第146話・通貨と名工

傭兵ギルドの一階大フロアーで、昼食を取る事にしたプリームスとフィエルテ。

しかしお昼時と言う事もあり、どのテーブルも一杯で席に着くことが出来なかった。


途方に暮れていると、傍のテーブルに着いていた老傭兵に声を掛けられる。

何と席を2人分譲ってくれると言うのだ。

名はスデラスとファブロといい、今は傭兵だが本職は鍛冶屋らしい。



そしてプリームスが有名人になってしまったせいか、ボレアースの聖女と言う事も知っている様であった。

別に呼んで欲しいとは思わないし、そんな風に有名になるのは実に微妙な気持ちではあるが・・・。

ちなみにこの2人はテーブルと席は譲ってくれたが、「どっこっしょ」と言いつつ傍に椅子を置いて落ち着いてしまう。



そもそもギルドマスターのメルセナリオに会いに来たのだが、中々やって来ない・・・本当に忙しいようだ。

なので暫くの間、この老傭兵2人とプリームスは会話を楽しむ事にした。



こちらから話を振ろうかと思っていると、全白髪頭のヨボヨボ傭兵ファブロが、

「お嬢ちゃん随分と魅力的な恰好をしとるの・・・乳も大きいし、そんなに露出しとったら親が悲しまんか? それに高そうな服を着ちょる」

などと言い出す。



これには苦笑いするしかないプリームスとフィエルテ。

しかし”高そうな”で失念していたことを思い出す。

「そう言えば、この国の通貨や物価が良く分からんのだが」

と早速フィエルテに訊いてみた。



すると今度はスデラスが意外そうな顔をして話しかけてくる。

「ほほう? 身なりも良いし付き人が居る所を見ると、御登りさんでは無いようじゃが・・・余程遠方から来たのだな」



そして急に意気込みだすスデラス。

「この炎の名工が色々教えてやろう!」

若くて綺麗な女子に良い所を見せたいのだろうか?



それにしても自分で二つ名を名乗るとは、少し恥ずかしいような・・・。

そう思っていたが、フィエルテは”炎の名工”と聞いて顔色が変わったようにプリームスは感じた。



「先ずじゃな、リヒトと言うのがこの南方諸国の通貨になる。ちなみに"リヒト"はこのリヒトゲーニウスの国通貨だ。南方連合の議長国であるこの国の特権と言ったところかの」

と勝手に説明し出すスデラス。



そしてスデラスは懐から小銭入れを取り出すと、その中から小さくて薄っぺらい銀貨を1枚摘み出しテーブルへ置いた。

「これが最小単位の1リヒトだ」



更に続けて赤銅色の硬貨を置く。

これは1リヒト硬貨に比べて、少しだけ厚みと大きさがあった。

「で、この赤黒いのが10リヒト硬貨じゃ。言うまでも無いだろうが、これ1枚で1リヒト硬貨の10倍の価値がある」



そう言った後、スデラスはジャラジャラと小銭入れをまさぐって、漸く3種3枚の硬貨を見つけ出しテーブルに置いた。


3枚とも銀貨でそれぞれ大きさが一回りずつ違っている。

その中で1番小さい銀貨は、10リヒト硬貨と同じ位の大きさであった。

それをスデラスが指差して説明を続ける。

「これが100リヒト硬貨、隣のひと回り大きいのが500リヒト硬貨になる。1番大きい銀貨が1000リヒト硬貨じゃよ」



そしてまた懐の中から何かを取り出すスデラス。

それは少し装飾が入った小さなポーチだ。

徐にそのポーチを開けて、スデラスは中から1枚の金貨を摘み上げてプリームスへ見せた。


「これが10000リヒト硬貨、つまり金貨じゃな。因みにこの金貨1枚で、節約すれば1週間は普通に暮らせる。まぁ下級階層かワシら傭兵みたいな生活しとる人間限定だかな」

とスデラスは自嘲気味に言う。



「この定食はいくらなのだ? 安いのか?」

そうプリームスが訊くと、次はファブロが話し出した。


「350リヒトじゃ、この量と質なら格安だ。だから昼時のここは混むんじゃよ」



プリームスが注文したのは鶏肉の香味焼き定食で、野菜スープと焼き立てのパンが2個付く。

量も割と多めで、体力仕事が中心の傭兵向けの内容と言えた。

因みに100リヒト追加すれば、麦酒も1杯付けれるらしい。



ふとフィエルテの所持金が気になった。

以前の世界ならまだしも、プリームスはこの世界の金を持っていないので、フィエルテへ持たせる事が出来ない。


しかし先程、フィエルテは厨房カウンターで定食の料金を払おうとしたのだ。



「フィエルテ・・・いくら持っているのだ?」

プリームスが率直に訊くと、フィエルテは耳元へ囁き掛ける。


「30枚程、金貨を持たされてます。後、非常用に白金貨も2枚あります」



『30万リヒト?! 白金貨?!』

と内心で驚いてしまうプリームス。

30万でも随分と持ち過ぎなような気がするのに、価値不明な白金貨まで持っていると言うのだから。


「白金貨の価値はどれくらいなのだ? それに誰に持たされたのだ?」

プリームスは小声でフィエルテへ尋ねた。



すると同じく小声でフィエルテが答える。

「白金貨は1枚で100万リヒトの価値があります。持たせてくれたのはアグノス姫ですよ。お金が有れば国内なら取り敢えずは安心だと・・・少し多い気もしますが」



アグノスがプリームスを心配しての事なのだろうが、持たせ過ぎの過保護である。



2人でコソコソ話していたものだから、ファブロが怪しみだした。

「なぁ〜にを小声で話ちょる? 早よ食べんと冷えてしまうぞ」


一方スデラスはテーブルに並べた硬貨を仕舞い、

「全部聞こえとるぞ。まぁ国王の賓客らしいしの・・・あのアグノス姫とも既知か」

何食わぬ顔でプリームスへ告げた。

歳の割に耳が良い。



「流石、”炎の名工”スデラスです。目ざとい・・・いえ失礼、目端が利きますね」

と微妙に失礼な事を言って訂正し直すフィエルテ。


フィエルテは元々武家の家柄で率直な性格の為、こういう時は微妙に天然ぶりを発揮してしまう。

『私は面白いから良いが、それよりも・・・』


「済まないが、その炎の名工とは何だ? そんなにスデラスさんは高名なのか?」

プリームスも人の事を言えないくらいに率直に尋ねる。

こちらは天然では無く、どちらかと言うと怖い物知らずだ。



「プ、プリームス様・・・その言い様は少々失礼です。スデラス様だけでは無く、ファブロ様も含めて”炎の名工”なのですよ!」

と慌てたようにフィエルテが言い出す。



増々この2人の老傭兵に興味が湧きだしたプリームス。

『鍛冶屋と言うのも興味深い。それに高名ならば、ひょっとすると・・・』


少し良い事を思付きプリームスは、ほくそ笑むのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る