第19話
「落ち着いたか?」
「あぁ、まぁな」
プシュッと炭酸の音を食堂前の小ホールに響かせ、自販機限定のサイダー缶を開ける。ほんのりとした甘みのある香料が、飲みたい欲をそそる。のどごしよく半分ほど飲み干すと、俺は春人に尋ねた。
「で、さっきはどうしたんだよ?」
「いや、お前が彼女作ったって言うからさ。しかも、あの斎藤さんと」
「そんなに意外か?」
「かなりな」
その意外さというのが、相手が斎藤だからか、単に俺が彼女作れないと思っていたからなのか気になるところだ。
「どうせ」と、春人が続ける。
「お前から告白した訳じゃないんだろ?」
「俺を意気地なしみたいに言うのやめてね」
意気地なしであることは認めるけれども、堂々と言われることは許容できない俺だった。
「じゃあ、三嶋から告白したのか?」
「いや、俺からじゃないけど」
「なんだよ、俺の想像通りじゃねえか。少しは裏切ってくるかと期待したんだけど」
「うるせぇな」
俺だって、好きな子には……ちゃ、ちゃんと……告白……するよ、きっと……。うん、たぶん。
どちらにしろ、お前にあーだこーだ言われる筋合いはない、と春人を睨む。
「まぁ、何にせよ。めでたいじゃんか。にしても、斎藤さんねぇ。物静かに見えるのに、結構攻めるときは攻めるんだなぁ」
晴れ晴れとした表情で、俺の肩をパンパンと叩いてくる春人。
なんだか息子に彼女ができた父親みたいな反応をする春人に、お前は俺のなんなんだと言いたい。
だが、その前に俺にはしないといけないことが残っていた。
張っていた見栄の回収作業という、したくもない後付け説明を。
「と言っても、制限付きの彼氏彼女なんだよ、俺たち」
言われて無反応を返す春人。当然と言えば、当然の反応だわな。
「お付き合い云々ってのは、俺の作った部活での話なんだよ」
「……どういうことだ?」
「俺と斎藤は部活動内でだけ、彼氏彼女でいようってことさ」
「部員にのみ、付き合っている事実を公開するようにしているとか、そういう話ではなく?」
「ではなく」
徐々に友人の表情筋が下がるのが見て取れた。
「……えっと。つまり、お前は部活している間だけ、斎藤さんの彼氏になるってこと?」
「ザッツライト」
「……マジか。なるほどな、そういうことか。悠ちゃんのあの態度はそういう……。状況を把握したわ」
なんか逆に、俺が把握し切れていないやり取りが、ちらりと聞こえた気がするんだが。
『はるか』ちゃんが何だって?
「にしても、随分と拗らせた関係だな、お前ら」
「言うな、それを。俺も戸惑っている部分が多少なりともあるんだから」
「まぁ、俺から言えることは一つしかないからな」
「なんだよ」
飲み終えた缶をテーブルに置き、左腕でグッと俺の肩を引き寄せると。
お気楽そうに笑いながら春人が言った。
「頑張れ」
少しは建設的な何かを言ってくれるかと期待した俺が、馬鹿だった。
「他人事のように言いやがって」
「他人事だからな」
「それが友人の言うことかよ」
「それしか友人から言えることはないだろ」
はぁぁ……、と今更ながらの溜息を吐いた俺は、缶を捨てるべく、自販機の横に常設されているごみ箱まで歩く——
——と、俺たちが腰かけていた椅子からは、位置的に直視することができない入り口のガラス戸の向こう側に、こちらに気付いて笑いかけている『はるか』ちゃんの姿があった。
「おはよう。みっくんも飲み物を買いに?」
「あ、あぁ、まぁね」
偶然を装っているだけなのか、本当に偶然なのかイマイチ掴めないが。教室の話はともかく、この場で春人と話していた内容が、盗聴されていても問題なかったかを瞬時に脳内で振り返る。
うん、大丈夫そうだな。斎藤と俺の関係を『はるか』ちゃんはもう既に知っているし、特に聞かれたくない話は今この場でしてはいないはずだ。
ここで俺がにべもなく振舞う方が逆に怪しまれるだろうと思い、とりあえず春人の名前を出してみる。
「春人とね、雑談がてら」
「春人君もいるの?」
そう言って、ひょこっと扉から顔を出し食堂棟の中を確認する彼女を視認したのか、春人がブッと飲み物を吹き出しそうになっているのが見えた。何焦ってんだよ、あいつは……いや、焦るよな、やっぱり。
中に入るやいなや自販機へと向かう彼女に、本当にただ飲み物を買いに来ただけなのだろうと、少しホッとしてしまう自分がいた。
が、束の間。
「二人で何の話してたの?」
俺が落ち着くのを見計らったかのようなタイミングで聞いてくる彼女に、俺まで吹き出しそうになった。俺の場合、液体じゃなくて気体だけど。え?きたないって?それはすまん。
「え、あ、えっ……と、何を話してたっけ?」
フリーズしつつある俺の脳機能が正常に動作してくれず、春人に助けを求めるべく目配せするも。
こっちに振るな、と迷惑そうな目を露わにする友人。
でも、話を振られた以上、何も口にしなければ怪しまれるのは春人も同じな訳で。
結局、渋面を携えながらも、案外と真面目に答えていた。
「今日の河川敷の清掃の話だろ。俺も手伝いに行く羽目になったし」
「へぇ、春人君も今日手伝いに来てくれるんだ?」
「嫌々だけどな」
春人が本気で嫌そうな表情を浮かべる。でも、「手伝ってもいい」と言い出したのは、お前の方からだったと思うんだが?
「良かったじゃん、みっくん。ゲームの話できる相手がいて」
表情を崩さない春人と、より一層険しい顔つきを浮かべる俺に何を思ったのか、『はるか』ちゃんが変なことを言い出した。
きっと、一昨日の春人と盛り上がった話ってのを、再度詮索する気なのだろうが。
そもそものところ。
「だから、一昨日俺たちが話していたのは、ゲームの話じゃないって」
むしろ、春人とのチャリ競争という、ゲームそのもので盛り上がっていたんだよ。
「そっか。でも、今はゲームの話で盛り上がっていたんでしょ?」
「どれだけ、俺たちをゲームに縛りつければ気が済むんだ」
「だって、君たちがゲーム以外に興味を持つとは、到底思えなくて」
それ、この間もやった流れなんですけど。どれだけ俺たちに偏見持ってるんだ、あんたは。
「いや、他にも関心事はあるからね。世間話とかさ」
「世間の何よ」
「そりゃ色々よ」
「そんなの世間話じゃないよ」
「雑多な趣味趣向の話が合わさって、世間はそれを世間話と呼ぶのではなかろうか」
流石に、度し難いゲーヲタ扱いされていることには不満があったのか、隣で俺の意見に賛同する様にうんうんと春人が頷く。
それを見て、「じゃあさ」と彼女が俺たちに提言してきたことは。
「してみてよ、世間話」
それは唐突すぎて、何をすればいいかすらもわからないような、無茶な提案だった。
「今ここでか?」
「今って言っても、もうそろそろホームルーム始まるから……そうだね。放課後の清掃の時とか、どう?」
そう言って、彼女は弄ったらしい笑みを携えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます