22. 



 ――フルーレ達が『遺跡』から脱出して五日目の朝。


 混成部隊はまだ『遺跡』入口のキャンプで待機していた。フルーレの回復術で傷は癒えたものの、大幅に削られた体力と失った血のせいで上手く動けなかったからだ。

 

 「『遺跡』崩れちゃいましたね……」


 「うむ。もう体調はいいのか?」


 テントにコーヒーを運んできたフルーレを気遣うブロウエル。その言葉に微笑みながら返す。


 「はい! 傷は自分で回復できますから、あとは寝ていれば治りますから。……カイルさんは無事でしょうか?」


 「わからんな。『遺跡』がああなってしまった以上、救出は難しいだろう。あれほど崩れてしまっては価値も無い。『遺物』もなければ他の人間に荒らされても問題ないと判断する。回復してきたならそろそろ撤収をするのもやむなしか」


 「カイルさんを見捨てるんですか……?」


 「『遺跡』は危険な場所。命を落とすこともあると聞いているはずだ、カイルは残念だった、そういうことだ」


 「そんな……」


 フルーレが悲痛な顔で呟くが、決定事項だと言い放つブロウエル。隊長のオートス、副隊長のカイルが居ない今、お目付け役だったブロウエルがこの部隊の最高士官なので決定権はすべて持っている。

 

 なお、オートス兄妹は現在捕虜と共に飛行船”ウェザーコック”の部屋に監禁されていてこの場にはいない。ドグルとダムネのふたりはなんとかカイルを救い出せないか、崩れた『遺跡』の入り口を掘り起こそうとするなど行動を起こしていた。

 

 「くそ、かてぇ……」


 「ス、スコップじゃ無理ですよやっぱり……ちゃんとした掘削道具を持ってこないと……」


 「じゃあてめぇはカイルを見捨てるってのか!?」


 「そ、そういうつもりじゃ……」


 ざわざわ……


 「あん?」


 そこでキャンプが騒がしいことに気づき、ふたりはキャンプへと戻る。するとそこには――


 「『遺跡』が崩れたと聞いているが、状況はどうだ?」


 「ど、どうして貴女が」


 「聞こえなかったのか? 状況はどうだ?」


 「はっ! 現在調査隊は六名中、五名が生還。撤収作業に入っています」


 「……ひとり犠牲が出たのか」


 「ええ……残念です。奇遇というか……エリザ大佐の部隊であるカイル少尉です」


 「……!」


 そこにはセボックから『遺跡』が崩れたと聞いたエリザが来ていた。もう一隻の飛行船を使い、ここまで文字通り飛んできたのだった。

 しかし、情報は確かだったかと、エリザは息を飲み、言葉を失う。そこへブロウエルとフルーレがやってくる。


 「エリザ大佐、どうしてここへ?」


 「あ、カイルさんの部隊の……」


 フレーレが力なく敬礼をすると、エリザがふたりに返す。続けてエリザは口を開きブロウエルへ質問を投げかけた。


 「カイルが『遺跡』に取り残されたのですか?」


 「(情報が早いな……? どこで聞いたのだ?)」


 エリザの言葉に訝しみながらも、今は置いておこうと話を続けるブロウエル。


 「うむ。中にいた伝説級から私たちを逃すためにな。『遺物』は無く調査の成果は得られなかったが、隊長のオートスを炙り出すことができた」


 「そう、ですか……救出の予定は」


 「無い。ひとりにそこまで労力をかける必要はないだろう。エリザ大佐の部隊の補充もせねばな」


 そこでエリザは首を振る。


 「あいつがそう簡単に死ぬとは思えません。万が一と思い、瓦礫の撤去班を連れてきています。ブロウエル大佐は撤収の準備を。ここからは私が引き継ぎます」


 「しかし……」


 ブロウエルが口を開こうとしたが、ひょいっと横から顔を出したフルーレにさえぎられた。


 「わ、わたしもお手伝いさせてください! カイルさんにはたくさん助けてもらいました、今度はわたしが助ける番です!」


 「第六大隊のフルーレ少尉だったか。いや、君は報告を優先してくれ」


 「で、でも……」


 エリザがにべもなく断り困惑するフレーレに、後押しする声が聞こえてくる。


 「俺達もお手伝いさせてください大佐! あいつはすげぇ。ここで死なすには惜しい」


 「で、ですよ!」


 「お前たちまでか。もう死んでいると思うが?」


 まだカイルは死んでいないと確信しているようなドグルとダムネ、そしてフルーレにため息を吐きながらブロウエルは言う。


 「……ふう。エリザ大佐、遺体かもしれんぞ? それでも?」


 「やる。カイルでなくとも、私はやるつもりだった。上層部に許可は取ってある。では行くぞ!」


 エリザの一声でザッザッザ……と、撤去部隊が前進しエリザが最後に付いて行く。ドグルは煙草を捨てながらそのあとに続く。


 「いい隊長さんじゃねぇか。あの尻と胸が特に」


 「最低です!」




 ◆ ◇ ◆



 「ここか……」


 完全に入り口が塞がった『遺跡』を見てエリザが呻くように呟く。


 「カイルさんはドラゴンを引き付けてわたし達を逃がしてくれました……」


 「ドラゴン……伝説級の魔物とはな。だが、カイルらしい。無理でも無茶でも、誰かのために戦いに赴く。本人は戦いたくないというのにな……」


 「戦いたくない……? エリザ大佐はカイルさんのことをご存じなんですか?」


 「あ、いや、同じ部隊だからそのくらいは当然だろう?」


 「……」


 フルーレは目を細めてエリザを見る。いわゆる女の勘というやつが働いた。


 「あの、もしかしてカイルさんのこと――」


 と、フレーレが立場をわきまえず発言をしようとしたところで、


 ガリガリガリガリ!


 「な、何の音だ!?」


 『遺跡』の入り口からとんでもない音が聞こえてきた。ドグルが驚いて身をこわばらせて耳を塞ぎ、ダムネが慌てふためく。そんな中でもエリザは凛として構え、声を発する。


 「皆、警戒を怠るな! 魔獣か、はたまたドラゴンかもしれん……」


 その言葉に緊張が走り、各自武器を構える。


 音がだんだんと近づいてくると、ごくりと喉をならし緊張が走る。


 そして――


 ボゴン!


 『遺跡』に入り口に穴が開き、そこから探していた人物が穴から体を出して声を出した。


 「お、おお……明るい……そ、外か! た、助かったぞシュナイダー!」


 「きゅーん!」


 そこには髭が伸びに伸びたカイルが居た。頭の上には、背中だけ黒く、赤い目をした子犬が尻尾を振って鳴く。 カイルは五日ぶりの光に目を細めるとその場でペタリとうつぶせに倒れた。


 「カイ――」


 「カイル!」


 それを見たフルーレが駆け出そうとしたが、それよりも早くエリザがカイルへと向かっていた。すぐに引っ張り出して抱き起すとエリザは心配そうな顔で頬を叩く。


 「カイル、しっかりしろ、大丈夫か!?」


 「う、うう……は……」


 「は?」


 「腹が減った……」


 「そ、そうか! 腹が減っているのは健康な証拠だ、すぐに食事を用意させるからな!」


 「あ、ああ……いや大丈夫だ……ここに大きな肉まんがふたつもあるじゃないか」


 ふにょん


 「!」


 「おお……柔らかい」


 「カ――」


 「ってあれ? エリザじゃないかなんでこんなところにいるん……だ!?」


 「カイルーーーー!!」


 エリザが叫んだ直後、カイルは地面に頭を叩きつけられ、静かに意識を失った。

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