第279話・過去の自分と、今の自分

「う~ん・・・・」

と火照った顔で唸りながら、布団に横になっているプリームス。

その姿は何も身に着けず、薄いシーツ1枚を胸から太腿辺りが隠れる様に掛けられているだけである。


一体どうしたのかと言うと、温泉で逆上せてしまいイリタビリスの部屋で急遽、身体を冷やしている最中であった。

傍ではイリタビリスが前開きのローブの様な物を1枚着て、扇子でプリームスへ微風を送っている。



少し火照りが引いて楽になったプリームスは、

「イリタビリスが着ているのは何だ? ローブの様にも見えるが・・・・」

と不思議そうに尋ねた。

文化が違うと生活様式も違い、身に着けている衣装も異なって来る。

そう言った未知の物にプリームスは興味津々なのだ。



「あ~・・・これね。浴衣っていうんだよ。お風呂上りに着る物だけど、基本的に寝間着かなぁ~。プリームスの分もあるから後で着せてあげるよ!」

イリタビリスは楽しそうに答えた。

彼女が着ている浴衣は涼し気な藤色をした簡素な物で、腰に黒い帯を巻いて前がはだけるのを留めているようだった。


しかしながら下着を付けていない所為か、イリタビリスの胸の谷間が浴衣の隙間から見えてしまう。

「何と言うか・・・色っぽい寝間着だな、浴衣とは・・・」

と、つい率直な感想を言ってしまうプリームス。



するとイリタビリスは自身の姿を眺めると、自嘲するように告げる。

「う~ん・・そうかな? 色っぽいかどうか分からないけど、それを見せる相手も居ないから意味ないんだけどね・・・」


そして、わざとらしくニヤリと笑みを浮かべて続けた。

「あ! でも今はプリームスが見てくれるから意味無くはないのか!!」



気を引こうと、お茶目な事を言うイリタビリスに、プリームスは微笑みを禁じ得ない。

好いたの惚れたの駆け引き無しに、純粋に好意を示すイリタビリスが新鮮に小気味良く感じたからだ。



「イリタビリス・・・。私の"身内かぞく"にならないか?」

プリームスは落ち着いた語調で端的に言った。

それはプリームスと深い仲に成りたければ、”身内かぞく”なる事が条件だと暗に告げているのだ。

またイリタビリスに拒否する選択を残したのであった。



扇子を煽ぐ手が止まり、イリタビリスはプリームスをジッと見つめる。

そして暫くした後、

「プリームスの言う通りしたら、ずっと一緒に居られるの? プリームスをあたしの物に出来るの?」

と逆に問い返した。



その言い様に少し驚き、困ってしまうプリームス。

『おおう!? 欲望に忠実な上に、それを口にするのを躊躇わないとは・・・・ある意味、大物だな』

「イリタビリス・・・その2つの願いは半分ほどしか叶えられない」

説明をしようとした時、イリタビリスは横になっているプリームスに接近し顔を覗き込んだ。


そうして中々の威圧感で問い質す。

「どう言う事? ちゃんと説明して」



『いや、だから今から説明しようかと・・・』

そう言いたかったが、プリームスは何だか気圧されて口にする事が出来なかった。

機嫌が悪い時のスキエンティアも怖いが、あれは何方かと言うと口煩い感じなのだ。

しかし今のイリタビリスは、良く分からないが威圧感が有って本当に怖い・・・。



まるで金縛りにあったかの様にプリームスは硬直して、おずおずと口だけを動かした。

「じ、実は私の身内は4人いるのだ・・・・。それに事が無事に済み戻れれば後1人、いやシュネイも入れれば2人増えてしまうのだ・・・。そうなればイリタビリスは末席に当たるゆえ、私を独占すると言うのは少し無理が・・・」



イリタビリスの表情が険しくなっていくのが窺えた。

それから少し思考するように視線が泳いだかと思うと、鋭い視線がプリームスの瞳を射貫き、

「その4人・・・最終的に6人は男なの? 女なの? それとも両方?」

と抑揚の無い声で言った。


抑揚が無い言い様ならばフィートだが、あれは只単に感情を語調として表現するのが苦手なだけだ。

だがイリタビリスは、感情を抑えるかの如くで、非常に冷たく恐ろしく感じる。



『あわわわぁ・・・・怖いょ・・・・』

武力が強大なだけの相手なら正論で翻弄し、それで駄目ならプリームスの極まった魔力と武力でねじ伏せるまでだ。

されどイリタビリスの様に物理的では無く、精神的、道理的?に訴えてくる相手は非常に苦手なのであった。


だからと言って、このまま何も答えない訳にはいかない。

「み、みんな女だよ・・・・」



すると先程までの緊迫感と威圧感は何処へやら。

一瞬で柔らかくて優しい表情に変わるイリタビリスは、興味津々なのか矢継ぎ早に質問を繰り出す。

「な~んだ・・・そっかぁ、女の子ばっかりなんだね! それって全員プリームスが集めたの? って、女の子が好きなんだね!?」



正直な所プリームスは、綺麗で可愛い女子が大好きである。

だが自分から手籠めにしようと、積極的に動く様な下品な事はしない。

何故なら、勝手にプリームスへ近寄って来て手籠めにしようとして来たり、又は自らプリームスの物になろうとする女性ばかりだったからだ。


それに100年を費やし武を極め、更に100年を費やして魔術の本質を解き明かした。

そこから100年もの熾烈を極めた魔界での闘争を経て来た為、自己の好き嫌いだけに時間を費やす余裕が無かったのも事実であった。



しかしながら、ここに来て人生に余裕が出来たプリームスに矛盾が生じる。



「う、うむ・・・・男よりは断然に女が良い。しかしだな、別に自分から能動的に集め回った訳では無いぞ。皆、私の短所長所含めて慕ってくれて自然とこう為っただけだ・・・・」

と少し歯切れ悪く答えるプリームス。


理由は、身内では無いにしろ好みで傍に置いているフィートが原因である。

以前、魔王で在った頃の、公平で能力主義なプリームスには考えられない振舞いだ。


また細かく追及されれば確実に該当する身内──フィエルテも居る。

彼女はプリームスが護衛にと、能動的かつ好みで身内に迎えた女性なのだ。

要するに嘘をついた様な形になり、プリームスは後ろめたくなったのだった。



『おおぅ・・・・つい以前の自分を鑑みて言ってしまった・・・・』

プリームスは以前の自分とは違い、随分と肉体的、そして精神的に脆くなったと感じていた。



『自分で言うのも何だが、魔王の頃の私は威厳に満ちていたのだがな・・・』

魔界に居た頃は、全ての行動に対し誠実で潔白を自身に課していた。

そうしなければ人心を得られず、魔界統一など出来る訳が無かった。


ところが今は幾人もの美女を侍らせて、誠実さなど有った物では無い。

家長としての威厳も潔白さも皆無で、軟弱極まりない。

そんな事を脳裏に巡らせ、自嘲にプリームスは至る。

『フフ・・・本当の私は一体どちらなのだろうな・・・』



それが少し顔に出てしまっていたのか、

「どうしたの? さっきから笑ってるような、でも難しい顔もしたりして・・・」

と心配そうにイリタビリスが顔を覗き込んできた。



「いや・・・今の私は軟弱だし誠実さに欠けるなと思ってな。昔はもっと恰好良かったんだがね」

プリームスがそう告げると、イリタビリスは小さく首を横に振る。


そして笑顔を浮かべると、プリームスの頬に優しく手で触れて言った。

「さっきも言ったけど、あたしは今のプリームスが大好きなの! それに身内の人達も私と同じ思いだから、今も”身内かぞく”なんでしょ? なら、あたしや傍に居る人たちの為にも、プリームスは今の自分に胸を張るべきだよ!」



300歳以上も年下の娘に、まさか諭されるとは思わなかったプリームスは唖然としてしまった。



「フフフ・・・・そうだな。イリタビリスの言う通りだな・・・」

そう苦笑しながら言うと、頬に触れていたイリタビリスの手を取り、何かを握らせるプリームス。



イリタビリスが訝し気に手の中を確認すると、黒曜石の様な色をした指輪が姿を見せたのだった。


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