第21話

 翌日の放課後。

 俺は眠気を欠伸で誤魔化しながら、部室へと向かった。


「お疲れさん」


 中に入ると、先日と同様に生徒会の書類を広げる斎藤が、パソコンで作業しているのを見て声を掛ける。


「お疲れ様」

「今日、『はるか』ちゃんは来ないのか?」

「他クラスの友達と遊びに行くらしいわよ」

「あいつ、副部長であることを忘れてないか?」


 まぁ、デートの話をするときに『はるか』ちゃんがいない方が好都合ではあるが。

 しかし、こうも堂々とサボられるとイラっとくる。俺たちの清掃業務のことを笑えないぞ。


「佐久間さんと元々予定入れてたみたいだし、今日部活あることは言ってないし、仕方ないわよ」


 我が地域調査部には決まった活動日がない。

 斎藤が部活をすると決めた日が部活動の日であり、顧問は生徒会から回ってきた仕事を俺らに預けるだけだから基本放任。つまり、ほとんど部長が権力を握っている部活なのである。


「佐久間さん?」

「小学校からの友達よ」

「へぇ」


 小学校以来の友人とは、所謂幼馴染と呼ばれるものだろう。

 だが、幼馴染と高校になってまでも遊ぶってのは、あまりないことではなかろうか。

 進学先が違えばそれきりになるケースが多いだろうし、同じ学校に通ったとしても、そこでも友達で居続けられるかはまた別の問題だろう。会えば話す、そんな関係を友達とは呼ばないのである。


「ずっとか。凄いな」

「あなただって、春人君と仲いいじゃない。小学校からの付き合いなんでしょ?悠から聞いたわ」

「……そっか。あいつと俺って、幼馴染なんだったな」


 すっかり頭から抜け落ちてたわ。ただの腐れ縁なだけな気もするが、そう呼べる相手がいるだけ幸せだということにしておこう。

 俺は斎藤の隣に座ると、鞄を置きスマホを取り出した。

 特にチェックしておきたいものもやりたいゲームもないが、自分から話し出す気も起きず、マンガアプリで暇を潰す。


 ――が。


 五分、十分、十五分と、物音以外の音が聞こえない静寂の空間が続いた。


「(……おかしいな。斎藤から呼び出されたはずなんだが、一向にミーティングが行われる気配がない)」


 相変わらず聞こえてくるのは斎藤がタイピングするカタカタという音と、マウスクリックのカチカチという音のみ。

 これがずっと続くなら、俺はもう帰りたいんですけど。


「あの、斎藤さん?今日、デートの話し合いをするんじゃなかったのかな?」

「そうよ」

「じゃあ、なぜずっとパソコンでお仕事をされているのですか?」

「どの場所がいいか探しているのよ」


 生徒会の仕事にいい場所もクソもあるか、と文句を言おうとするも、もう既に先程まで広げられていた生徒会の資料は机に重ねて置かれているのが目に入ってきたことで、俺は少し冷静になった。

 なんとなく、斎藤が今何をしているのか察したわ。


「それって、デートの場所を検索してるってこと?」

「そうよ」

 

 斎藤がマウス操作しているパソコンを、肩越しに覗き込むと。

 既に十数個ものタブが開かれて、動作が重くなったサイトが目に入った。


「どんだけ調べてんだよ……」

「昨日下調べしておいたサイトを、今全部出しているのよ」


 そう言ってディスプレイの角度を、俺に見やすく調整してくれる。


「それは有難いんだが、俺としては近場でいいというか、近場がいいというか……」


 どうしても斎藤が提示してくるデート先ってのは、遊園地だとか動物園だとかそういう大きな場所なんだよな。もう少し気軽さが欲しい。というか、斎藤自身の行きたい場所で決めればいいんじゃないかと思いつつも、彼女が『青春は相手を楽しませるべき』という思考スタンスの持ち主であることを思い出した。

 面倒に感じつつ、「俺は斎藤に付き合うから」という前置きを踏んで、彼女に問いかけた。


「斎藤が行きたいところはどこなんだ?」

「あなたの行きたいところなら、どこでもいいわよ」


 やっぱりそう来ますか。そうですよね。俺が楽しければ納得するなら、返事はそうなりますよね。

 ……でも、それだと一向に決まらないんだよ。

 本心で答えていいなら、答えは一つしかないんだが。

 でも、流石になぁ……なんて考えていると。

 

「私は本当にどこでもいいわよ」


 などと、口にする彼女がいて。


「なら、自宅だな」


 と、無意識に口走る俺がいた。


「次は日にちね」

「今すぐかな」

「わかったわ」


 斎藤はそう頷いて返すと、鞄のチャックを閉めて準備完了と、こちらを見つめてきた。


「行きましょうか」

「……………………え?」


 言い出した――いや、無意識にだけど――俺だけが驚いて、彼女には一切気にしている様子がなかった。


「行きましょうよ」

「いやいや、スタンバイ早すぎだろ」


 俺は斎藤の横顔を見つめ、自分の発した言葉に今更ながら後悔した。


「なぁ、本当に来る気なのか?」

「?」


 頭にはてなマークを付け、彼女はこちらを見上げる。


「そんな目で見つめないでくれ」

「そんな目?」


 「その愛玩動物みたいな目のことだよ」なんてことは、言える訳もなく。

 仕方なく、「とにかく」と咳払いして斎藤から目を逸らした。


「斎藤は自宅デートの意味を理解しているのか?」


 若干、挙動が落ち着いていないことを自覚しながら、彼女にそう確認する。


「自宅デート?」

「そうだ。男子の部屋に入ることに、抵抗とか不安とかないのか?」

「特にないけれど……」


 ダメだ、この子。無防備すぎて、俺が怖いわ。


「普通、女子は男子生徒の家に上がり込むこと自体、嫌がるものだろ?」


 まぁ、突然訪問してくる奴もいるがな。アレは例外でいいだろう。……………。


「でも、あなたにこの間貸してもらった本では、女子も平気で男子の部屋に上がり込んでいたじゃない?」


 「それは二次元だから」とは、俺が薦めて貸した手前、言いづらい。


「でも、そうね。私もあなたの家に足を運ぶのに、抵抗がない訳ではないわ」


 俺は少しの間唖然として、彼女を見つめる。

 すると、彼女は俺を見つめるのをやめると、申し訳なさそうに俯いて俺から目を逸らした。

 しかし、もう学習済みの俺である。わかっているぞ。斎藤と俺がどれだけ噛み合わないかってことを。


「なぁ、斎藤。その『抵抗』ってのはどういう……」

「あなたの家にお邪魔するのに、手土産を今日持参してないのよ」


 やはり、違いましたかぁ。

 どちらにしろ、俺の家には来る気なんですね。まったくぅ~、紛らわしいんだからぁ~。


 ……じゃないわ。


「斎藤、違う。抵抗を持つべきはそこじゃない」


 やめろ。そうやってまたキョトン顔をするんじゃない。


「つまりだな。男子の家に行くこと自体を疑問に思うべきで、手土産がどうのとかは今は気にしなくていいんだよ」

「そう……なんだ」


 そう返事はしつつも、彼女の中では未だ消化不良のようだ。

 その証拠に、頭頂部の疑問符は消えても、顔には未だに数個浮かび上がっている。


「でも、私はあなたの家にお邪魔することを、特に気にしてはいないもの。私が気にしなければ、あなたも不満はないのでしょう?」

「そう言われれば、そうなんだけど……」


 だから、その『気にしない』のがおかしいと言いたい訳で。

 ……とは言えずに、沈黙が流れ——


 ——果たして。


「じゃあ、今から俺の家……来る?」


 最終的には、彼女の説得の無駄を悟った俺の方から、早く家に帰りたい欲に負けてそう言い出していた。

 今日、家に誰もいないんだよな……。

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