113.

 ――中央政府はその日、喧騒に包まれていた。


「装置は間違いなく作動するんだろうな!」

「当たり前です。モルゲン殿自ら確認をしております!」

「地上にガイラス様が……」

「体のいい追放――」

「おい、よせ。できることだけやるんだ」


 通達のあったガイラルや一部の人間が地上へ送られる日だった。研究員、職員、冒険者などがその結果を見ようと集まっていた。


「……」

「ガイラル……」

「すまない、クレーチェ。必ず迎えに来る」

「うん……」


 そんな中、ガイラルとクレーチェも最後の挨拶をしていた。

 一緒に地上へ行くという願いを申請したが、許可されなかったためだ。間違いなくツェザールの息がかかっていると二人は思ったが、装置を使えない以上できることはないと受け入れた形だ。


「兄さんも協力してくれればいいのに……! あー、ムカつくわ!」

「仕方ない。肉親をわざわざ危険なところへ送ることはしないよモルゲンは」

「でも……」


 それでも納得のいかないクレーチェが口を尖らせる。そんな彼女を困った顔で微笑みながら頭に手を乗せて話を続ける。


「……ツェザールには十分気を付けてくれ。僕が居なくなった後、どういう手段を使うか分からない」

「うん。兄さんも彼には嫌悪しているから近づけさせないと思う。お仕事の時くらいかしら」


 必ず行動を起こす。

 ミエリーナを傷つけてまでやったあの男ならとクレーチェは眉間に皺をよせていた。そこへ長身の男が近づいてきた。


「ガイラル」

「ブロウエルさん、準備はもう?」

「ああ。全部積み終えた」

「こんにちは」

「こんにちはクレーチェさん」

「……すみません、こんなことに巻き込んで」

「なに、俺みたいな人間の使い道など他にない。この天上世界とやらには楽しめるものもないからな」


 そう言って笑いもせずブロウエルは周囲に視線を合わせて口を開く。ガイラルは肩を竦めながら彼に言う。


「でも、ブロウエルさんの強さは他に類を見ません。ついてきてくれること、感謝します」

「下では魔獣を狩って生計を立てていたからな。こっちで訓練指導など性に合わん。それにツェザールとやらも気に食わん」

「まあ、そうですよね」


 クレーチェもくっくと笑い、仏頂面をしたブロウエルは口をへの字にしてため息を吐いていた。


「もうすぐ出立する。俺は先に装置に入っているから、また下でな」

「ああ」

「無愛想だけどいい人よねブロウエルさん」

「うん。ミエリーナと一緒に僕を鍛えてくれた人だし、心強いよ」

「ガイラル様、そろそろ――」

「……わかった。元気でねクレーチェ」

「うん! 私も寝るときはコールドスリープで寝るから歳を取らないと思うわ! それに――」

「なんだい?」

「……ううん、なんでもない! 気を付けてね」


 再会がいつになるかわからない。もしかしたら二度と会えないかもしれない。

 それでも二人はしんみりとせずに、努めて明るく別れを告げる――


◆ ◇ ◆


「よう、親友」

「……ガイラルか。準備は?」


 荷物は別のボックスに入れているため、身一つでここまでやってきたガイラル。彼がモルゲンに声をかけると、なんの感情もないと言った顔で淡々と言う。


「万端さ。よろしく頼むよ」

「クレーチェは?」


 その言葉にガイラルが背後を親指で指すと、そうかとだけ口を開く。そのままお互い無言のまま、モルゲンはコールドスリープの装置を準備する。

 しばらくそのままだったが、やがてモルゲンが作業をしながらガイラルへ言う。


「……クレーチェは泣いていたかい?」

「いや、お互い笑顔で別れたよ。まだ終わっちゃいない。また会えるかもしれないし」

「それがクレーチェを縛ることになってもか?」


 手を止めたモルゲンがそう告げると、ガイラルは少しだけ間を置いてから彼へ告げる。


「……僕は正直どうなるかわからない。もし、彼女が別に好きな人ができたならそれは尊重したい」

「どうして――」

「ん?」

「そこまでしてクレーチェに拘る。君なら他にも女は掴まえられるはずだ。別に妹じゃなくていいだろう?」

「その言葉はそっくりモルゲンに返すよ」

「……」


 ツェザールに捨てられた彼女でなくてもいいはずだとガイラルは微笑みながら語る。


「研究成果と違い決まった形はない、と、僕は思っているよ。人を愛することに正解はないさ」

「ふん、昔からそういうところがムカつく奴だ」

「ふふ、親友だろ?」

「……よし、これでいい。入ってくれ」

「ありがとう。君ともこれで最後になるかな」

「そうだとありがたいな。いい加減、お前とツェザールとは腐れ縁すぎだ。……こいつは向こうに着いてから――」


 モルゲンがそう言い放ち、ガイラルは苦笑する。いつも通り、これでいいのだと。

 気に入らないと言いつつ、事細かに説明をしてくる親友に感謝をしながらガイラルはゆっくりと眠りについた――



◆ ◇ ◆



 ――そのころ


「……そろそろガイラルさんは地上へ……クレーチェは残る……こんなことって……」

「だぁ」

「あの人のこと、恨んでいないと言えば噓になるけどあなたを授けてくれたことは良かったのかもね。モルゲンの子も――」


 ――ミエリーナはガイラルを見送るため転送現場にカイルを連れて来ていた。モルゲンと一緒だったが、現場の作業をするため彼は今、離れている。

 ガイラル達はどこだろうとミエリーナが通路を歩いていると、そこへ数人の男が前から歩いてきた。


「……」


 強面な男だが冒険者を鍛えられるほどの強さを持つミエリーナは特に臆することなく端に寄って通路を開けた。

 

 そして完全にすれ違った瞬間、ミエリーナは背後から重い一撃を頭に受けた。


「う……!? な、なに!?」

「……確保した行くぞ」

「な……!? カイルをどうする気!? う……」

「動くなよ? こいつが死ぬぞ」

「ほぎゃぁぁぁぁ!!」

「カイル! そ、その子に手出しをしないで!」

「……行くぞ」


 男達は動けないミエリーナをその場に置いて立ち去っていく。カイルの首にナイフを当てたまま。


「ど、どうすれば……モルゲン……どこにいるの……!」

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