第1章 過去のしこりは勘違いに起因する
第6話
『部活限定とはいえ彼氏になったんだ。斎藤が俺を楽しませてくれるなら、俺が斎藤を楽しませないとな。そうやってさ、一緒に考えて意見しながら楽しみ合って、青春しよう』
昨日の斎藤とのデートで、俺が言ったセリフだった。昨日の俺は何を気に入ったのか、デカデカと日記にも記されていた。
そのカッコつけた、痛すぎて叫び出したくなるようなセリフに、俺は現在自室のベッドで悶え苦しんでいた。
先程付けていた日記を破りたくなる衝動を何とか抑えるのが精一杯で、沸々と込み上げてくる後悔の念を抑えこむことはできなかった。
「俺はどうしてあんな恥ずかしい言葉を……!あぁ、死にたい!マジで朽ち果てろ、昨日の俺!!」
そんなこんなで、昨日は大して気にしていなかったことも、日を跨いで冷静になってから思い返すとこんなにも後悔するのだと、覆水盆に返らずの諺を作った人の偉大さを噛みしめること数時間。
遂には、悟ったような表情をして、「ハハハハハ」とホラーゲームに出てくる西洋人形のような笑い声を上げていた。
「あぁ、もう!気にしても仕方ないだろ!」
自分に言い聞かせるその言葉が、どうも心に響かなかった。
「今後、俺は斎藤とどうしていけばいいんだろうか」
結局のところ、一番の問題はそこなのだ。
今後の活動方針も、斎藤が掲げている『青春やりたいことリスト』に、当面は従えばいいだろう。が、俺自身としても、彼女のために行動を起こしたい気がないではない。
というよりも、むしろ、そのために斎藤の考えに乗ったのだから。
「斎藤のことを楽しませてやる的なこと、言っちゃったしな……」
そうベッドの上でゴロゴロしながら、思考とも悶えとも呼べぬ悩みに俺が苦しんでいるも、全然集中できずに時間だけが経過していた。
「……というか、外がうるさい!」
新たにマンションが建てられたからか、車や人の声に由来する騒音が辺りに響き、建物自体も然程高さはないくせに、威張っているように横幅が広くてうざったく感じる。
「(あぁ、もう集中できる方法を俺に誰か教えてくれよ……)」
と、突如として家のベルが自室に鳴り響いた。
「休日のこの時間に一体誰だよ」と文句を言いつつも、現在自宅警備の任に就いているのは俺だけ。つまり、俺が出るしかない。
「新聞の勧誘とかなら帰ってもらおう」
溜息混じりにそう呟いて、「はい、どちら様ですか」と玄関の戸を開ける。
様子見も兼ねたゆっくりした開扉。
そうして俺の
「どうも。今お邪魔しても大丈夫かな?」
あろうことか、玄関先に佇む幼馴染の姿であった。
*
客観的に意見をまとめるとき、多角的な見方を実行することが有効的な手段だと俺は思う。
今回の女子高生訪問の件に関して、それを当てはめてみよう。
女子高生が休日の夕方に、それもプリントを渡すとかそういう事務的な目的を一切孕まずに、大して接してもいない同級の男子の家に一人で現れる。
そんな奇異な現象に立ち会った男子高生、つまり俺はどうすればよいのでしょうか?
はい、どうぞ。参考意見程度で良いですので、客観的理論を提言ください。
無いようですので、俺の考えを披露させていただきますと、まずは訪問理由を尋ねるべきじゃないでしょうかね。
では、早速。
「あの……、『はるか』ちゃん?どうしてここに来たの?」
「ちょっと聞きたいことがあってさ」
彼女は少し目を逸らし、触手ヘアーの毛先を右手の人差し指でくるくると弄る。
その姿に俺は少しドキッとし、脊髄反射で顔を逸らす。
まさか、あの時の俺を責めに——
「最近、咲菜と一緒にいるよね?」
――来た訳ではなさそうだった。
……って待て。今、俺のよく知る人物の名が挙がったような気がしたんだが。
「……何だって?」
俺はゴホンっと咳払い一つ挟んでから、そう尋ねた。
「咲菜よ。斎藤咲菜。最近、一緒にいるの見かけるから」
なんとも予想外なワードが飛び出した。
斎藤絡みとは、えらく俺が触れたくない部分を選択したものだ。
「いるけど、何かあったの?腹いせとかなら、やめてね」
皮肉を含めたつもりでそう返すと、可愛らしく口に手を当てて微笑を浮かべ、「そんなことしないって」と投げたボールが返ってくる。
流石、クラス内男子の中で話題になるだけあるな。友人によれば、一年生の頃からもう既に有名だったらしいけれども、彼女と小学生の頃に一悶着あった俺は、彼女のことを避けていたから知らなかった。
斎藤を『純粋無垢な感じの可愛らしさ』と評するならば、『はるか』ちゃんの方は『人を喜ばすための狙いすました可愛らしさ』と言ったところか。
「なんか変なこと考えてない?」
「いいや、全然」
俺の思考が見抜かれていたようだ。流石、幼馴染。侮るなかれ。
「嘘付くの下手すぎだって。そうやって正直に話せない時に目を逸らす癖は、昔から変わらないよね」
「そ、そんなことはないんじゃないかな?」
表情というより、態度に出ていた訳ですか。
「なんで自分のことなのに、疑問形なの」
「誰しも、自分のことが一番わからないものだって言うでしょ?そういうことだよ」
開き直ったように腕組みしながらそう言うと、彼女は威張ることでもないと言いたげに「ふふっ」と笑う。
「まぁ、安心しなよ。君にそんな癖はないから」
「……そう。『昔から変わらない』なんて言うから、少しビックリしたよ」
「なに?私があなたのことを気に掛けていたと思って、嬉しく舞い上がったの?」
「そういうことじゃねぇよ」
「じゃねぇ?」
突っ込み感覚でポロっと出た言葉を無しにするように、俺は慌てて舌を回す。
「あ……っと、舞い上がったとかそういうことじゃないよってことさ」
誤魔化すような俺の言葉に、「ふーん」と意味ありげに口角を上げる『はるか』ちゃん。
面倒な展開になりそうだと予期した俺は、話題を逸らそうと思考を巡らした。
そういや、今日来た理由はそもそも、俺に関することではなかったよな。
「……で、『はるか』ちゃんは斎藤とのことを聞きに来たんだっけ?」
「咲菜と最近、仲が良いよね?少し疑問に思ってさ。詳しく聞いてもいいかな?」
「わざわざ挨拶するために来た訳じゃないんでしょ?君がなんの収穫も得ずに自ら帰るとは思ってないよ」
聞いて、彼女は「話が早いね」と納得の笑み。裏を一切読ませない彼女の笑みに、俺は脳内警報が鳴り響くのを感じた。
「なんか、その笑顔は怖いな……」
「女子の笑った顔を怖いなんて言うとは。逆に、怖いもの知らずだと思うけど」
「あっ、いやその……」
胸中をポロっと漏らしてしまったものの、弁解の言葉が瞬時に見つからず。
数秒の間を要して、俺が取った対応は。
「コホンっ」
「咳払いとは、斬新な弁明方法だね」
とりあえず、『誤魔化した風を装う』というものだったのだが。かなり無理があったな、うん。……………。
「(あの……、本当に帰ってくれないかな。俺の心のキャパシティ的に、これ以上話し続けるのは結構キツイぞ)」
実際、話す機会を設けなければ、過去の掘り返しはしなくていい。彼女が帰宅してくれるだけで、俺は平穏無事でいられる。
確かに、俺は『はるか』ちゃんに対して、責任を感じている癖に行動を起こせていないのだから、今回の彼女の訪問はまたとないチャンスなのかもしれない。
昨日の斎藤との一件で、覚悟だって決めた。
けれども、だ。今日すぐにというのは、先程の誤魔化し以上に無理がある。
それに、彼女はあらゆる意味で目立つのだ。それは俺に弊害をもたらす。
そして更に、彼女が斎藤との何を聞きたがっているのかは、大体察している。
よって。
平和主義の俺は、結局。ローリスクローリターンよりも更に安全な策、ノーリスクノーリターンを所望した。
「じゃあ、自分から帰る気はないみたいですので、家主に代わり私が申告させていただきましょう。この家には現在、人を持て成すだけの余裕がありませんので、どうぞご帰宅ください」
俺はそう言って、まだ玄関の内側に彼女が入ってきていないことをいいことに、扉を閉めようとする。
その行動に、彼女は「話が早いどころじゃなかった」と待ったをかけると、俺が閉めようとしているベクトルとは逆方向に力を入れて、ドアに手を掛けた。
突如、俺と彼女とで、玄関ドアを介しての開閉バトルが始まった。
彼女に怪我をされても困るので、少しは手を抜いていたものの、それを考慮しても案外腕力があるようだった。
これは単に俺の力が足りていないだけなのか……そんなことは、ないだろう。
たぶん。
「さっきは、話を聞いてくれそうな雰囲気だったのに……!」
「いや、自分から帰る気はないのかなっていう確認だよ!なら、力づくででも帰ってもらおうかとね!」
二人して腕にだけでなく、言葉にも力が入る。
というか、わざわざ足を運んできた彼女には悪いが、こんな唐突な訪問では、クラスメイトを家に上げるなんて、そもそもとしてできる訳がない。
「こんな不毛なことに時間を割いてていいのかな。モテ女子さん?」
「いえいえ、たまにはこういう遊びも良いものですよ。モテ男子さん?」
「俺がモテ男子だったら、あなたは超絶美少女アイドルですかね?」
「お褒めに預かり光栄ですよ。でも、そのアイドルを差し置いて、同級の女子とデートに行く人に言われても、説得力がないかなぁ」
やはり、そのことだったか。
どうせ『最近』とか言っておきながら、本題は昨日のデートのことを聞き出す算段だったのだろう。
斎藤と『はるか』ちゃんは、普段から話しているのをよく見かける。
つまり、二人は仲が良い。その仲のいい友人が、米粒ほども縁のなさそうな男とデートしていたとあっては、気になって仕方がなかったのだろう。
けれど、俺の身にもなってくれ。俺は『はるか』ちゃんが苦手な上、彼女は何かと学校で目立つ存在なのだ。そんな彼女が日曜の昼間から押しかけてきている状況を、同校生徒達が見たら……俺は終わる。色々と終わる。
すると、彼女は俺の心の内を測っていたのか、期は満たしたとでも言いたげにニヤッとして、唐突にドアから手を離す。
俺の力と拮抗する反作用が取り除かれた結果、先程の開閉戦における俺の勝利には、尾てい骨の強打という激痛が伴うことになった。
俺はドアを開けて、文句を言おうと外に出る。
彼女がすぐ近くにいると思っていた俺は、ぶつけないよう慎重に開き扉を押し開けた。
が、見ると、そこに『はるか』ちゃんはいなかった。彼女の姿は視界には写るが、それは玄関先ではなく歩道上。名残惜しそうにこちらを見つめて、バイバイと手を振っている。
「(……お?帰るのか?)」
急な態度の変遷に、俺は何か裏があるのではと疑うも、帰るなら別に気にする必要性はないと結論付ける。
故に、俺は。
「気を付けて帰りなね」
それだけ言って、家内に戻った。
――いや、戻ろうとした。
この言葉を聞くまでは。
「咲菜の過去を知りたくないのかな……」
彼女は帰る振りをしながらも、あくまで独り言のように、こちらにエサをぶら下げてきたのだった。
*
作者より。
悠ちゃん=『はるか』ちゃんです。
わかりづらいかもと思いまして、追記しておきました。
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