6.
――飛行船が静かに夜の空を進んでいく。すでに時刻は深夜帯で、カイル達は自室で眠っていた。
だが、その静寂は突如として破られることになる。
ウー! ウー! ウー……
「……!?」
「わふ!」
緊急警報が船内に響き渡ったのだ。
カイルは警報を聞きつけすぐにシャツの上から軍服を羽織り通路へ出る。
「今の警報は接敵だったな。空に敵とは妙だが……。他の国も飛行船を開発していた、とかだったりして。お前は部屋にいるんだぞ」
「くぅーん」
付いてくる気満々だったシュナイダーは少し寂しそうだったが、大人しく部屋に戻ったのでカイルは扉を閉めて操縦室へと向かう。操縦室なら状況を把握しているだろうと思っての行動だった。
「あ! カイルさん!」
「フルーレちゃんか、同じことを考えていたようだな」
彼女も警報を聞きつけて即座に行動を開始していた。行動の速さは頼もしいと思いながら操縦室の扉を開けた。
「来たか」
「っと、隊長殿早いですね」
「部屋が近いからな。……で、敵は?」
オートスが入ってきたカイル達を見ずに、周囲を確認するために配備されている人に声をかけると、すぐに返事が返ってきた。
「鳥型の魔獣ですね。種類は恐らく鷹だと思われます。数は二。ですが結構大きいので飛行船に体当たりでもされるとバランスが崩れますのでできれば始末をお願いします」
眼鏡の几帳面そうな女性が淡々と事実だけを述べ、オートスは顎に手を当てて思案する。そこへカイルが提案を口にする。
「ドグル大尉に狙撃してもらうのはいかがでしょう? 第二大隊なら得意武器ではなくても十分な戦果を得られるはずです。武器は積み込んでいますし」
そう言うと、オートスは一度目を瞑った後、
「……いや、ここは俺がやる。実力というやつを見せるにはちょうどいい」
「……了解」
これも顕示欲ってやつかなと思いつつ、操縦室からも降りることができるデッキに向かったオートスを見送る。手にはスナイパーライフルと呼ばれる遠距離狙撃用の銃、”EW-029 ヴァイパー”を持ち、索敵を開始する。
「夜なのに見えるんですかね……?」
フルーレが窓からデッキを覗くが、真っ暗闇が広がるだけでオートスの姿も見えない。だが、カイルは横に立ち目を細めて言う。
「大丈夫。隊長にゃこいつを持たせてある」
「これは……?」
カイルが大きな眼鏡のようなものを腰から取り出してフルーレに見せると、フルーレが首を傾げて問う。
「衛生兵には馴染みが無いと思うけど、これは”EO-192 ナイトゴーグル”。夜でも魔力を視覚することによってぼんやりだけど形が分かるようになっているんだ。人も魔獣も、それこそ木でも微量な魔力を持っているからね」
「へー! ……本当だ、隊長さんが見えます! でも、カイルさんの部隊って軽装部隊ですよね? 随分詳しいです」
「……こういう便利アイテムを眺めるのが趣味なんだよ。キャンプ装備とかわくわくしない?」
「いえ、特には」
にべもなくあっさり返され、肩を落としながらカイルは窓の外へ目を向ける。ちなみにナイトゴーグルの形式番号の頭文字になる【O】は#Ornaments__装飾品__#である。
「とほほ、女の子は興味ないか……。んじゃ、隊長殿の雄姿を見とこうぜ」
「あ、はい」
――そのころ、デッキに居たオートスはライフルを手にし、相手を捉えるため細かく首を動かしていた。
「(幸い風は小さいな。……あそこか!)」
ターン!
ギャァァァ……
片膝の態勢から狙いをつけ、引き金を引く。マズルフラッシュが輝き、その直後、風の音に交じって鷹型の魔獣が断末魔の叫びを上げながら落ちていく。
「よし、次だ!」
ギィェェェェ!
もはや怪鳥といって差し支えないほどの大きさをした鷹魔獣が、相方をやられたことに怒り、オートスへと向かってきた。
「おっと!? デッキと飛行船上部の隙間をよく通り抜けるものだな。だが……!」
鷹魔獣が再度オートスを攻撃するため旋回する。しかし、魔獣による二度目のアタックは叶わなかった。オートスのライフル弾がこちらを向いた瞬間、眉間を貫いたからである。
「やれやれ、この後は落ち着いて眠らせてもらいたいものだ」
ガシャン、と安全装置をロックしながら一息つき操縦室へと戻ってくる。フルーレは戦いの様子を見て、興奮気味に飛び跳ねながらカイルの袖を引っ張って声をあげた。
「やった! やりましたね!」
「流石は万能部隊と言われる第三大隊の少佐ってところだな。ふあ……それじゃさっさと出迎えてもうひと眠りしますかね……」
「カイルさんったら」
「副隊長、それにフルーレ少尉。見ていたのだろうが、敵は倒した。ゆっくり休んでくれ」
「了解であります! いやあ、いつもならぐっすりでさあ……」
緊張感のないカイルにくすくすと笑いながらも、戻ってきたオートスへ敬礼しそれぞれ自室へ戻って行く。見れば通路にドグルとダムネが壁に背を預けて立っていた。
「終わったみてぇだな。あふ……副隊長さんじゃないが、ゆっくり寝れそうだな」
「あ、ありがとうございます隊長」
「あの程度なら問題ない。お前達はもう少し早く行動しろ、少尉に後れをとっているとはなにごとか」
オートスの五言葉に気を付けますよと悪びれた様子もなくドグルが戻り、ぺこぺこしながらダムネも姿を消した。カイル達も一連のやり取りにびっくりしながら自室へと戻る。
――そして間もなくグリーンペパー領に入り、予定通りの時刻に『遺跡』近くの村”アンダー村”へと足を踏み入れる。
「『遺跡』は先発でキャンプを張りに行く者たちを送る。なので我々はここで一泊する」
「飛行船までは遠いし仕方ねぇな」
ドグルが面倒くさそうな感じで口を開くと、近くにいた村娘に近づきお尻を撫でた。
「きゃ……!? な、なにするんですか!」
「へへ、俺達は帝国の軍人だぜ? そんな態度でいいのかい? 金は弾むぜ」
「! 馬鹿にしないでください! あ、ちょっと本当にやめて……」
尚も絡むドグルにカイルが慌てて止めに入る。
「あー、こらこら! ドグル大尉そこまでだ! 現地人に迷惑をかけたらダメだ。すまんねお嬢さん、行っていいよ」
「……」
カイルとドグルを睨みながら何も言わずサッと遠ざかっていく。見ればオートスはドグルを見ておらず、こちらに向かってきた男性と話していた。
「帝国軍人がここに何の用だ? 勝手に『遺跡』でもなんでも行けばよかろう! まった――」
村長だと思われる年配の男性が怒声を浴びせるが、最後までいうことができなかった。なぜなら冷ややかな目をしたオートスが男を殴り飛ばしたからだ。
「おい隊長!?」
カイルが肩を掴むが、オートスはそれを振り切ってずいっと顔を近づけて呟いた。
「な、なん……!」
「この村は我々が接収する。十数名分の寝床と食料を用意しろ。むろんタダでとは言わん。料金は払う。だが、断るようならこちらはこちらで勝手にやらせてもらう。この意味はわかるな?」
「……!?」
男はこくこくと頷き、尻もちをついたまま後ずさりすると村の中央へ消えて行った。様子をうかがっていた村人も慌てて家の中へ入っていくのが見える。
「ったく、一般人に無茶すんじゃ……。おっと……」
カイルがイラっとしている横でフルーレが顔面蒼白で立ち尽くしていることに気づき、声をかける。
「フルーレちゃん、ちょっとあそこの広場で休んでていいよ。ダムネ中尉、連れて行ってくれ」
「は、はい……」
「りょ、了解です!」
一般人に手を上げたことがショックだったのだろうかと思いながら、カイルはちらりとブロウエルを見る。彼は特に気にした風もなく両手を後ろ手にし立っていた。
「(ドグルとオートスの行動について何も言わないところを見ると、これも俺達の責任でやれってことかね? はー……やれやれ、やっぱりこいつらとは仲良くなれそうにないか?)」
カイルは頭を掻きながらどうするかと思案を始めるのだった。
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