第百三十七話 ネタばらし



「そういう流れになったか。いや、平和に終わりそうで何より」

「簡単に言ってくれるな。……で、今日は何の用で?」

「ああ、そろそろネタばらしをしようと思って」



 様々な問題を片付けて、ほとぼりも冷めた頃。公爵家に帰還した俺は通常の執事業務を再開していた。

 主な仕事場所はトレーニングルームなのだが、筋トレをしているお嬢様の補助をしていたところ、クロスがひょっこりと姿を現したのだ。


 リーゼロッテが午後の稽古けいこに備えて湯浴みに行ったので、俺たちは二人でお茶会をすることになった。



「ネタばらしって、何の?」

「まあ色々さ。アランに掛けた記憶のロックはもう外れかけているけど、そろそろ解除してもいいかなって」

「知らない間に何してるんだよお前……」



 俺の抗議を意に介さず、目の前の神様は指パッチンをした。


 しかしこれと言って、何の変化があるようにも見えない。

 何がしたかったのかといぶかしむ俺に向けて、彼は指を突き出してきた。



「アラン。この世界の基になった乙女ゲームの名前は?」

「確か、「黄昏の王国と七人の騎士」だろ?」

「そうそう。……で、攻略対象になる男性陣が今、何人いるのかって話になる」

「そりゃあ七人・・じゃねぇの?」



 意図は分からないが、順番に数えていく。

 エールハルト、ラルフ、クリストフ、パトリック、サージェス、アラン。

 と、そこまで数えて気が付いた。一人足りない。



「……あれ?」

「封印していたのはその辺だよ。ガイドブックの中身をよく思い出してみな」



 確か七人目の攻略対象は、特定の条件を満たすと登場する隠しキャラのはずだ。

 早ければ二週目から、国王レオリアの攻略も可能にな――。



「…………ちょっと待て、陛下?」

「気づいたか。そうだよ、レオリアも攻略対象だよ」

「え、じ、じゃあ……」



 まかり間違えば、メリルと陛下が結ばれる可能性すらあったという話だ。

 クロスが何故そんな記憶を封印していたのかと疑問に思えば、ネタばらしの方が先に飛んできた。



「この世界に、二週目・・・なんてものはないからさ」

「ああ、なるほど、確かに」



 ベースになった原作の乙女ゲームにはリトライ機能や強くてニューゲームもあったようだが。この世界にそんなものはないだろう。

 俺たちにとってはゲームではなく、現実の世界なのだから当たり前だ。


 リーゼロッテやメリルが今世の記憶を持ったまま、来世でまたこの世界に生まれるのも流石に無理があるだろう。

 そこまですれば悪役令嬢や乙女ゲームの物語とは、また違った話になりそうだ。



「はぁ……だから初代王の遺産を使われた時は本当に焦ったよ。レオリアからの好感度が最大になったんだから」

一週目・・・から隠しキャラにプロポーズされる可能性もあったと?」

「そうだよ。レオリアは好感度を上げづらい代わりに、特定のイベント消化はほとんど要らないからな」



 陛下は、好感度が上げづらいラルフというイメージだろうか。

 二人で問題を解決したり、デートで思い出の場所を巡ったり。そんな特定のフラグを立てずとも、好感度だけ稼げばエンディングに入れる人物だったようだ。



「あの二人が四、五回出会ったら、国王の方から告白イベントが起きるところだった」

「そうか、そりゃあそうだよな。初代王の遺産で、攻略対・・・象全員・・・の好感度がマックスになってたんだから」



 目の前の神様は一応世界をリセットできる力を持つらしいが、膨大な力を使うと聞いたことがある。

 その力を使えば惨状を回避できそうな気はするが、目の前の神様として避けたいところだったのだろう。


 いや、それ以前に告白イベントが起きた段階でシナリオが破綻して、乙女ゲームの神から粛清が入ったかもしれない。



「そう考えると、ラルフの公開告白が無ければ危なかった、のか?」

「レオリアからの好感度はまだ高いままだから、町娘エンディングは無かっただろうな……。あれがないと本当に危なかったけど、ギリギリ助かったところではある」



 思ったよりも瀬戸際に居たようだが、助かったのだから何も言うまい。


 爆弾はともかく、決闘イベントには全く関与していないのだから、陛下からメリルへの好感度は依然として高い数字をキープしているとして。それはデートをしていないと徐々に落ちていくはずだ。

 当分の間、二人が顔を合わせなければ問題は起きないだろう。



「ついでにあの決闘の勝者はラルフだからな」

「……攻略対象殴り合い事件の?」

「そうそう。アランとメリルがあんまり敵対されても何だから、好感度の最低値を30で固定しておいたんだよ」

「ああ、そういうことか」



 決闘イベントの勝者が俺で、ルートに入られるかもと冷や冷やしていたが。

 そこはキッチリラルフが勝利した判定で、俺からの好感度には不正チートが入っていたらしい。

 つまり俺の好感度は30、ラルフの好感度は80付近、くらいだろうか。


 それならラルフの態度が急に軟化したことや、決闘会場での突発的な告白にもまだ納得はできるとして――クリスは本格的に謎だ。


 もしかしたら、俺からの命令だけで好感度が上がっていたのか? という推測に戦慄したが。

 しかし彼の闇に深く触れると危険なので、それこそもう封印しよう。



「まあ、国王からメリルへの感情は親子愛くらいで止まってるはずだから。デートで恋心でも芽生えない限りは大丈夫だ」



 さて、陛下からメリルへの感情は。今のところ、姪っ子を可愛がるようなカテゴリに入るらしい。

 精々がお気に入り・・・・・のようだが。まかり間違って恋心が芽生えると、ラルフは消し炭にされてしまいそうだ。



「今後はその辺にも気を配れってか」

「大丈夫だとは思うけどね。まあ、アランが振り回されるほど信仰心も集まるから、俺としては波乱を期待したいけど」



 今まで問題を起こすなと散々言ってきておいて、ここに来て急に波乱もOKと言い出すのは違和感があるが。


 悪役令嬢は主人公に嫌がらせをするから悪役なのであって、ハルのルート以外では恋敵・・にはならない。

 まあ、ラルフのルートに入った以上は俺とリーゼロッテも自然にフェードアウトして。この後は二人きりの世界で甘々な展開でも待っているのだろう。



「見習い騎士とメインヒロインの恋愛事情はさておきだ。つまり、俺たちは自由を手に入れたってことでいいんだな?」

「あんまり自由にやり過ぎても何だけど……まあ、二人に影響が出ない範囲ならな」



 クロスは物語の神様だ。

 悪役令嬢の物語や、俺の物語からも何らかの力を得ているらしい。

 乙女ゲーム本編は順調に進めていけそうと見て、副業の方にも期待している。というところか。



「それなら今後は、俺も穏やかに学園生活を楽しみますかね」

「穏やかに、ねぇ?」



 俺の方も卒業したらエミリー、マリアンネの二人と結婚する予定だ。

 ご実家同士で何やら話し合いは進んでいるようだが、俺が口を出せる領域でもないだろう。


 普通に学校に通い、普通にデートをして、普通に卒業して、普通に結婚する。

 この普通・・まで限りなく遠かったが、俺はようやく穏やかな日常を勝ち取ったのだ。



「ま、自由にやればいいさ。たまに様子を見ているから、変なことはするなよ? 少なくとも卒業までは」

「わざわざ釘を刺さなくても大丈夫だよ。命の危険が無ければ俺だって平穏に過ごしたいんだから」

「分かった、取り敢えずは信じるよ。……それじゃあ俺も、そろそろ帰りますかね」



 最後の交渉が終わったと見てか。くたびれた上着を手に、クロスは立ち上がった。

 物凄く、「一仕事終えた後」のような雰囲気を醸しているのだが、まあ、結局は問題なく終われたのだからいいだろう。


 ワームホールに入って帰って行く神様は、結局俺の現代知識をほったらかしにして行ったのだが。

 この際だからもうこれは、仕事の報酬として貰っておこうと思う。

 現代知識を持っていて役に立つかは分からないが、邪魔にもならないだろうから。


 そう締めくくり、残った紅茶を飲んでゆっくりと数分過ごしていれば。

 湯浴みを終えてドレスに着替えたリーゼロッテが戻って来た。



「アラーン! 話は終わった?」

「ん? ああ、無事に終われたみたいだ」

「やったわね、アラン!」



 良い笑顔ではしゃぐお嬢様からは、気品のようなものが一切感じられないが。

 まあ、主君の幸せも守れたのだから、執事としての仕事はキッチリこなせたと見ていいだろう。


 これまで本当に長かった。

 ようやく成し遂げた。と、俺も余韻に浸っていたのだが。



「よし、じゃあ早速次の・・計画を立てなきゃね」

「…………うん?」

「今回は特設ステージだったけど、やっぱり武道館みたいな……聖地になるハコも必要だと思うのよ」



 どうも話が、おかしな方向に転がっているらしい。

 とは一体何の話か。



「ちょっと待て。決闘は終わっただろ?」

「終わったわね」



 もう戦う必要が無いというのに、リーゼロッテは次の戦いへ臨む気満々だ。

 互いに「お前は何を言っているんだ」という表情を崩さないまま見つめ合い。

 少し間を空けて、リーゼロッテの方から改めて切り出してきた。



「アラン。私の夢は最強の格闘家になることなのね?」

「お、おう」

「スター選手にもなりたいし、格闘技団体も立ち上げたいの」



 その話自体は耳にタコができるほど聞かされた。

 だから何だと思い黙って聞いていれば。



「一度で終わるわけがないでしょ? 私の――私たちの戦いは、これからよ!」



 世が世なら打ち切りと言われそうなセリフと共に、当家のお嬢様は力強く拳を振り上げた。

 ものすごく、いい笑顔で。



 ああ、そうですね。あの決闘が伝説の一戦として語り継がれたとして、それではただの一発屋ですね。

 継続して名試合を繰り広げるからこそ、人々はトップスターと認めるのだ。


 その理論は分かるが、しかし。



「リターンマッチが難しいことなんて分かってるわ。現実的に・・・・戦える、次の相手を探しましょう!」

「公爵家のお嬢様と殴り合うことが現実的な・・・・人間が、いるわけねぇだろ」



 相変わらず血の気が多いお嬢様を、この後どうしていこうか。

 あの決闘は騎士団にも民衆にも大好評だったので、定期的に開催したいという動きは王宮の方にも見えたのだが。

 このお嬢様を乱入させると収拾がつかなくなる。



「そこを何とかするのが執事の仕事でしょ? ね? 何とかしてよ、アラン!」

「…………善処します」



 四回ほど「前向きに検討する」とお茶を濁し、何とかこの場をやり過ごした俺は。

 スルースキルを授けてくれた現代知識が早速役に立っているなと気づき、一人で苦笑することになった。









 色々と。

 そう、本当に色々とあったが。


 この後は騒がしくも、平和で楽しい日常が続き――俺たちは学園を卒業した。



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