FILE.3 ヒロガルセンカ

43. 



 <ゲラート帝国 謁見の間>


 「皇帝陛下、島へ自ら出向くなど無茶が過ぎますぞ」

 「はっはっは、まあそう言うなブロウエル。私とて執務室とここの往復では体がなまって仕方がない。たまには私と模擬戦でもせんか?」

 「ご冗談を。私ごときでは歯が立たないことは承知でしょうに」

 「まあ、体を動かすだけでもいいものだぞ?」

 「考えておきましょう。それで?」


 軽く冗談を交えた挨拶をしながら、ブロウエルは本題に入ってくれと切り出す。皇帝……ガイラルは肘をつき、拳を頬に当ててから口を開いた。


 「……あの島は実験場にされたとみて間違いない」

 「実験……? 『奴ら』ですか」

 「恐らくは。もう少し後だと思ったが、グリーンペパー領の『遺跡』から向こう、不穏な空気が漂っている。私が統一国家を作るまでは待ってくれんらしい」


 ガイラルが手をひらひらさせながら笑うと、ブロウエルは微動だにせず答える。


 「……感づかれましたかな?」

 「いや、それは無いだろう。5年前に図らずもカイルが全員始末してくれたおかげで私の周りはクリーンだ。まだ誤魔化せるよ」

 「だと良いのですが。では、次の目標は?」

 「それなんだが――」


 ガイラルが身を乗り出してブロウエルに話そうとしたところで、謁見の間の扉が叩かれ、渋い顔をしながら入れと指示する。


 「お話し中申し訳ありません! ブロウエル大佐に火急のご報告がありまして参上致しました!」

 「申してみよ」


 身に着けているジャケットから諜報部だったなと思いながらガイラルは報告を待つ。そして次に放たれた言葉は、冷静なブロウエルも動揺するものだった。


 「はっ! 小競り合いが続いていた、シュトレーン国との国境付近ですが、防衛に当たっていた部隊からの連絡が途絶えました。恐らく全滅したのではないかと推測されます」

 「なに……?」

 「あそこは本当に小競り合いが続いてだけのはずだ。それでも大尉クラスの人間は当てているのだ、そう簡単に全滅するとは思えん。魔通信機の故障ではないのか?」

 「それが……」


 報告に来た第一大隊、ブロウエルの管轄する部隊の少佐であるモーンドが口ごもりながらぽつりと呟く。


 「通信は……生きていたんです。最後に聞こえた言葉は『こいつら、なんで死なないんだ』、と」

 

 ガイラルは目を細めてブロウエルに言う。


 「ブロウエル大佐、すぐに状況を全部隊へ。前線が崩壊したなら、あの愚かな王のことだ、攻めてくるぞ。その前に守りを固めよ」

 「ハッ!」


 バタバタと出ていくふたりを見送りながら、玉座から降りて自室へと向かうガイラル。


 「……帝国に牙を剥く、ということは奴らではないのか? 感づかれた? ……いや、それならもっと効率的な方法を使うだろう……。狙いはなんだ……?」



 ◆ ◇ ◆


 

 ――フィリュード島での戦いが終わり、すでに二週間。カイルは家でのんびり過ごしていた。

 フルーレと島の原因となる村を発見し、村長を倒したことにより休暇が与えられ、さらにイリスと過ごすという理由から有給まで追加したからだ。その休暇もそろそろ終わりを告げようとしている。


 「あとはこのプロペラをつけて――」

 『お父さんは模型ばっかり作っていて面白くありませんね、シュー』

 「うぉん」

 「も、もうちょっと待ってろって……くそ、パーツが小さい……」


 木のパーツでできた自動車の模型をピンセットを使い組み立てているカイル。昼食を食べにゼルトナの食堂へ行った帰り、イリスが雑貨屋で興味があると見つけたものを購入し、イリスではなくカイルがはまって組み立てていたのだ。


 「よ、よし、バックミラーをつけて――」

 

 ゴンゴン!


 「入るぞカイル!」

 「うわあああ!? ……あ! パーツ! バックミラーは!?」

 「? どうした? 休みはどうだ、満喫してるか?」


 入ってきたのはエリザだった。エリザも休暇のようで、なにやら紙袋を手に持ち、それをテーブルに置く。カイルは必死に床に落ちたであろうパーツを探すが、テーブルに頭をぶつけたところで諦めた。


 「……たった今最悪になったよ。お、私服ってことは休みか、珍しいな」

 「あの島でのことがあったからな。父上が計らってくれたんだ」

 「ああ、どおりでドグルが酒を持ってきたり、オートスが晩御飯のお裾分けだったりしたわけだ」

 『ダムネお兄さんが持ってきた焼き鳥は美味しかったです』

 

 エリザの紙袋に興味を示し、イリスがシュナイダーを抱っこしてリビングへとやってくる。気づいたエリザがイリスの頭を撫でながら微笑む。


 「イリスが好きそうなものを買ってきた。夕飯には早いけど、おやつとして一つくらいならいいだろう」


 そう言って紙袋からハンバーガーを取り出すと、イリスの目が輝き、シュナイダーの尻尾が大きく振られる。カイルは中に入っていたオレンジジュースを取り出して口をつけ、エリザに話かけた。


 「……噛まれた人たちの様子は?」

 「意識はあるが熱が下がらないらしい。倦怠感が酷いらしく、復帰には時間を要するだろうとカーミルが言っていた」

 「そうか……死ぬようなものじゃなければいいが」


 と、カイルが言い、エリザが頷く。しかしカイルは別のことを考えていた。


 「(村長を倒した時点で全て消えるはずだったようだけど、村人に噛まれた人は依然回復をしない。嫌な予感がするが……)」

 「どうしたカイル? 考え事か?」

 「ん。まあそんなところだ。俺も一つ……」

 『?』


 カイルがハンバーガーに手を伸ばすが、すでに一つも残っておらず、イリスが無表情でもぐもぐと口を動かしてた。


 「……ま、いいか」

 『半分……』


 まずいと思ったのか、イリスが食べかけのハンバーガーをカイルに差し出すがカイルは苦笑しながら頭をくしゃりと撫でて食べるように言う。


 「子供が無理すんな。食っとけ食っとけ」

 『はい』


 再びもぐもぐと食べ始め、シュナイダーが邪魔をしないようにエリザの膝で丸くなりあくびをする。


 「……あー、こういう時間が続けばいいのになあ」

 「そうだな……父上はカイルとの結婚は認めないのに、遊びに行くのはいいという……なぜなんだろうな……」

 「お前の親父さんはおかしいからだ」

 「……一応、私の父上は皇帝なんだが……。まあ、おかしいのは間違いないか」


 ふたりでクスクスと笑い、穏やかな時間が過ぎていく。イリスも食べ終え、うとうとし始めたころ、平和は破られた。


 コンコン……


 「カイルさん、おやつでも……って、またエリザ大佐!?」

 「なに、フルーレ中尉か? ……最近よく来ているようだな」

 「え、ええ……折角の休みなのでイリスちゃんとシューちゃんと遊ぼうかと思って……」


 エリザの鋭い視線を受けて冷や汗をかくフルーレに、シュナイダーがとことこと歩いてフルーレのもつ紙袋を嗅ぎ始める。


 「くんくん……くぅ~ん♪」

 「あ、シューちゃんは匂いでわかるんですね! イリスちゃんが好きだって言ってましたからハンバーガーを買ってきました!」


 じゃーんと紙袋を掲げると、ウトウトしていたイリスが覚醒し立ち上がる。


 『はんばーがー!』

 「うぉん!」

 『あ、お父さんに返さないとダメでした……』


 がっかりするイリスに苦笑するカイル。フルーレが何のことか分からず首を傾げていると――


 ウー……ウー……!


 「緊急招集のサイレン……?」

 「なんだ? しかもこれ、隊長だけじゃない。全員を呼ぶサイレンだぞ?」

 「何があったんでしょう……」

 「嫌な予感しかしないが。ったく、ここ一か月くらいで事件が多すぎだろ」


 悪態をつくカイル。ふたりはすぐに家から飛び出し、制服に着替えて全員が集まれるホールへと足を運ぶのだった。

 そしてカイルの予感は悪い方向で的中する。

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