ラブコメは青春な訳がない

吉城ムラ

プロローグ

 船森ふなもり高校。

 『地域貢献』をスローガンに掲げるこの高校だが、大都市に立地する訳でもなく、かといって高校生が楽しむにあたって不便があるような場所でもない、至って普通の土地にある普通の学校だ。

 現在、その高校の二年二組に俺は在籍している。

 部活もせず、特に遣り甲斐を見つけてもいない俺にとって、最もかけ離れたもの。

 それが『青春』だった。


「(いやぁ、本当に去年の俺は『青春』を舐めていたね)」


 取り分けて運動的センスがある訳でも、ルックスや文才に長けている訳でもない一介の高校生が、漫画的ラノベ的アニメ的な青春を楽しむ方法はただ一つしかなかった。


 そう。ラブコメである。

 

 言っておくが、俺がモテたことは一度としてない。だって、大してイケメンでもないし。いや、自分のルックスを卑下している訳じゃないけど。

 しかし、俺にだって自負していることもあったのだ。そして、それは『ラブコメ』において、かなりの強みになることを理解していた。

 

「(俺は心情把握に優れている)」


 誰かに言われたことがあるとかそういう訳ではないが、自分で勝手にそう思い込んでいる。

 というか、そもそも友達が多くないから、俺の美徳を認められることなんて一度もないんだけどさ。……………。

 話を元に戻そうか。一年生の頃はラブコメしたいと考えていたところまでは話したかな。

 クドクドと、一年時の俺の自負話なんてする気はないんだけどさ。

 要するに、俺はラブコメを謳歌するなんて楽勝だと考えていた訳。ハハハ、友人すら大していないのに笑えてくる話だよ、まったく。

 実際。


 ――船森高校に入学して一か月目――

 何も起こらなかった。ちょっとした再会はあったけれど。

「(ま、まぁ……こ、こんなこともあるだろう。まだまだイベントはある……)」


 ――夏休み――

 当然、何も起こらなかった。高校で新しい友達すらできなかった。

「(ま、まだ一年生だからかな……)」


 ――体育祭――

 俺のクラスは運動神経の優れた生徒が多かったのか、一年生ながらに優勝してしまった。

「(くそ……、クラスメイトのレベルが高すぎると、俺が目立てないじゃないか。補欠だから、目立てる要素すらないことは伏せておくとして)」


 ――文化祭――

 店は客が来ないと暇になることを、俺はその時知ることができた。

「(俺のクラスの連中は、とりあえず店を構えて、食い物を売ればいいとでも思っているのだろうか。おかげで、繁盛という言葉が一切見当たらなかった。誰一人として、予算や運営の話とかしないから、そこら辺の事務手続きのお鉢が俺に回ってきたし……。奴ら、脳筋過ぎやしないか?)」


 ――クリスマス――

 一人でライトアップを見るのも楽しいよな。まぁ、俺は写真展で見たんだけどね。写真が好きだからだよ?カップルどもの幸せそうな姿を見たくないからとか、そんな情けない理由じゃないからね?

 いやぁ、それにしても、クリスマスの雰囲気ってなんだかワクワクしてくるよなぁ。親世代の洋画を、ピザの出前でも取って見返したくなる。もちろん、自宅に一人で、だけれども。


 ――正月――

 新年、明けましておめでとうございます。……………。

 ……もういいだろ……。


 ――バレンタイン――

 もういいじゃないか。やめろ。思い出させないでくれ!


 ――そして、年度が変わり二年生になって……。


 ……何も起こりませんでした。はぁぁ……。

 もう期待するのは止めるよ。自負なんてしているから、友達ができないんだよ。

 誰だよ、ラブコメなら楽勝とか言い出したの。無理じゃん。降って湧くようなものじゃないじゃん。


 そうして、また二年に上がってからも、一か月間何も起こらず。


 いや、少し騒がれていたことはあったな。 といっても、俺に関係がある訳ではないけれど。

 同じ二年二組に、ポニテの似合う可愛い女子がいるんだけれども、クラス内男子の中で彼女の人気っぷりが凄すぎて、少し男子同士の結束力が高まったんだよ。

 最初の頃は、どうやって話しかけるかとか誰から話しかけるかとか、そんなどうでもいい話で男子どもは盛り上がっていた。

 当然、俺は盛り下がっていた。理由は単純で。

 昔からその子とは知り合いだったんだけれども、その子とはあまりいい想い出がないのだ。

 嫌いとかではないし、むしろルックス自体はかなりいいとは思うけど。それでも、お近づきにはなりたくなかったし、気があるなんて思われることが俺は嫌だった。


 なに?その子の名前はって?

 悠ちゃんって言うんだ。読み方は『ゆう』じゃないよ。『はるか』だよ。

 すごく可愛いけど、接点のない男子は大体その読み方から話しかけるんだ。テンプレはこう。


 「ねぇ、『ユウちゃん』って言うの?」

 「ううん、違うよ。よく間違われるんだけどね。これで『はるか』って読むの」

 「あっ、そうなんだ。へぇ、なかなかいい名前だね。あっ、俺は一宮尊人って言うんだ。よろしくね」

 「こちらこそ、よろしくね」

 「ところで『ユウちゃん』は、結構バラエティ見たりする?」

 「だから、『はるか』だって(笑)。バラエティは時々かな。どうして?」

 「いやさ。その鞄ってあのバラエティ番組で取り上げられてたやつじゃん?」


 これは友人から聞いた話だが、「あっ、そうなんだ」の時に、きちんと驚いたていでやるのがポイントらしい。

 『いや何のポイントになるんだよ!』ってツッコミつつ、案外手段としては悪くないのかななんて調べてみたりもした。三つ上の姉曰く、「普通に引く」そうだが。

 ちなみに、高校二年になってからは、このテンプレが使われているのを見る機会がグンと減った。

 これまた友人の話だが、何度も同じ手で男子がアプローチを掛けるもんだから、彼女の方が流すようになったとのこと。まぁ、そうだろうな。

 

 そもそも、男子は彼女の名前の読み方がわからない訳じゃない。

 ただ、いきなり名前で話し掛けるのも気が引けるから、『それならいっそ名前の話題から入ったらいいんじゃね?』みたいなことを誰かが言い出して、みんなそれを実践した。

 結果、彼女と親しい仲となれたのは、そんな使い尽くされた手ではなく世間話から会話の導入に入った、『はるか』ちゃんの近くの席に座る女子だったが。


 その女子の名前は、斎藤咲菜。サラサラの黒髪ロングとスレンダーなスタイルの持ち主。

 時々視線が対面通行することがあって、クラスで目立つことはないけれども、可愛らしい顔立ちをしていると素直に思った。

 俺が『はるか』ちゃんを避けようとして、決まって目を向けるのが彼女だった。

 クラス替えが決まって以来、俺が斎藤咲菜へ訴える内容もない視線を送ることが、毎朝のルーチンになる程に。

 それが、執着しているような気持ちの悪い行為だというのは、理解していた。

 ただ、自分は『はるか』ちゃんに興味がないと示したかっただけだった。

 俺からの視線に彼女も気付いているようで、目が合ってしまう時もまた度々あった。彼女がそれを気にしている様子はなかったけれども。

 きっと、『目が合った』という、たったそれだけの理由なのだろう。

 その時の俺は気にしていなかったが。



「私の青春を手伝って欲しい」



 そんな激白を、斎藤咲菜さいとうさなから聞かされたのは。

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