封印されし魔王は隠遁を望む(改稿版)

おにくもん

第一章:終焉と新生

プロローグ

「幕引きか・・・」

そう呟く声がした。


その声は凛と響き渡るように美しい。

まるで神が紡ぐ音色の様に。


その唇は艶やかな朱色を帯び、その肌は透き通るように白い。

赤く燃え上がる炎のような長く美しい髪。

瞳はその髪と同じ色を示し、人ならざる神秘性を放っていた。


またその顔立ちは、美の神に造形されて生まれたかのような美しさだ。


そしてその出で立ちは、白い肌に良く似合う漆黒のオープンバックドレス。

大胆に背中と肩から腕が露出し、美しさと扇情的な雰囲気が絶妙に融合している。



彼女の名は、プリームス・バシレウス。

人間が魔界と呼ぶ大地、”マギア・エザフォス”の統一を果たした、歴代最強の”魔王”である。



魔界マギア・エザフォスは、人間達が支配している大地グラース・テーレの3倍以上もの広さがある。

その為、魔界全土を統一する事は至難を極めた。



広さだけではない。

魔界には10人の大公が存在し、その大公が治める10の広大な領地があるのだ。

またその大公の領土を遥かに超える、広大な混沌の大地が統一の大きな妨げとなっていた。


大公領には法があり秩序もあり、そして領王である大公がいる。

故に交渉が可能で、戦争による駆け引きも可能ではあった。

しかし混沌の大地は多種多様な人種が存在し、法も無く秩序など存在しなかったのだ。



プリームスは辛抱強く戦い、交渉し、混沌の民に心を砕いた。

そうして時間をかけて混沌の大地を少しづつ支配下に置き、100年目にして漸く統一を果たす。



10人の大公は認めざるを得なかった。

自分達はおろか、過去の偉人や覇王ですら混沌の全土統一は果たせなかったのだから。

こうしてマギア・エザフォス最高統治機関”大元老院”は、プリームスに最高統一者の称号”魔王”を贈る事となった。



大元老院とは、魔界に存在する10大公が議員を務める最高”政治”機関であり、最高”統治”機関である。

その10大公の過半数支持を得られなければ、”魔王”の地位を得る事は出来ない。

だがプリームスは100年かけて、大元老院の全面的な支持を得たのだった。


晴れて魔界統一を果たしたプリームスに平穏が訪れると思いきや、新たな戦乱が待ち構えていた。



それは人の住む大地グラース・テーレが、1人の覇者に因って統一されてしまったからだ。

これにより新たな領土を得る為に、人の軍勢による魔界侵攻が始まってしまう。



時を同じくして、人と魔族がそれぞれの世界を統一するに至る・・・。

それが2つの世界の戦端が開かれる引き金・・・呼び水となったのだ。

まさに争いこそが運命と言わんばかりに。



古より繰り返された人と魔族の抗争。

互いに多くの血が流され、結局は痛み分けに終わるのだ。


人には魔界に侵攻して、その想像を絶する広大な領土を制圧し、支配する力など有る訳が無かった。

歴代最強と言われた魔王プリームスですら100年かかったのだ・・・寿命が短い人間に不可能なのは明白であった。



そして同じく魔界の支配維持で手一杯な大元老院にも同じことが言えた。

自分の領土を放っておいて人間の領土へ攻め入る程の兵力も、兵站も維持出来る訳がなかった。



故に幕引きの時が来た。

3年ほど続いた人と魔族の戦争は、人間側の最高統治機関”教会”と、魔界の”大元老院”との間で交わされた停戦条約より事実上の終戦を迎える。



しかし戦犯は決めねばならない──人民を納得させるだけの生贄が必要だったのだ。



一時は人の大軍勢を退け、グラース・テーレまで攻め込んだプリームス率いる魔王軍。

いつしか人側から侵略されたと誤解を生んでしまっていた。

侵略をしたのは人の軍勢だと言うのに。

それは”教会”による巧みな情報操作で、戦後の事を見据えていたからであった。



これにより同じく終戦を見据えていた大元老院が、先に停戦を申し出てしまう。

つまり大元老院は、直接軍を指揮していた魔王を見捨てた結果に至る。

それは魔王プリームスを戦犯とし、生贄に祭り上げ人へ引き渡す算段だったのだ。



そうなる事は魔族の誰の目にも明らかな状況。

マギア・エザフォスを統一した美しき英雄を失ってしまう・・・その悲しみに堪えかねた者達が立ち上がろうとした。


だがプリームスは彼らを優しく説き伏せる。

「私の人生を無駄にしないでくれ。願わくば、私が築いた平和の礎を出来るだけ存続させて欲しい・・・」



プリームスの強大な軍勢の大半は、混沌の者達だ。

そのつわもの達は、自分達の王の願いに従い混沌の大地へと帰ってゆく。

悲しみに暮れて・・・。



そして魔王大元帥府は、プリームスの手に因って解体解散する事となる。

傍に残ったのは、プリームスを心から信奉する最強の四天王のみとなってしまった。


その四天王もプリームスを守る為に、最前線の砦を出てしまう。

”魔王討伐部隊”を迎撃する為にだ。

恐らく人類最強の精鋭で構成された”魔王討伐部隊”。

四天王は誰一人として帰る事はないだろう。



自分を信奉し親の様に慕ってくれた忠臣。

その四天王達を失う・・・だがプリームスの目から涙がこぼれる事は無かった。

この長い350年にも及ぶ人生に、涙は枯れてしまったのだ。

だからせめて心で泣き、

『直ぐに私も後を追おう』

と心から告げた。




最前線の砦で、自分を討とうとする人間達を待つ。

簡易で作られた玉座に疲れたように座り込み、プリームスは過去に想いを馳せた。


辛い事も多かったが、善き仲間、善き忠臣を得る事が出来た。

それに魔界をも統一する事が出来たのだ。


世界を二分する戦乱が起きたものの、自分の命1つで幕を閉じ、仮初とは言え平和な時がこの先幾ばくかは続くだろう。



そう思うと少し寂しくなった。

自分はもう未来を見据える事が出来ない・・・もう過去しかないのだから。



早く幕を引いて欲しいと願う。



私を殺す者達よ、早く来るがいい。

人類最強の精鋭、”勇者”達よ・・・。

この哀れな魔王に、終末を告げてくれ。

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