれたりするのでは無く、敏感な身体の部分を執拗に触れられるのであった。
「ほ~れ! 反応出来ておらんぞ!」
と楽しそうに突きを放ち、反応出来なかったイリタビリスの身体優しく指で突っつくプリームス。
「や~ん?!」
「さぁ休んでる暇は無いぞ! ほ~れ!」
「あぅ!」
「ふはは、隙あり~!」
「くふぅ!?」
更には血行が良くなる
そして恥じらいも無く泣き言をいう始末。
「あぅぅ・・・・も、もう真面に立てないよ〜」
流石のプリームスも苦笑いを禁じ得ない。
「おいおい、この程度で根を上げては先が思いやられるぞ。だが動きは随分良くなってきたな」
実のところ遊びでイリタビリスを突っついていた訳では無かった。
こうする事で身体から無駄な力を抜き、最低限必要な力と速度で最小の動きをさせる下準備をしていたのだ。
『さて、そろそろ頃合いかな・・・となると餌が必要か』
そう内心で呟きプリームスは最終段階へと進める。
「イリタビリス、次の打ち込みを完璧に頂肘で対応出来れば、私を好きにして構わんぞ。ただ、そうだな・・・常識範囲で頼む・・・」
何故か語尾は少し弱腰であった。
それを聞いたイリタビリスは目を見開き、
「ほ、本当!!? じゃぁ本気だしちゃうからね!!」
と言いつつも脚はガクガクしていて、傍で見ていると非常に滑稽だ。
『本気って・・・今まで何だったのだ? まぁ気の持ち様と言うものか?』
突っ込みつつも自己解決するプリームスは、右手を構え突きの準備をした。
距離は、この指導を始めた時と同じく超至近──互いの腕が触れ合う程の位置である。
「では行くぞ」
そう告げプリームスは音も無く踏み込んだ。
『!?』
突如、目の前が真っ白になりプリームスは驚愕する。
一瞬何が起こったか理解出来なかったが、自身の身体に異変が生じたと直ぐに思い至る。
半刻前まで制御が難しい魔法を2つも並行で使用し、魔力だけでなく精神力も消耗していたのだ。
しかも魔力はそう簡単に回復せず、そして精神消耗は肉体の生命力をも消費する。
つまり相当に疲弊していた状態でイリタビリスの修行に30分も付き合えば、虚弱なプリームスが倒れるのは自明の理であったのだった。
ゴッ!!
鈍い音が周囲に響き、白き絶世の美少女は5m以上も吹き飛んでしまった。
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