第192話・エスプランドルの古代迷宮(1)
宰相ノイモンの舎人となったフィートが突如プリームスの前に現れ、暫く仕えると言い出した。
正直変な話ではあるが、何故こうなったのかをプリームスはほぼ完全に洞察していた。
フィートはそもそも間者の疑いを掛けられていた人物である。
そしてその大本は隣国セルウスレーグヌム王国であり、そこには彼の最悪最凶アポラウシウスと時期国王のアンビティオーが居る。
彼らはプリームスに企てを阻止された経験があり、アポラウシウスに当たっては直接戦闘をし敗走しているのだ。
故にその危険度は嫌という程身に染みている筈である。
詰まり自国を訪れていたノイモンに何か吹き込んでいたとしても、何ら可笑しくは無いと言う事だ。
『さては傀儡を作るよりも、同じ脅威を共有する方を選んだようだな・・・』
プリームスの存在が手に余ると考えたアンビティオーは、恐らくノイモンへ人智を超えた危険な存在が居るとでも言ったのだろう。
そんな事を言われれば真偽はともかく、誰であろうと危惧し確かめようとするものだ。
そしてそれが救国の英雄だとしても後々に"毒"となり得るなら、何かしらの方法で封じ込み、または排除しようとする筈だ。
規格外で異質な存在を人は恐れる。
人と言う枠組みで考えるなら、それは正しい反応なのである。
それが味方となり大いなる力であってもだ。
故にノイモンは先ず直接プリームスと面会して、その為人を見極めようとした。
だが自由奔放なプリームスは無視して出掛けてしまったのだ。
残された手立てが有るとするなら、気付かれずに監視する位しか方法が無かったのだろう。
またそれとなく監視をするなら、フィートを使えとアンビティオーに指示されたのかもしれない。
そう言う訳でフィートが今、プリームスの目の前に居るのであった。
『意図が丸分かりなだけに滑稽ではある・・・』
そう思うプリームスだが、ノイモンが"そう見せかけている"なら話は別である。
アンビティオー等に乗った振りをしている可能性もあるのだ。
それでノイモンがプリームスの味方になるなら現状維持で問題は無い。
しかし隣国と結託してプリームスを危険視するなら、"身内"を守る為にもリヒトゲーニウスを出なければならない。
そうなれば益々安全な拠点が必要になり、もはや魔術師ギルド云々では無くなるかもしれなかった。
「まぁ好きに傍に居るといい。只、私に仕えると言うなら遠慮せずに雑用を振るかもしれんが、構わんか?」
そうプリームスがフィートへ尋ねると、
「はい、何なりと。何でしたら生活全般のお世話も致しましょうか?」
などと真顔で返してくるフィート。
『これは生活に密着して私の情報を得ようと言う訳か?』
プリームスが訝しんでいると、アグノスが詰め寄るように異議を唱えた。
「だ、駄目です! プリームス様のお世話は私がするのですから!」
表情には殆ど出ていないが、フィートは少し戸惑った様子だ。
アグノスのプリームスに対する執着と独占欲が強くて驚いたのだろう。
「左様で・・・では出過ぎた真似をせぬよう注意を致します」
だが直ぐに真顔になるとフィートはプリームスへ尋ねる。
「で、これから何方へ向かわれるのですか?」
これだけ切り替えが速いと、さぞ仕事もテキパキとこなすに違いない。
『こう言った人材が新設する魔術師ギルドには欲しい所ではあるな』
そう思いつつプリームスは端的に答えた。
「古代迷宮に興味があってな、これから見物に行く所だ」
乏しい表情でフィートは首を傾げる。
「古代迷宮ですか・・・私は一切武芸の心得は有りませんが大丈夫でしょうか?」
迷宮は一般的に
そこには地上では有り得ない様な常識や、特異な生物が存在するのだ。
それの最もたる物が魔物であった。
それらは迷宮の主が生み出した魔法生物であったり、他の生息地域から移り住んで定着した魔物であったりもする。
また魔物では無いが亜人種の類が迷宮の主と契約して住み着き、迷宮を守護すると言った事もあるのだ。
詰まり迷宮に足を運ぶなら、これらとの戦闘も覚悟せねばならない。
従ってフィートの様な文官は戦闘が出来ない為に足手まといになるのであった。
プリームスは特に気にした様子も無く告げる。
「大丈夫だろう。その代わり私の傍から離れたら命の保証は出来ん。後は私より前を歩かない事だな」
それを聞いたアグノスが嫌そうな顔をして言った。
「えぇ~~、迷宮に潜るのですか?」
「何を可笑しな事を訊く・・・迷宮に行くのだから潜るのは当然だろう。入口だけ見て引き返すとでも思ったのか?」
と少し呆れた顔で言うプリームス。
そして落ちていた日傘を拾いアグノスへ手渡す。
「嫌なら付いて来なくても良いのだぞ。無理強いしたい訳でも無いし、私一人でも問題無いからな」
そんな事をプリームスに言われては返す言葉が無いアグノス。
『はぁ・・・今日は何てついて無いのかしら』
愛する人と折角の逢引と思いきや、迷宮やら邪魔者やらで最悪な状況になってしまった。
だがアグノスは只単に迷宮が嫌いで反対をしたり、嫌がって見せたりしていた訳でも無かったのだ。
実は明確な理由が他にあり、それを言うかアグノスは迷っていた。
何だかモジモジしているアグノスを見てプリームスは溜息をつく。
「やれやれ、”何か”あるのだな?」
とアグノスの胸中を察したようにプリームスは問いかける。
そもそもエスプランドルの古代迷宮は、アグノスの母親であるエスティーギアが拠点にしていた場所である。
そして今は拠点にしている訳でも無いので”主不在”の迷宮と化していた。
そこをエスティーギアが運営する魔術師学園と、外部組織である傭兵ギルドに因って管理し、傭兵や冒険者に開放している状態であった。
以上の点をアグノスは、「それは建前なのです・・・」と言い出したのだ。
首を傾げるプリームス。
しかし僅かに思考するだけで本質を突いた。
「エスティーギアは間借りしていた・・・・と言う訳だな? そして本当の迷宮の主は他に居ると」
アグノスは苦笑する。
「1つ言えば10を看破してしまうプリームス様には、最早何も隠せませんね・・・。仰る通りです。これを知る者は数人しかおらず機密扱いになっています」
それから続きを話すかと思いきや、フィートを一瞥して言い淀んでしまった。
機密扱い・・・恐らく限られた王族のみに知らされている事なのだろう。
それを舎人であるフィートが聞いてしまったのだ、先が有るなら言い淀むのは当然と言える。
正直な所、その機密になっている事はプリームスにとってどうでも良く、公になったとしても困りはしない。
困るのはリヒトゲーニウス王国の王族だけだろう。
故に気にした風も無くプリームスは、
「ここまで言ってしまったのだ、もう一蓮托生でよかろう? だな? フィート・・・」
とアグノスとフィートを見やって告げた。
珍しく少し慌てた様子を見せたフィート。
「え? あ、はい・・・他言は致しません」
深い溜息をアグノスはついた。
「プリームス様がそこまで言うのでしたら仕方ありませんね・・・」
そう言ってアグノスは、エスプランドルの古代迷宮の秘匿された真実を話し出すのであった。
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