第204話・迷宮の試練の先
テユーミアに締め上げられてしまったプリームスは、何とか気絶せずに事無き?を得る。
申し訳なさそうにプリームスをベッドの端に腰掛けさせるテユーミア。
「申し訳ありません・・・私って気持ちが昂ると力の加減が疎かになりがちなんです・・・」
プリームスは露骨に嫌そうな顔をする。
「戦闘時は良いとして、男女の睦事の時はどうするのだ・・・まぁお前の場合は女同士もあるだろうが・・・」
するとテユーミアはニッコリ笑顔で答えた。
「ですから私の夫はクシフォスなのです。あの人なら多少力いっぱい締め付けた所で死にませんから!」
そして少し気落ちしたように続ける。
「ですが、女子の場合は小鳥を扱うように細心の注意を払います。でなければ先程のように・・・・」
『成程・・・クシフォス殿も苦労していそうだな』
そう思いつつ気になる事がプリームスの脳裏に過った。
「ところでクシフォス殿は、魔神の事について知らされているのかね?」
テユーミアはプリームスの前に正座して座り出す。
先程、気絶しかける程に抱きしめた事を、後悔し反省しているつもりなのだろう。
「私達が守り人と言う迷宮を守る一族なのは知っています・・・・でも魔神から人類を守る使命を負っている事は話していません」
夫婦の間柄でもテユーミアは真実を語っていない事に、プリームスは意外さを感じた。
恐らく自分達の危険な使命に巻き込みたくなかったのかもしれない。
プリームスがそう思ったのもつかの間、
「夫は物理的な実力に関しては申し分ないのですが、魔術が全く駄目駄目な脳筋なので・・・つまり役立たずなので打ち明けていないんですよ」
などと言い出すテユーミア。
台無しである・・・・。
「そ、そうか・・・確かに守り人の王と同等以上の力と言うなら、クシフォス殿では無理そうだしな。しかし私の見立てでは全然魔術が出来ないとは言えないと思うが」
そうプリームスが言うと、今度はテユーミアが意外そうな顔をした。
「え? そんな筈は・・・潜在する魔力は高いですが全く魔法は使えませんし、そもそも魔力を操る才能や感性が欠如していますよ!?」
と中々にクシフォスを低評価で語るテユーミア。
プリームスは色々と世話になった恩返しと言う訳では無いが、ここらでクシフォスに対する妻からの評価を上げてやろうと思い至る。
このままでは余りにもクシフォスが可哀そうだからだ。
「クシフォス殿が戦っている所を直接見た訳では無いが、物理的な武力は最高峰にあるようだね。技術も然ることながら、それらを支える身体的な強度、速度、反応速度、それらは全て魔力による物だぞ」
随分と驚いた表情をテユーミアは浮かべた。
テユーミアが知り得る限りでは、クシフォスが魔力を駆使して戦闘に及んでいるようには感じないのだ。
故に傍から見ればクシフォスは、凄まじい身体能力を持つ只の武人にしか見えなかった。
苦笑してプリームスは説明を始める。
「元々クシフォス殿は馬鹿力のようだしな、まぁ分かりにくいのは仕方あるまい。だが分厚い筋肉の下で瞬間的に魔力を伝達させているのだよ。つまり強大な膂力が必要になる瞬間のみ、魔力を身体に巡らせている。それが余りにも一瞬ゆえに傍からは分からないのだろうな。しかも本人は無自覚でそれを駆使している様だしな・・・・」
「えええぇ?! では基本的な仕組みは私と同じような・・・・」
と言い語尾がしぼんでしまうテユーミア。
脳筋であるクシフォスと自分が同じである事に、精神的な衝撃を受けたに違いない。
「クシフォス殿のこれはある意味天才の成せる技と言っていいだろう。その為、他者の定石には当てはまらないのだ。所謂テユーミアは作り出された才であり、クシフォス殿は天然の才と言う訳だな」
そうプリームスは語りつつ、夫婦揃って魔力脳筋型なのが面白くてほくそ笑んでしまう。
テユーミアとしては夫に関する新たな事実を知った所で、特に何かが変わる事は無い。
『プリームス様はどうしたいのかしら?』
するとそれを察したようにプリームスは告げた。
「迷宮にクシフォス殿を同行させようかと思っている。まぁ本人の都合もあるからな、どうなるか分からんが」
これにテユーミアは、詰め寄らんばかりにプリームスに迫り異議を示す。
「だ、駄目です! 折角、愛しいプリームス様と二人きりで逢引・・・いえ、王の元へ向かえると思っていたのに!」
アグノスもエスティーギアもそうだが、テユーミアは自分の使命を踏まえつつ欲望もねじ込んでくる。
この一族の女系は皆このように煩悩に正直なのだろうか・・・とプリームスは苦笑いを禁じ得ない。
「テユーミアの
そう溜息をつきながらプリームスはテユーミアを見つめて言った。
尚も食い下がるテユーミア。
「で、ですが、それでは試練になりません! いくら我ら王に匹敵する魔力と魔術技能があっても、魔神と正面から戦って屠る程の力を示さねば王はお会いになりませんよ!」
プリームスは言質を取ったとばかりにニヤリと笑む。
「やはりそう言う事か・・・。迷宮の絶対防衛線から上3層は外敵の侵入を阻むのではなく、強者の選別の為にあるのだな? そして魔神と戦える水準に達している者は一族に迎い入れ、その血統を取り込もうと言う訳か」
そしてテユーミアの頭に片手を置いて優しく撫でる。
「お前はクシフォス殿を王の元へ連れて行きたくは無いのだな・・・・」
テユーミアは切なそうに微笑む。
「何もかもお見通しなのですね・・・・。夫はお人好しですから、人類の為ならばと今の立場を捨てて守り人の一族に力を貸してくれるでしょう・・・そうなれば・・・・」
「一族の他の女性と血を残す事になる・・・か」
とプリームスは続いた。
それに小さく頷くテユーミア。
テユーミアを優しく抱き寄せ、その耳元にプリームスは囁く。
「安心したぞ、お前が使命の為だけにクシフォス殿と結婚したのでは無いと知れて」
同じくテユーミアも囁き返して来た。
「当然です・・・愛してもいない人と結婚は
プリームスはテユーミアから身を離し、その顔を見つめて笑みを浮かべる。
「そう言う事ならばクシフォス殿には何も話さないでおこうか。しかしだな、お前は私と二人きりで迷宮を降りれるかと思っているようだが、アグノスやフィートの事を忘れてはいないか?」
「あ・・・・」
と声を漏らすとテユーミアは項垂れてしまった。
煩悩に目が眩んで2人の事を完全に失念していたテユーミアであった。
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