15. 


 細長い木箱に巻かれた鎖を片手で握り、もう片方はハンドライト手に明かりを灯していた。木箱を踏み台にしてザザザ、と滑り落ちていくカイル。坂は急でかなりの速度が出ているため、焦りながら呟く。


 「深いな……! この先がトラップだったらフルーレちゃんはひとたまりもない……! シュナイダー行け、フルーレちゃんと咥えた後、お前の爪で速度を落とせ」


 「わぉぉぉぉ!」


 ダッ! と、ただでさえ速く落ちる坂をさらに速度を上げて走る。ハンドライトの光からシュナイダーの姿が見えなくなるとハンドライトをポケットへしまい、手足を踏ん張って少しスピードを緩め始めた。


 「俺がぶつかって落っこちましたじゃ話にならないしな……!」


 だが、カイルの危惧とは裏腹にだんだん坂の出口が見えてきた。ライトは照らしていないのに下が明るいなと思ったところで、フルーレの声が聞こえてきた。


 「カイルさーん! みなさーん! 大丈夫ですから降りてきてくださいー!」


 問題なしと判断したカイルは、木箱とともに滑るように地面へと着地した。


 「っと、罠が無くてよかっ……どわあああ!?」


 「あ、す、すみません!?」


 「んなところに突っ立てるからだよ! そこはお前、フレーレちゃんと俺がくんずほぐれつになってやわらかいあれを……って、ああ、おもてぇなクソ!」


 カイルは後から来たドグルとダムネに体当たりされ下敷きになり、ドグルがぶちぶちと文句を言いながら上に乗っているダムネを押しのけて立ち上がっていると、ブロウエル、オートス、チカとビットの姉弟が降りてきて全員が揃う。


 「ふむ……ここは先ほどとは違う地形だな」


 「なんだか、空気が澄んでいませんか? 神聖な感じというか……」


 ブロウエルが周囲を見ながら口を開くと、フルーレが続いてそんなことを言う。カイルは木箱を担ぎなおしながら冗談半分で話す。


 「俺は神なんて信じちゃいないけど、フルーレちゃんはそういうの信じるクチ? 女の子ってそういうの好きだもんな」


 「……いえ、神様なんていませんよ。良く知っています」


 「え?」


 「あ、いえ、何でもありません! それよりどうします? 元の道へ戻りますか?」


 そこでオートスが顎に手を当てて思案した後、全員に告げる。


 「このまま進むぞ。見ろ、ここ以外にも同じような穴がある。恐らく別の場所からもここに来ることができるということだ。ここが正解だと思わないか?」


 「……まあ、これを登るのもしんどいしな。今回は隊長に賛成するぜ?」


 ドグルが言うと、ダムネも頷きカイルとフルーレ、ブロウエルも頷く。フルーレの言う通り神聖な雰囲気が漂うこの場所には魔獣の気配がなく、天井も高い。柱がいくつも立ち並び、その中でひとつだけ柱の間隔が広い道があった。


 「でも隊長、とりあえず休憩の続きはしましょうや。装備のチェックをしておかないと、急に襲われて対処できないのは困りますし」


 「そうだな。副隊長の言う通りだ。1時間、休憩をする」


 「(……随分あっさり認めたな? 一気に突き進むぞとか言いそうだったんだけど)」


 カイルが冷静になったオートスを不思議がるが、とりあえず我儘を言わないのは助かるかと地べたに座り、ダガーの血と油を布で拭う。

 すると、ドグルが自分のカバンから木箱を取り出し何かを組み立て始める。それは――


 「とりあえずホーネットは弾が心もとねぇからこいつを使うぜ。じゃーん! この前支給された新武器! ”EW-189 ウッドペッカー”ってんだ、こいつはいいぜ? ハンドガンみたいに一発ずつじゃなくて、トリガーを引いているとその分弾が出る。突撃銃、とかウチの隊長が説明を受けてたな」


 「わ、かっこいいですね! そのバウムクーヘンみたいなのがマガジンですか?」


 「バウム……くっく、流石フルーレちゃんだぜ! なあ、少尉!」


 マガジンの形状は確かに四つに切ったバウムクーヘンに似ているとドグルは笑う。カイルにも笑いかけて同意を得ようとするが、


 「失敗作……だな……」


 と、カイルは冷ややかな目でウッドペッカーを見てぼそりと呟く。ドグルはぎょっとして、怒っていいものか複雑な気持ちでカイルに返す。


 「なんだと? 今、失敗作っていったか少尉?」


 「あ、いや、なんでもない!? 新作かあ、重火器を扱う第二大隊ならそれも納得だな、うん。あ、ちょっと見せてくれ。俺は新しい道具を見るのは好きなんだ」


 「そ、そうか? へへ、第二大隊に推薦してやろうか? 壊すなよ! ていうかだからお前変な道具をいっぱい持ってんのか……?」


 隊を褒められて先ほどの不機嫌さが飛び、カイルの肩をバンバン叩きながらウッドペッカーを渡す。カイルはそれをじっくり見て、ある場所でスッと手を動かした。


 カチャン……


 「お? 何だ今の音?」


 「ああ、マガジンが外れた音です。でも、これは強力そうだ」


 「おいおい、あんまいじんなって。ま、こいつの弾はまだある。任せときな! お前も」


 はっはっはと上機嫌でショットガンを組み立てたままカバンに突っ込み、銃を磨き始め、ダムネが苦笑していた。


 「現金だよねドグル大尉は」


 「訓練校からだろう」


 「ふふ、同期なんですねやっぱり。あ、同期だけに一緒にここに来る動機がある……とか……」


 オートスがぶっきらぼうに答えるとフルーレが笑い、またぶつぶつと何かを呟いていたが皆スルーする。やがて休憩が終わり奥へと歩き出す一行。


 どこかへ誘うような通路へ足を運び、柱から魔獣が飛び掛かってくる可能性を警戒しながら進んでいると、ビットが声をあげる。


 「しっかし広いなぁ……俺達、ここから出られるのかな姉ちゃん?」


 「知らないわよ……。どうせ出てもいいことはないからここで死んだ方がマシかもしれないわよ?」


 「そんなことは言わないでください。事情があるのでしょう? わたしたちも何とかしますから。ね?」


 「ふん……」


 後方でそんなやりとりをしていると、今度はダムネがおっかなびっくりといった感じで口を開いていた。


 「こ、これは……! し、神殿……?」


 「そのようだな。隠し穴に落ちたのは僥倖だったようだ、感謝するぞフルーレ少尉。報告ではしっかりアピールしておいてやる」


 「え、あ、はあ……」


 デートを要求してきたり、感謝をしてきたりとコロコロ態度の変わるオートスに困惑しながら生返事を返す。オートスは親指を神殿の扉に差し、カイルへ調べるよう指示を出す。


 「どうせ、何か鍵を開ける道具でも持っているのだろう?」


 「あ、分かります? いやあ、隊長と仲良くなれた気がしますな。……さて、と」


 カイルは真面目な表情になり、扉を調べ始めた。

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