第64話・折衝からの幕開け

傭兵ギルドのマスターであるメルセナリオは、プリームスが”ボレアースの聖女”と言う事を知っていた。

知っていてワザと他人の目が届かない賓客室まで誘導したのだ。



「ワシからは取り合えず話せることは話した。次はそちらの番であろう? なぁ”聖女様”」

とニヤニヤしながらメルセナリオは言った。



何とも食えない奴である。

酔った風に見せかけてベラベラ喋ったのも演出と言う訳だ。

クシフォスとは雰囲気は似ていても、随分違う物である。



「流石、国家と同等の立場にあるギルドのマスターだな。一筋縄ではいかんか」

とプリームスは溜息をつく。


そして居直ると食事を続けながら呟いた。

「で、何が聞きたい?」



今度はメルセナリオが聞く側になった為か、背もたれに身を預けて気を抜いた様子だ。

「さっき言っただろう。ここに何をしに来たのかと」



と言う事は先程までメルセナリオは、プリームスに対して緊張していたのだろう。

己の事を伝えプリームスをある程度安心させ信用させる。

そして驚かせた後に、お互い腹を割って話せるようにした。

それがこの男の狙いであり・・・博打であったのだ。



『私に偉く熱の入れようだな。”ボレアースの聖女”など、そんな不確かな物を信じるとは・・・』

そうガッカリとした気持ちになるプリームス。

情報に踊らされる人間が哀れに思えたからだ。



しかし死熱病を治す術を持っている、それが嘘でも誠でも確かめずには居られない。

それが彼らの”立場”ではせざるを得ないのだろう。

死熱病の対処が可能ならば、英知や財宝が眠るとされる混沌の森へ侵攻出来るのだから。



そしてプリームスを手に入れた国は一人勝ちする可能性があり、国家間の均衡が崩れる事となる。

それが引き金で戦争へ発展する事を、メルセナリオは危惧して一早く接触して来たのかもしれない。



『もしくは私を確保しておいての富の独占か』

ならばこちらも力押しで抜け出るまで。


プリームスが思案に耽っているのを、メルセナリオは話しあぐねていると感じたのだろう。

話し易いように促して来た。

「観光で来たのは本当だとしても、他にも目的があるのだろう? そんなに話しにくい目的が有って王都に来たのか?」



プリームスは苦笑した。

「別にそう言う訳では無い。私にとっては問題ないのだが、話す相手によっては知り合いが動き難くなるのでな」



すると少し思考した後にメルセナリオが言った。

「それはレクスデクシア大公の事か?」



「何故そう思う?」と逆に問いかけるプリームス。



「それはレクスデクシア大公の舎人を連れていれば、誰だってそう思うだろ?」

と然も当たり前のようにメルセナリオは言った。

まさにその通りだ。



最早ここまでくれば茶番状態である。

何だか可笑しくなってきてプリームスは笑い出した。

その様子を見つめるメルセナリオは困った様子だ。



「すまない、何だか色々馬鹿げて来てな可笑しくなってしまった。まぁ貴殿に話しても問題無かろう・・・いざとなれば力押しで解決する予定だしな」

プリームスは笑いを落ち着かせながら言い放つ。



少し顔色を青くしたメルセナリオが、プリームスの両脇に座る2人の従者を交互に見やると、

「参考までに、プリームス殿の従者はどのくらい強いのだ?」

そう問いかけて来た。



「う~ん、どのくらいと訊かれてもなぁ」

比較対象が無いので困ってしまうプリームス。



するとフィエルテが助け舟を出した。

「スキエンティア師匠は混沌の森の地竜を軽く倒せますよ。ロングソードの一撃であっさり首を落とせます」


スキエンティアも同調するように答える。

「10m級程度なら直ぐ処理できますね。流石に20m級とかになれば、一撃は難しいですが」



口を半開きにして唖然としてしまうメルセナリオ。

そして我に返りブツブツと独り言を言いだした。

「う~む・・・にわかには信じ難い。しかしそんな従者が聖女の傍に居ると知れれば・・・」



このままでは話が進まないのでプリームスが声をかけた。

「お~い、メルセナリオ殿~、私から話を聞きだすんじゃなかったのかね~?」



相手から情報を引き出そうとする互いの駆け引きは何処へやら・・・。

もう面倒臭くなってプリームスは勝手に話す事にした。


「私はこの王都へ死熱病の感染者を救いに来たのだ。本来なら混沌の森でしか感染しない熱病だが、作為的にこの王都で発生する可能性がある。そして感染してしまえば必ず死に至るからな・・・もしこれが国の中枢で起こったなら大変な事になるぞ」



そう語るプリームスを、メルセナリオは驚愕に目を見開き見つめた。

さらに半ば取り乱したように立ち上がると叫ぶように言う。

「ま、誠か?! それが本当に起こったなら、この国が転覆し兼ねん!!」



プリームスは少し訝しんだ。

”死熱病”の話を聞いてメルセナリオが「何だそれは?」とならなかった。

そもそも”死熱病”はプリームスが”定義”したものなのだから、逆に訝しまれても可笑しくは無い。


それにプリームスがボレアースで名を馳せた事を知っている。

噂程度の事でも伝達が早過ぎるのだ。



「何故、”死熱病”と言う言葉を知っている?」

そうプリームスは率直に尋ねた。



そのプリームスの言葉で冷静さを取り戻したのか、メルセナリオは席に座りなおすと、

「ボレアースの町にも傭兵ギルドの支部はある。国境付近の町では他国からの情報も入手しやすいゆえ、情報の中継基地になっておるんだよ」

と掻い摘んだ説明をした。



何とも要領を得ないと思いつつもプリームスは自身で解釈した事を口にする。

「詰まり、伝書鳥などの通信手段を多方面に展開してる訳だな? それでボレアースからの情報内容に私の事が含まれていたと?」



少しとぼけた様子で頷くメルセナリオ。

「まぁそんな感じだ。死熱病の事もレクスデクシア大公がボレアースで言い回っていたしな。皆、混沌の森の病を”死熱病”と認知しているようだぞ」



そしてメルセナリオは感心したように言った。

「それにしてもボレアースから貴殿が王都に来るのが早すぎる。一週間はかかる道程を1日そこいらで到着していないか?」



ニヤリと笑むプリームス。

「答えられる事とそうで無い事がある。諦めてくれ」



「う~む」と唸るとメルセナリオは再び背もたれに身を預けた。



その時、賓客室の扉が激しくノックされる音がした。

「ギルドマスター! 王宮からの使者が来ております! 秘匿した”ボレアースの聖女”を引き渡せと言っております!!」



折角落ち着いて座りなおしたメルセナリオが再び慌てる様に立ち上がった。

「な、何だと?!」



『まあ予想通りか・・・』

プリームスは面倒臭そうに呟いた。

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