第19話 掘削より爆破

「はぁ!?何ですかそれ!ふざけてるんですか!!」


興奮して思わず椅子から立ち上がり、怒鳴ってしまう。

何事かと、ギョッとなったメイド達の視線が私に集まった。


「ま、まあ落ち着いて……」


「あ……す、すいません」


私はロザリア様に頭を下げて椅子に座る。

今怒鳴ったのは、彼女に腹を立てての事ではない。

彼女の口から聞かされたふざけた話に対してだ。


内容は2つ。

一つは病気を治した薬の製造方法を帝国が寄越せといって来た事だ。

普通は下さいと頭を下げる所、寄越せと高圧的に帝国は伝えて来たそうだ。


国に根付く風土病を治す薬があるなら、喉から手が出る程欲しいと考えるのは仕方のない事だろう。

だが物には態度という物がある。

高圧的に来られたら、たとえ困っている人を助ける為でも渡したくなくなるという物だ。


まあそっちはこの際どうでもいい。

重要なのは2つ目だ。


「病気が治ったらならカルメを帝国に戻せなんて」


ふざけているにも程がある。

病気になったからいらないと死にかけの彼女を実家に送り返しておきながら、治ったらまた寄越せだなどと。

カルメさんを何だと思っているのか……そんな話を聞かされては、切れるなと言う方が無理だ。


「まさか彼女を帝国に渡したりなんかは……」


恐る恐る聞いてみる。

普通に考えればないとは思うが、事は国と国との事だ。

万一と言う事も。


「流石にそれは無いわ。離婚は正式に成立しているし。流石に彼女に対する扱いを考えたらね。まあ帝国からは強く睨まれるかもしれないけど」


強く睨まれるとは、それはきっと関税に関わって来るのだろう。

この国からの輸出入は、全てレブント帝国を通過しなければ成り立たない。

その為、他の国なら国交が切られてもおかしくないレベルの関税が課せられていた。

穀物や野菜は国内でほぼ賄える様になったからいい物の、これ以上税率を上げられるとそれ以外が本当にシャレにならない。


「それであなたに相談があるの」


「相談ですか」


彼女の相談は基本錬金術に関わる事だ。

きっと何か作る積もりなのだろうが、現状を打開するような便利な機械でもあるのだろうか?


「掘削機を作ろうと思って」


「掘削機ですか?」


「そう、掘削機よ。それを使って山に穴を開けてトンネルを掘ろうと思っているの」


彼女はそう言って手にした紙を広げる。

そこにはトンネルの概略が記されていた。


成程。

山を越えられないなら穴を掘って進もうという訳か。

他の国とやり取りできる別ルートを生み出せば、関税が幾ら跳ね上がろうとも関係なくなる。


「BL革命用に考えていた案よ。紙の普及には帝国との関税が邪魔だったから、何とか別ルートを用意する為のね」


「成程。面白い案です。でもこれ……崩落とかは大丈夫なんですか」


鉱山などではまれに崩落が起こると聞く。

通商を行なうレベルのトンネルとなれば、大規模に掘り進む事になるだろう。

そうなってくると、高確率での崩落が予想される。

仮に上手く開通しても、地震一つで埋まりかねない。


「う……それは考えてなかったわ。地質調査とか私は全然わかんないし……」


ロザリア様がチラリと此方を見て来るが、私にだってそんな知識はない。

期待されても困る。


「でも、案は悪くないじゃないかと……」


私は言葉を途切れさせ……しばらく考えてから口を開く。


「この際トンネルを掘るんじゃなくて、山を吹き飛ばして平地にすると言うのはどうでしょうか?」


正直、個人的には避けたい案ではある。

だが流石に帝国の横暴をこれ以上許すのは、余りにもしゃくだ。


「え!?そんな事どうやるの?」


「私の魔法で吹き飛ばします。まあ少し問題はありますけど」


私がその気になれば山の一つや二つぐらい吹き飛ばす事は出来る。

山を吹き飛ばした場合大量の土砂や粉塵が周囲に散らばるだろうが、それは吹き飛ばす場所の周囲を事前に結界で覆っておけばいいので問題はない。


問題は他にある。


一つは吹き飛ばした後に残る膨大な土砂類だ。

運ぶのは結界でくるむ様に魔法で移動させればいいだけだが、問題は何処に運ぶかだった。


別の山に被せた場合、雨が降っただけで確実に土石流が発生してしまうだろう。

それらが麓にまで流れてくれば、近くの村や町、新しく開いた道に被害が出かねない。

安全面を考慮するなら、どこか遠く別の場所に放棄したい所だ。


――もう一つは。


問題としては此方の方が深刻だった。

私の本気の魔法を見て、クプタ王子がドン引きしないかと言う事だ。


するわよね……普通。

山なんて吹き飛ばしたら。


「えーっと……山を吹き飛ばすって、そんな事出来るの?」


ロザリア様が信じられないと言う様な表情で聞いてくる。

普通の魔導士ならまず不可能な話だ。

驚いて聞き返すのは当然だろう。


「ええ、まあ。山脈を一気にとまでは行きませんが。大きく刳り貫く形でなら可能です。後は土砂の捨て場所さえ確保できるなら、問題ないかと」


流石の私も山脈丸ごと消し去る様な真似は出来ない。

精々歯抜けを作るのが限界だ。


「……わかったわ。陛下達に相談してみる」


ロザリア様は相談と言ってはいるが、まあ通るんじゃないかと私は思っていた。

何故なら周囲の山脈は、この国に実りを殆ど齎していないからだ。


国の周囲の山脈には強力な魔物が住み着いている。

強力な魔物の居る山に入ろうとするなんて、特殊な薬草を手に入れようとする魔導士ぐらいのものだ。

それらを除けば基本的に誰も近寄らない場所である為、国にとって周囲の山脈は何ら恩恵を齎さない物でしかなかった。


それどころか、私が初めて王子と会った時の様に、まれに山から強力な魔物が下りてきて村や町を襲う事すらある。

そう考えると、この国にとって周囲を囲む山脈は害悪でしかないかった。

消し飛ばす事に躊躇う理由は無いだろう。


「わかりました。私は許可が出た時用に魔法の準備をしておきますね」


しばらく研究職として仕事漬けの日々を送り、訓練をさぼっていたため少し力が鈍っている。

久しぶりに本気の修練でも行うとしよう。


私は研究室に戻り、長官に掛け合って休日を貰う。

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