2. 

 


 「さて、と……とりあえず町に出るか」


 「お疲れ様です、少尉!」


 「あいよ、いつもご苦労さん」


 カイルは書類をズボンの後ろポケットへ無造作に突っ込むと、正門から城へ出る。特に名前も知らない、階級章だけみて敬礼をする兵士に片手をあげて挨拶をしながら橋を渡る。

 ゲラート帝国の城は長さ十メートル、深さ五メートルほどの堀に囲まれているため、正門か東門の橋を渡るしか出る方法はない。


 城をぐるりと囲むように城下町があるこの国は、周りが山であり天然の要塞にもなっている。

 

 先ほどエリザ大佐との会話で『遺跡』へ向かうための手段に”飛行船”の説明があったが、帝国独自で開発されたものなので仮に戦争が起こった場合、現状ゲラート帝国は侵攻が難しい国のひとつである。

 とはいえ他国も『魔科学』と呼ばれる便利道具を生みだす研究を続けているため、パワーバランスはいつか一定になるだろうと専門家は話す。


 「ちわーっす」


 カラン、と目的地に到着したカイルがとある店の扉を開けながら挨拶をする。

 ここは『ハイドの酒場』という昼は食堂、夜は酒場という二面性をもったお店である。今はランチ時で人がごった返しており、その中をかき分けてカイルはカウンターへ向かうと灰色の髪と髭をした老人へ声をかけた。


 「ランチひとつ、おススメで頼む」


 「毎度! ……ってなんじゃ、カイルか。サリーよ、適当に出しておいてくれ」


 「客に向かってなんだはないだろう?」


 乱暴に出された水を口に入れながら憮然と返していると、サリーと呼ばれた赤毛のポニーテールをした女の子がサッと出せるメニューであるカレーを置きながらほほ笑む。


 「んふふ、おじいちゃんはこれでも嬉しいんですよ? でもカイルさんがランチの時間に来るのは珍しいですね?」


 「ちょっと野暮用でね。マスター、もう少しで昼休憩だろ? 話したいことがあるんだ」


 「……ほう、食ったら裏で待ってろ」


 「はふはふ……サンキュー」


 「600リラになりまーす♪」


 「……あいよ。ああ、うめぇ」


 カレーを平らげた後、カイルは厨房の先にある部屋へと足を運ぶ。厨房で数人の料理人が働いているのを横目に部屋へ入ると適当な椅子へ腰かけ、もう一度書類に目を通しながら時間を潰す。

 しばらくすると外の喧騒が落ち着き始め、カイルがマスターと言った老人が部屋へ入ってきて肩を回しながら口を開く。


 「やれやれ、歳は取りたくないもんじゃ」


 「はは、『残虐グリズリー』と呼ばれた、ゼルトナのおやっさんでも歳には勝てないのか?」


 「もう退役して三十年じゃ、仕方なかろう。で、どうしたんじゃ? 飯以外で儂に話があるとは珍しい」


 そういって、退役軍人のゼルトナ=イーブル元中将が、カイルを自室へと案内する。防音性の高い部屋の鍵をかけると、カイルはふと真顔になって口を開く。


 「『遺跡』の先遣隊に抜擢された。それも副隊長待遇で」


 「ふむ……お前、今は少尉じゃったか?」


 「ああ」


 一言返事をして、機密であろう書類を手渡すとゼルトナは顎髭を撫でながら眉を潜めて独り言のように呟く。それは元自分が居た軍に対して違和感を覚えていたからに他ならない。


 「あり得んな。しかし、辞令は本物じゃし、行くしかあるまい。となると?」


 「ま、そういうことなんだよ。お偉いさんがたが何を考えているかわからんし、それなら遺跡探索を楽しもうと思ってね。で、預けていたものを取りに来たってわけ」


 「やはりそういうことか。よくわからんが預かっていただけじゃ、好きにすりゃええ」


 ゼルトナがそう言うと、机の引き出しを開けて手を入れる。次の瞬間、ガコンという音と共に地下へと降りる階段が出現した。


 「サンキュー」


 「お前が作ったんじゃろうが! ったく迷惑な改造をしてくれおって……」


 「へへ、おやっさんの家なら下手な手出しはできないからな。出口は別のところを使うからここは閉じていてくれ」


 「おうおう。遺跡の土産に期待しておるぞ。ま、遺跡なら地下にあるものは必要じゃろうし、気を付けてな」


 そう言って口をへの字に曲げながらもにやっとしているゼルトナに、振り向かず片手をあげて階段を下りて行く。地下はすぐに終着を迎え、鉄製の扉に手をかけて開く。

 カイルは部屋に入りマッチを擦って灯りを手に入れると壁にかけられたランタンに火を移して部屋を見渡す。


 「久しぶりだなぁ。ここを残してくれているおやっさんには頭が上がらない」


 その部屋は色々な機材や道具が散乱しており、しばらくぶりだと言わんばかりにカイルが移動する度に埃が舞う。カイルは奥にある金庫の前に行き、ダイヤルを回す。


 「……0918、と」


 カキン、と小気味よい音と共に鍵が外れて重い金庫の扉を開ける。中には鎖で厳重に封印されたアタッシュケースがあった。それを何とも言えない顔で見つめた後、肩に担ぎ、テーブルに散乱していた道具をいくつか回収して別の階段から店の外へと出た。

 内側からは出られるが、一度閉めると外からでは開かない、マンホール型にカモフラージュされた扉を閉めながらカイルは呟いた。


 「なかなかいい隠れ場所だよな。さて、腹も膨れたし宿舎に戻るかね」


 そう言って元来た道を引き返す。


 「お戻りですか」


 「ああ、ご苦労さん」


 さっき見送ってもらった門番にまた挨拶をし、正門をくぐったところで傍の広場に、休憩中と思わしき一団が座っていた。その中に、ひとりだけ立って馬鹿笑いをしながら喋っている男を見て、カイルは足を止めてすっと目を細める。


 「はっはっはぁ! 俺が『遺跡』の選抜隊に隊長として行くことになったんだぜ! こりゃ手柄を立てて出世するしかねぇよな!」


 「ああ、オートスならできるさ!」


 「エリートは違うなぁやっぱり」


 「(あいつは確か、今回の隊長さんだな。少佐だったか? なるほど、あれが隊長なら、俺みたいなグータラなやつが副隊長の方が具合がいいってことか)」


 見たところ調子に乗りやすいタイプかと納得し、声をかけることもなく自室へと戻るカイル。


 「(ま、三日後に嫌でも会うしな。それより、装備のチェックの方が重要だ)」


 『遺跡』は危険だと承知しているが、好奇心の方が勝っているカイルは笑みを浮かべて鼻歌交じりに歩くのだった。


 そして三日後―― 

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