第11話

 運命の出会いとは、基本的に喜ばしい意味合いで用いられる。

 だというのに、店で知り合いと偶然出会うというシチュエーションのほぼ大半があまり人と会いたくない気分の時であるのはどうしてだろうか。

 もしかしたら、運命の出会いってものも実は相識と会いたくない気分時に出会うことが多いのだろうか。

 それでも、その運命の赤い糸で結ばれた二人には、そういった気分など気に掛けることでもないとスルー出来てしまうものなのだろうか。

 ならば、今俺が陥っている問題も実はスルーできるものなのではないか。


 では、修羅場を迎えた今の俺の状況を華麗にスルーできる方法があるなら。


 誰か俺にその方法を可及的速やかにお教えください。


   *


「ちょうどよかった」


 連休最終日の午後過ぎの時間帯だ。端無くも、クラスメートに街中で会うことがあるだろうとは、俺だって懸念くらいはしていたさ。

 然れども。

 その相手が咲菜というのは、如何に俺に運がないのかがよくわかる。

 まだ同級生にかち合って、『はるか』ちゃんと付き合っていることを噂される程度ならば、知らぬ存ぜぬで済む話だ。

 が、咲菜に限っては話が違う。

 形式上とは言え。

 俺と咲菜は青春を謳歌するため、付き合っているのだから。


「あの、齋藤。この状況はだな……」


 ダメでもともとと、言い訳をごねる気満々で俺が口を開く。

 だが——


「悠。ちゃんと連れてきてくれたのね」

「当たり前じゃん。そもそも私から提案したんだから」

「……ほえ?」


 ——何事もない様に会話を始める二人。『はるか』ちゃんはおろか斎藤までもが、この状況でさも当然のように振舞っていた。

 どうやら状況が掴めていないのは俺だけらしい……っていや待て。腑に落ちないどころの話じゃないぞ。

 『はるか』ちゃんが眼前でしたり顔を浮かべているが、むしろ、落ち着いた風を装えている俺の心根の深さを褒めてくれてもいいぐらいだ。


「あ、そっか。君は知らなかったもんね。今、『やべ、斎藤と鉢合っちまった』とか思ったでしょ?」


 まさしく『はるか』ちゃんの言う通りではあるのだが、素直に首を縦に振ることはなんだか尺に触る。俺が掌の上で転がされているパターンであることは、明確なのは言わずもがなであった。


「普通はそう考えると思うけど、もしかして、これは……」


 絶対仕組まれていたな、と俺は悟った。

 確かに、斎藤と『はるか』ちゃんの仲ならば有り得ない話ではない。


「なぁ、斎藤」

「何?」

「一つ質問してもいいか?」

「別に構わないけど」


 俺は斎藤に直面するように向き直る。

 俺が戸惑っている理由がわかっていないのか、斎藤は目を見張らせ耳をくいくいと動かしている。

 へぇ、斎藤って耳を動かせるんだな。まるで、小動物が餌を食べる時に見せる索敵行為のようで可愛らしい……じゃないじゃない。それは一旦置いといて。


「斎藤、さっき言ってたよな?『ちょうどよかった』って。それは何がだ?」

「何が、って……。部室の備品を買い出しするのに、一人じゃつまらないでしょ?」

「なぜ斎藤でなく、『はるか』ちゃんが答えるのかな」

「だって、私も一緒に行く予定だったし」

「一緒に?っていうか、予定って何?」

「まぁ、言ってないもんね。仕方ないよね」

「……はぁ?」


 納得されたように言われても、俺には全く伝わらんぞ。


「私が誘ったのよ」

「斎藤が?」


 斎藤は、さも当然のように放言してくる。

 が、すまん。全く話が掴めない。


「斎藤が『はるか』ちゃんを誘って、『はるか』ちゃんが俺を誘ったと?」

「そうだね」

「つまり、俺は『はるか』ちゃんに連行されたというより、斎藤の思惑に乗っけられていたってことか?」


 俺は確認する様に、本人の方を見る。

 普段の斎藤からは、あまりそういった所謂『人遣い』は考えられないんだが。

 それに、もし今日俺と一緒に出掛ける予定があったのなら、一昨日の植物園の時に言ってくるだろうし。


「私は別にあなたを誘う気はなかったのよ。ただ、悠が誘うべきだとか言って——」

「オーケー。理解した」


 俺は斎藤が言い終える前に、口を挟んだ。

 つまり、斎藤は部活関連の買い物に行くというのに、何故か部員の俺ではなく部外者の『はるか』ちゃんと出掛ける予定であったと。しかし、それではつまらないと、『はるか』ちゃんが俺をカレーに入れるチョコレート感覚で誘ったわけか。アレを誘いとは言わないけど。


「俺を強制連行した、本当の理由は?」


 大体察しは付いてはいるものの、確認として『はるか』ちゃんにそう尋ねてみる。


「部活のことでしょ?なら、部員みんなでって思うのは、当たり前じゃない?」

「……やっぱりか」


 斎藤のことだ。ただの友人というだけでは、買い出しに誘ったりはしないだろう。

 要するに、立場的に俺と同じ、あるいはそれ以上に地域調査部との関連が、『はるか』ちゃん側にもあるのだ。訂正、あった訳だ。

 斎藤の方へ向き直ると、彼女は相変わらず話の先が見えていないような視線を、俺と『はるか』ちゃんの間で巡らせている。なんだか見えない視線って意味深だな。殺気かなんかかな。

 まぁ、そもそも俺が『はるか』ちゃんに脅されたシーンを見てもいない訳だし、斎藤が話の進展に見当が付かなくても仕方ないのだろうが。


「ちなみに、役職の配分を聞いてもいいか、斎藤」

「あなたは何もないわよ。私が部長で、悠が副部長」

「まさかの俺より役職が上!?」

 

 俺は役職などない、ただのペーペーらしい。

 部の創設に尽力したというのに、関与しなかった人物の下に就くというのは、流石に不当じゃないだろうか。

 別に役職に興味なんかないけど、なんだか解せない気持ちになる。

 まぁ、それはそれとして。


「とりあえず、ここにこのメンバーが集まったことの理由はわかった。今日は部室の備品でも買い足しに来たってことで、理解していい訳ね」

「そういうこと。私とのデートじゃなくて残念だった?」

「あぁ、全くね」


 『はるか』ちゃんの弄ったらしい問いかけに、敢えてどちらか判別できないように答えておく。

 大して彼女とのデートに固執していた訳でも、楽しんでいた訳でもない俺からすれば、どう答えるかどうかなんてのは些細なことだ。が、彼女の思い通りに話が進むのは、気に食わなかった。

 「それはどっちよ」と腕組みする『はるか』ちゃんを尻目に、斎藤のスマホを覗き込んだ。 

 

「それは今日の買い物リストか?」

「そうよ」

「女子の携帯を勝手に覗き込むとか最低」

「ん?」


 言われて気付いた俺だった。プライバシーの侵害と訴えられても、弁解できない行為をしていたことに。

 すかさず「ごめん」と謝りつつ、自分がどうしてそんな行動を取ってしまったのか、と反省する様に思考を巡らす……までもないな。原因は一つしかないし。

 当の本人が、無防備過ぎるからである。


「咲菜も咲菜で、そう簡単に他人ひとにスマホを見せないの」

 

 「ふんっ」と、『はるか』ちゃんがもぎ取るように、斎藤のスマホに手を掛ける。も、彼女の予想以上に斎藤の握力が強かったのか、取り合うような形になっている。いや、取り合うというより、少し嫌そうな顔をしている斎藤から、『はるか』ちゃんが一方的に奪おうとしている構図だな。

 そこに、特売日のスーパーで、おばちゃん達がラストになった安売り卵パックを取り合っているときのような、見苦しさはなかった。むしろ、親から口移しで渡された餌を取り合う雛鳥たちのような、可愛さがあった。

 そういや、『はるか』ちゃんって女子にしては、そこそこ力強かったよな。その『はるか』ちゃんがもぎ取ろうとしても取れないってことは、斎藤はさらに……。


「自分の力こぶなんて握って、君は何を想像しているの?」

「え?あぁ、えぇっと、筋トレしないと……かな?」

「へぇ、そう。私達って腕力ないから、同じ部員の男子が力持ちだと頼りになるなぁ。ねぇ、咲菜?」

「……?まぁ、そうね」


 おい、斎藤を味方に付けようとするな。そして、斎藤はよくわからないまま乗っかるな。

 

「そんなことよりさ、部室の備品の買い物のことだよ。俺、未だに何を買うかわかってないんだけど」


 すると、俺をじっと見つめる二つの瞳が。

 『はるか』ちゃんから発せられる抗議の視線は、まるで「そんなことって、スマホを覗いていた君が言うの?」とでも言いたげだった。


「(『はるか』ちゃんが物申したところで、結局斎藤が気にしないことには根本的に問題は解決しないんだけどな)」

 

 確認する様に、真横にいる本人をチラリと横見する。


「どうしたの?見ないの?」

「あ、いや何でもないよ。ちゃんと見るから大丈夫」


 見ると言いつつ、視線を『はるか』ちゃんへ送る。


「(ほらな、斎藤は気にしてないだろ?)」


 と、少し勝ち誇った気分の俺が考えていることを察したらしく、


「だからって君がドヤ顔するところじゃないから」


 独り言のように、『はるか』ちゃんがそう呟いていた。

 それを聞いて、一人悦に入るような表情を浮かべる俺。うん、少しダサいね。

 俺は逆に少し落ち込みそうになった気持ちをグッと堪えて、すぐ隣にいる斎藤に目を向けることで誤魔化す。

 さて、斎藤はといえば……あ、そうそう。何か見ないのかって、言われてたんだよな。

 斎藤が見せようとしているのは……今日の買い物リストか。なぁんだ、それならさっき見たって……。


「……え?」

「あ、見づらかった?そしたら、ちょっとこれ持ってて」


 スマホを見られることに気にしないどころか、斎藤は自身のスマホを俺に預けて後ろ髪をポニーテールに結い始める――


 ――って、ちょっと待て。いや、ホント待て。本当にちょっと待ってくれ!


 こんな近くで紙を結おうとするな!

 首筋が眼下にある中で、女子の素肌を見せられる男の立場になって考えてくれよ。そんなことをされて、俺のフェティシズムが黙っててくれるか怪しいから!『みせられて』の意味が変わってくるから!

 しかし、固まりまくる俺のことなんざ気に留めることなく、斎藤は髪をポニテへ結びなおす。

 すると。

 髪で隠されていた首筋の色白肌が露わになり、日光を受けたことすらないようなすべすべとした地肌が、黒髪とのギャップも相まってこれでもかと強調される。彼女のスマホのことなど頭だけでなく手からも抜けて落ちてしまいそうになった。


「あの、その、斎藤。こういう何気ない仕草ってのは少し……さ。ね?」

「ん?」

「……………………」


 「何でもないよ」とだけ残して、俺は斎藤から離れた。

 そして、


「ごめん、『はるか』ちゃん。俺が間違ってた」

「でしょ?」


 そう言って、買い出しの詳細を『はるか』ちゃんから聞き出すのだった。




     *ちょいストーリー*


 買い物の最中にて。


「斎藤、いつ『はるか』ちゃんを部に誘ったんだ?」

「部を作る話はあなたよりも前に、悠に相談していたわよ」

「マジか」

「でも、あなたに手続きしてもらっている間、私は部員募集していたんだけれど、その時誰も集まらないならって入ってくれたの」

「……マジ……か」


 きっと斎藤はきちんと既定の人数を集め、校則に則った上で部を設立しようとしていたのだろう。

 最低でも五人以上の部員と顧問を確保しなければ、部として認めてもらえない。

 だからこそ、部員集めを始めようとしたが、俺があっさりと作ってしまったがために、彼女は仕事をしていない風に見えてしまった。

 それで俺は、斎藤のことを『気を遣えない』なんて思って……。


「ごめん、斎藤。俺が悪かったから、許してくれ……」

「何の話よ……?」


 頭を下げるだけで、何も言えない俺だった。

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