20.
「こっちだ爬虫類の親戚野郎!!」
チュン!
パス……ブシュゥゥゥ!
「グルゥゥ……!?」
カイルの持っている銃から発射された弾丸はほぼ無音で飛んでいき、フルーレを掴もうとしていた左腕を何の抵抗もなく貫通し大量の血が吹きだした。
ドラゴンがカイルへ目を向けようとするも、すでにその場にはおらず、銃を口に咥えてオートスを救った銛付きのワイヤーで一気に接近しすぐ足元まで来ていた。
「悪さできないようその腕、もらう!」
キィン!
ボトリ……
「ギャォォォォン!」
深紅の刃が取り出した時よりもさらに輝きを増し、弾丸を受けて下がっていた左腕を、高級な霜降り肉にナイフを入れるかのごとく切断した。
「こっちだ!」
「グ……グォォォォォォォォォォ!!」
落ちた腕は戻らない。ドラゴンは大咆哮を上げ、食事を後回しにし、カイルを殺すため狙いを定める。直後、カイルはブロウエルに目配せをし、顎でフルーレ達の救出を促すと、ブロウエルは走り出した。
「……少しキツイが効果は折り紙付きだ、まずはフルーレ少尉から」
キュポっと、懐から取り出した便の蓋を開けてフルーレの口へ液体を流し込む。するとしばらくしてからフルーレがせき込みながら目覚めた。
「げほっ!? ゴホ!! 喉が焼けるように熱いです!?」
「目覚めたか。火傷は後でなんとかするとして、骨が折れたりしていないか?」
「ブ、ブロウエル大佐……! は、はい……大丈夫、みたいです。……そうだ! ド、ドラゴンは!?」
「案ずるな、今はカイルが引き付けている。問題がないならすぐに撤退する準備をする。これを飲ませてくれ」
「カ、カイルさん一人で!? 援護は!」
フルーレがチラリとカイルとドラゴンの戦いに目を向けると――
「おおおおおおおお!!」
「グギャァァァァ!?」
重火器でダメージを与えた胴体に十字の切り傷をつけ、銃弾をその傷口に幾度も発砲する。
「グルォア!」
「ぐふお!?」
ドラゴンが咄嗟に出した足で蹴られカイルは大きく吹き飛ぶ。だが、カイルは空中で身をひるがえし叩きつけてこようとした右腕を金属入りブーツで蹴ってそれを回避する。
「カ、カイルさん凄い……あ、あの人、少尉なのになんであんなに強いんですか!? それに色々な道具を持っていて見たこともない武器を取り出して……」
「……それは――」
答える必要がないと口にしようとしたところで、
「俺も聞きてぇな、大佐……ヤツはなんだ……? 武器もそうだが、身のこなし、知恵。飄々としているが隙もねぇ……」
ビットの首根っこを掴んで引きずりながら、ドグルが銃を杖代わりにブロウエルへ尋ねる。慌ててフルーレが回復術で二人を癒すと、チカを背負ったオートスとダムネも近づいてくる。
「逃げるのが先だ」
「それは承知しています。ですが、回復術なしでは動くのも辛い状況です、その間だけで構いません……」
「必要ない。オートス、貴様は裏切り者なのだぞ?」
「ぐ……」
そう言われては立つ瀬のないオートスが口ごもると、フルーレが鼻息を荒くして吠えた。
「わ、わたしは逃げませんよ! 回復しきったらこれでカイルさんを援護します! 本人の口から聞きます!」
「まだ弾はあるし、俺もそのつもりだぜフルーレちゃん!」
ドグルも深紅のアサルトライフルを手に傷の治療を終え、そんなことを言い出す。ブロウエルはため息を吐いた後、ポツリと口を開く。
「……五年前の事件は知っているな? 皇帝陛下暗殺事件があった、ということは」
「は、はい……」
ダムネがフルーレに癒してもらいながら返事をすると、カイルの方へ目を向けて話し出す。
「結果的に皇帝陛下は無事だったが、上層部の首がほぼ全員変わるほどの大惨事だったということも知っているな」
「ああ……二十人だか五十人だかが全員死亡ってやつでしょう? そりゃ耳にタコができるくらい聞いて――」
「では問おう。犯人の正体は?」
「は、犯人……? そういえば暗殺の話は噂で上がってきますが犯人の名前は知りませんね……。もう処刑されているとか?」
するとそこでオートスが口を開く。
「大佐、俺達はカイルのことを聞きたいんですよ? 皇帝陛下の暗殺を聞きたいわけじゃない話を逸らさないで――」
オートスが困惑気味にそう言うが、ブロウェルはカイルから視線を逸らさず続ける。
「私は話を逸らしてなどいない。五年前……当時の技術開発局長だった男が上層部を含めた親衛隊七十四人を惨殺し、皇帝陛下の命を狙った」
「ま、まさか……」
「……元・技術開発局長で現在は第五大隊の少尉。あの事件はあそこにいるカイル=ディリンジャー、あいつひとりでやった犯行なのだ」
「な……!?」
「にぃ!?」
驚愕の声をあげたのはオートスとドグル。フルーレは顔を青ざめて目を大きく見開いていた。驚くべき話に全員が固まっていると、回復したダムネが起き上がり恐る恐るブロウエルに尋ねる。
「で、でもどうして陛下の暗殺を企て、失敗したのに生きているんですか……? 陛下に牙を剥くことはオートスなんかよりよほど重い罪ですよね……」
「……さあ、私には
「そんな……!」
「問題ない。相棒が復活した。オートスの妹は私が背負う。弟は誰か任せるぞ」
「え?」
相棒が復活した。そう言ったブロウエルの口元は微かに笑みがあった。フルーレが聞き返そうとしたその瞬間、
「アオォォォォォォン!」
青白い炎をまとったシュナイダーがドラゴンへ突撃するのが見えた。
「戻ったかシュナイダー! 殺しきるぞ!」
シュナイダーがその言葉に反応し、ドラゴンの背中を伝って走り鼻先へと噛みつく。鼻骨の砕ける音がして悲鳴をあげるドラゴン。このままでは死ぬと直感し、残った右手で再度魔法陣を描きだした。
「チッ、またそれか! だが、この弾丸なら!」
タタタタタ!
素早いトリガー捌きで途中まで描かれていた魔法陣を正確に撃ちぬき、霧散する。
「ギャオゥ!?」
「残念だったな、魔血晶の弾丸は俺の血と魔力でできている。魔法的な力を霧散させるのさ。そして、これも――」
「ワン!」
タン――
鼻骨から口を離したシュナイダーが落下する。それを踏み台にしてカイルは飛び上がり――
「死ね」
真っ赤に輝く刃を、深々とドラゴンの眉間へと刺して振りぬいた。
「やった……!」
「あの剣、気持ち悪いくらい赤い……」
ドラゴンの脇を抜けながら走るフルーレ達が口々に歓喜の声を上げる。だが、まだ終わってはいなかった。
「グル、ウゥゥゥ……!」
「うおわ!?」
「ワンワン!」
ドラゴンが悪あがきをし、頭を乱暴に振って乗っていたカイルを吹き飛ばす。地面でキャッチしようとシュナイダーが追いかけるがものすごい勢いでカイルは祭壇まで飛んでいく。
ガシャァァ……
「ぐお!? ってぇ……ガラスがクッションになったけど刺さってるなこれ……ん?」
カイルはオートスが呟いた『ガラスの棺』に突っ込み、それを割ったようだと悟る。そしてカイルの下にあるものを見て眉を顰める。
「これは……人間? いや、人形、か?」
カイルの血で濡れた少女の姿をした美しい人形がそこにはあった。妙な美しさをしていて、吸い込まれるように手を出したカイルにシュナイダーが吠える。
「わんわん!」
ドスンドスンドスン……!
「げ、まだ生きてるのかよ……!? 脳みそ飛び散らしながらよくやるぜ! でも横に回避すれば――」
カイルは起き上がり棺から転がるように出る。だが、ドラゴンはそれを見て大きく跳躍する。
「!? ヤツめ巨体で俺達を潰す気か!? この距離じゃ間に合わない! うおおおお!」
カイルは深紅の刃を突き上げ、叫んでいた。
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