26. 



 「ぎゃっはっは! で、どうなったんだよその後は」


 「エリザとフルーレ少尉がいい笑顔でギスギスしていて胃が痛かったよ。」


 「モテる男は辛いねぇ。……ま、元技術開発局長じゃしかたねぇ。それに皇帝陛下を殺そうとした凶悪犯なのにそんな素振りもないからな」


 今朝突撃してきたエリザとフルーレは仲良く笑顔で話し、カイルが小さくなってその間に入るという恐ろしい時間だった。

 ふたりが家を出て行ったあと、カイルは食堂でドグルと共に朝食を食べていた。休みではあるが、使ってはいけないということもなくイリスと共に来たところで声をかけられたのだ。


 「それは……」


 「わかってるよ。俺も少佐に昇進するとき上層部に呼ばれたんだが、他言無用と言われた。お前やあの時のメンバー以外にそれを口にした場合は即座に消すとな。お前、本当になんなんだよ? なんで生きてるんだ?」


 「ま、察してくれると助かる。あの時のことは話したくない」


 「そうかよ。お前がそう言うなら追及はしねぇが……」


 意外とあっさり引き下がったことに驚くカイルだが、話すつもりはないと無言の圧力をかけてカレーを食べる。 するとドグルは横でハンバーグを食べるイリスに目を向けて口を開く。


 「……で、その嬢ちゃんはなんなんだ? 『遺跡』を出た時にいたような……」


 「ん? そうだな、ちょっと身よりが無いみたいで俺が引き取ったんだ。今はパパだよな、イリス?」


 『はい。パパスターです』


 ガラスの棺から出てきたことを知らないドグルはカイルに尋ねると、カイルは即座に返す。昨日のうちからトレーニングを繰り返していたがイリスはなかなか『パパ』と言ってくれないのだった。


 「なんだよパパスターって……なら住宅区で住んでいるのか?」


 「ってことだな。それよりオートスも昇進したって本当か?」


 「ああ……お咎めなしどころか、本物の両親をあの時捕まえた二人と引き換え、町に一家揃って住まわせているらしいぜ。一体どこが本命だったのやらな」


 そう言ってステーキの最後の一切れを口に入れてから立ち上がり食器を持つ。


 「行くのか?」


 「んぐ……おう、俺は今日から国境付近の哨戒任務でな。なんか病欠が出ちまって俺だけ休み一日返上ってやつだ。まあ向こうまで三日はかかるから仕方ねぇ。帰ってきたら酒でも飲もうぜ!」


 「ああ、期待しているから気をつけてな」


 「サンキュー! イリスちゃんもまたなー」


 『はい。お気をつけて』


 「なんか大人びたガキだな……」


 ドグルはそう言って食器を下げに行き、カイルとイリスはそれを見送ってから残りの食事を片付けた。


 「お前ハンバーグ好きだなあ……」


 『もちろんです。牛と豚と――』


 「ああ、いい、いい。爺さんのところでさんざん聞いたからいい。とりあえずパパとちゃんと言え」


 『ダメですか……マスターとお呼びできないのは理解しましたが、なかなか直りません』


 「……ならお父さんはどうだ?」


 『……お父さん。あ、これなら大丈夫そうです。しかし血縁でもないのにそう呼んでいいのでしょうか?』


 「くっ……パパって呼ばれたかったのに……。血縁は気にするな。本当の親子でも、家族になれないやつもいれば、血は繋がってなくても本当の親子みたいなケースはあるからな」


 カイルが目を細めて言うと、イリスは四枚目である最後のハンバーグを口に入れて、頬をリスみたいにしながら頷いた。


 『わかりまふぃた……ごくん。帰りはシューにもご飯を買ってあげましょう。きっとお腹を空かせているはずです』


 大丈夫かねと苦笑しながらイリスもご飯を終えたので、持ち帰りのハンバーグ(シュナイダー用)を買って食堂を出る。イリスが軽い足取りで、外につないでおいたシュナイダーの下へ行くと――


 「可愛いー! 誰が飼ってるんだろ?」

 「きゅんきゅん!」

 「あはは、くすぐったいよー」


 女性兵と戯れていた。


 『……』


 「子犬になったから可愛がられてるなぁ。あいつ女の子好きだから嬉しそうにまあ」


 カイルがそう言うと、イリスはずかずかとシュナイダーの下へ行き指をつきつけて叫んだ。


 『誇り高き狼が何をしているのですか。そんなにお腹を見せて、雄としてのプライドはどこへいったのです?』


 「きゅん!」


 『あ、今更すり寄ってきてもはんばーぐは上げませんよ』


 匂いでご飯だと気づいたシュナイダーがイリスに飛び掛かるが、ハンバーグを高く掲げて取られないようにする。そこで女性二人がまた声をあげる。


 「この子も可愛いー! ねえ、この犬ってあなたの?」

 

 「うわ、子供ってやっぱり肌がすべすべ……」


 『わわわ……そ、そうです。シューは私が飼っています!』


 「あはは、大人ぶった喋り方してるの? ますます可愛いー」


 『あわわ……お父さん、助けてください』


 しばらく面白いので見ていたが、呼ばれたのでカイルが女性二人に近づいて声をかけた。


 「悪いな、ウチの娘が。そっちは狼の子でな、一緒に暮らしてるんだ。どう? ウチに遊びに来ない?」


 「……」


 「……」


 女性はカイルを見ると、そそくさと立ち上がりその場を離れていく。


 「あ、あはは、カイル少尉の娘さん、でしたか!」


 「可愛い娘さんとペットですね! それでは仕事があるのでこれでー!」


 「ええー……」


 あっという間に遠ざかり、カイルはがくりと項垂れる。イリスはシュナイダーを抱っこして拘束し、首を傾げていた。


 『? 帰りましょうお父さん。今日は何をするのですか?』


 「あ、そうだな……」


 今後イリスがいると女性とお近づきになれないのではと気づき、とぼとぼと家路へ着くのだった。



 ◆ ◇ ◆



 「お?」


 「戻ってきたか少尉。待たせてもらっていたよ」


 家に戻るとオートスが玄関の前で待っていた。直後、カイルに深々と頭を下げる。


 「『遺跡』では済まなかった。おかげで俺はおろか、チカとビットの命も助かった」


 「おいおい、こんな往来で頭を下げるのは止めてくれ!? 中佐になったんだろ? ……中に入ろうぜ」


 「ありがとう」


 オートスを招き入れ、今朝方エリザとフルーレが死闘を繰り広げたリビングへ通す。イリスはシュナイダーにご飯をあげるためエサ皿を用意しはじめる。それを横目で見ながらカイルはオートスへ話しかけた。


 「今日は千客万来だなぁ。休みだったんだし、もっと早く来てくれれば良かったのに」


 「……引っ越したと聞いたのは昨日だったんだ。とはいえ、それ以前は俺も引っ越しで忙しかったからむずかしかったんだけども」


 『遺跡』に居る時より表情が柔らかくなったなと思いながら話を続ける。


 「ま、それはいいけど……いいですけど、今日はどうしたんですか?」

 

 「はは、敬語はよして欲しいな。命の恩人にそんなことはさせられない。……今日はお礼なんだ」


 「そりゃわざわざありがたいけど……」


 そう言ったあと、オートスは続ける。


 「ああ。少尉が何をしたのかは聞いた。ブロウエル大佐と上層部からな」


 「……」


 上層部と聞いて、今朝の夢見が悪かったなと思い出す。カイルの眉間にしわが寄ったのを見て、苦笑しながらオートスは口を開く。


 「少尉を昇格させるつもりはないらしい。が、咎める気もない様子。これ以上はどこで監視がついているか分からないから濁すが、アレから目を離さないことだ。恐らく、気づいている」


 イリスに目を向けて「アレ」と称したオートスに、カイルは眉を動かし告げる。


 「……まあそうだろうな。あいつら上層部とは長い付き合いだ、それくらいは、な? どちらかといえばその秘密を知っているお前たちの方がやばい。あいつらは消すと言ったら消す。エリザも――あ、いや、なんでもない。とにかく普通に過ごしてくれ。俺とはなるべくかかわらずにな? あ、でもドグルが飲みたいって言ってたから家で飲み会やろうぜ」


 「……」


 オートスは難しい顔をしながら、もう一度一礼をしてカイル家を後にする。


 「酒の約束くらいはいいだろう? なあイリス」


 『おうちを汚さなければいいと思います。ね、シュー』


 「おうん?」



 だが、その約束は先延ばしになる。翌日、エリザに呼び出されたカイルは――

  


 

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