鈴虫
駅に着いた時には、完全に日が沈んで、夜のとばりが下りていた。風が私の髪を揺すると、えりあしの汗が乾いて涼しかった。風には夏が終わった時の香りが混ざっていて、その香りは毎年のように私をわけもなく切なくさせる。「センチメンタル」というわけである。とりわけ、今年は恋をしているためか「センチメンタル」が過ぎて、涙さえにじんできた。私をそのようにさせる、この不思議な香りは一体何なんだろうと思いを巡らせながら、とぼとぼと歩いた。
家路の途中に、家が取り壊された後、しばらく土がむき出しになったままの場所があった。そこには、春から夏に芽生えた緑が大きく育って、青々と茂っていた。その前を通った時、鈴虫の声が鳴っていることに気づいた。都会だけに、数が少ないのか弱弱しい感じもするが、いい音色には違いなかった。鈴虫はオスがメスの気を引くために鳴くということを思い出した私は、そうか、鈴虫の恋の季節であるのかと、悟った。
独特の香りには、鈴虫の切ない思いが入っていて、それが私の心にセンチメンタルを感染させるのだと思うことにした。彼もこの思いに共感してくれるだろうか。この風に吹かれながら、彼と一緒に、平安時代の貴族のように縁側で、酒を片手に月を眺めるところを想像し、うっとりとした。
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