第百三十一話 やってくれたな、お嬢様!?



「アラン様、音響機器の設置が終了致しました」

「いつでもいけるよ」

「おう、テストが終わり次第、観客を入れるぞ」



 クリスとパトリックが現場指揮官となり、レインメーカー商会の人間が総出で会場の設営をしていた。


 俺が姿を見せた頃には既に準備が終わっており、いつでも始められるくらいの体制は出来上がっていたようだ。



「アラン様、騎士の方々が到着されましたので、控室にお通ししてあります」

「そっちには後で俺が挨拶に行く。売店の方は準備オーケーだ」



 本日の段取りとして、まずは午前中にトーナメントバトルが開催される。見習い騎士の部と、騎士の部の二部構成だ。


 いくら公爵令嬢VS子爵令嬢のバトルに話題性があっても、一試合だけではすぐに終わってしまう。


 それにリーゼロッテの望みはメイン・・・を張る・・・ことなので、前座として、事前に選抜された騎士たちが試合をすることになっていた。



「アラン様。貴賓席にもお客様がお見えになりました」

「テストが終わったら行くよ」



 ついでだからと、VIP席への対応はエミリーに任せてある。作法や礼節は完璧な淑女なので、任せておけば問題ないだろうと、そちらはもう任せきりだったのだが。


 まあ、国王主催の大会にケチをつけようという輩もいないと思うので、これについては本当に問題ないだろう。


 ――問題があるとすれば。



「いやぁ、すまんのう招待してもらって」

「裁判長、あの、もっとこっそり。透過の術が解けてますし」

「挨拶する時くらいはいいじゃろ? お堅いのう全く。ほれ、速度の。術を解け」



 この団体様についてだ。


 リーゼロッテがクロスと裁判長に用意したVIP席のチケットだが。お焚き上げでは神の世界に届かないというので、即席の神棚に置いておいた。


 ゲン担ぎの意味もあったのか。無駄に十枚も奉納されたチケットが、気づけば神棚から消えていて。

 結果としてはクロスと、その上司である裁判長を筆頭に、本当に神様たちが降臨してしまった。


 ――それも団体で。きっちりチケット分、十名様で。



「儂が神界裁判所裁判長の香坂である。で、右から順に。貧乏神に純潔の神、ダメの神に速度の神。冥王星の神に、海底大陸の神、それから神秘の神と――」



 しかも何だか人選がぶっ飛んでいる。特に冥王星の神なんか、何を司っているのかが全く分からない。俺にインストールされた現代知識が確かなら、そもそも惑星からは外されたと思うのだが。


 と、俺がどうでもいい感想を抱いていれば。



「で、最後に乙女ゲームの神」

「よろしくね」

「…………え?」



 最後にとんでもない人が現れた。


 流石の俺も、もうこの展開が「原作」である乙女ゲームから、完全に逸脱していることは分かっている。滅茶苦茶な理論を振りかざしていた自覚もある。


 乙女ゲームの神本人に現場・・を見られると相当危ないというのは、クロスも分かっているはずなのだが。



「おいクロス、お前、マジで、おい」

「仕方ないじゃん……チケットを見つけたのが裁判長で、ノリノリで皆に配っちゃったんだから」



 クロスはいつにも増して疲れた表情のまま、どんよりとした雰囲気のまま。むしろ俺を非難するような目を向けてきた。



「乙女ゲームの神の許可なしに、こんな大人数を連れて来られないし。隠し立てなんてできないっての。そもそもチケットを送ったリーゼちゃんサイドに問題がある」

「……いや、まあ、それは……」



 調子に乗ったリーゼロッテが、最後の最後で大ポカをやらかしたようだ。


 乙女ゲームの神は。緩くパーマがかった長い黒髪を揺らしながら、そっと近づき。



「今日は……楽しませて・・・・・もらうわね?」



 と。俺の耳元で、そう言ってきたが。


 ――分からない。


 この神様が考えていることが、まるで分からない。楽しむ・・・という単語に、色々な含みを感じる。



「は、はは……ははは」



 悪役令嬢とメインヒロインが決着をつける前に、イレギュラーである俺が先に消されてしまうのでは?

 そもそもここまで来て、こんなことでゲームオーバーになるのか?


 と、間近で感じる圧力プレッシャーに、心臓がバクバクと音を立てていたのだが。



「まあそう意地悪するな。儂が許可を出したんじゃから」

「うん……まあ、裁判長が言うなら」



 どうやら裁判長の立場が一番上らしく、鶴の一声で事なきを得た。


 安心すると同時に、リーゼロッテには後でお仕置きをすると固く誓う。

 俺が「あのお嬢様は後で絶対にしばく」と決意する一方で、乙女ゲームの神は口を尖らせていた。



「でも、本当なら始末したいのよ? 私の庭で好き勝手にやってくれちゃって……」

「あ、あはは……」



 物騒過ぎる発言には、もう愛想笑いをするしかないが。もう会場に、一般客も来場を始めている。

 明らかに服装と雰囲気が浮いている神様ズには、さっさとVIP席に引っ込んでほしいと思っていれば。


 やたらと話が早そうな雰囲気のある男――速さの神が、何かの魔法を展開した。



「話は済んだな。さあ、早く行こう。《風霜高潔ふうそうこうけつ》」



 どうやら先ほどクロスが言っていた透過の術とはこれのようで、俺の前にいたはずの珍客たちが一瞬で消えた。



「それじゃあ、また後でな。アラン」



 何も無い空間からクロスの声が聞こえてきて、数人の足音が遠ざかって行く。


 ――意味の分からないところで過去最大のピンチ。乙女ゲームの神との遭遇を果たしてしまったわけだが。



「おーい、アラン! 何やってんだー?」

「あ、悪い、今行く!」



 本日の実況を務めるラルフの声で我に返り、俺は全ての最終確認を行った。


 貴賓席に来ていた陛下、ハル、公爵夫妻、ワイズマン伯爵、ウィンチェスター侯爵など、錚々たる顔ぶれにも挨拶を終わらせて。



 本当に、ようやく、やっとこさ、これでとうとう、決闘イベントが始まる。










 騎士の部が終わり。いつぞや俺の看守をしていた気のいい兄ちゃんが優勝したようなのだが。それはいい。見習い騎士の部で優勝した子もおめでとう。


 それが終わって、いよいよ本日のメインマッチだ。


 リーゼロッテ・フォン・カトリーヌ・クラインVSメリル・フォン・オネスティの試合……もとい、決闘が始まろうとしていた。



「さあ、まずはチャレンジャーの入場だ! 公爵家令嬢に真っ向から刃向い、社交界を震撼させた問題児――メリル・フォン・オネスティィィイ!!」



 赤を主体にした衣装に身を包んで、まずはメリルがリングインした。


 ホットパンツのようなものを履き、露出が少なめなビキニのような上着を着ていたのだが。

 あれはうちの商会のデザイン部門が仕上げたもので、機能性に優れた上にオシャレな恰好だ。


 という宣伝はいいとして。



「……ぐっ、お、覚えてなさいよ、ラルフのやつ……!」



 リングサイドの実況、ラルフからは「何回フラれても諦めない鋼のメンタル」とか、「当代一の命知らず」とか。多分彼からすれば誉め言葉であろう煽りを受けているメリルの肩が、わなわなと震えている。


 まあ、公衆の面前で晒し上げを食らっているのと然して変わらない。あとでラルフが復讐を受けたとして、それはそれだ。


 さて、リーゼロッテが入場する番となり。ここでもラルフが二つ名などを読み上げるのかと思いきや――何故か俺の使用人仲間、アルヴィンの奴が実況席に駆け寄り。実況のラルフが持つ原稿を差し替えている。



「な、なあ。なんだか嫌な予感しかしないんだが」

「奇遇だね、義兄さん。ボクもだよ」

「私もです! アラン様!」



 運営サイドの人間は、VIP席近く――ほぼ最前列――で試合を見ようとしていたのだが。

 戸惑うラルフの口からは「え?」とか、「本当にこれでいいのか?」という言葉が断片的に聞こえてきた。



「え、あ、ああ。実況だから、そりゃ読むけどさ。本当にいいんだな?」

「お願いします! では、私はお嬢様から命令されただけですので、これでッ!」



 アルヴィンは紙を届けるなり速攻でその場から逃げ出しており。ますます嫌な予感が募るのだが。


 実況のラルフは声を張り上げて、彼女・・の名を呼んだ。



「生まれ故郷は遠すぎて、戻ることも叶わない。ならば前へ進むのみ! 獅子だ、お前は獅子となるのだ! マスク・ド・リィィィゼェェエエエ!!」



 その場にいた全員が「え?」という顔になり。誰もが呆気に取られた次の瞬間。


 ――雄々しい獅子の覆面マスクを被った女が、堂々と入場してきた。


 会場入りしたタイミングからして。アレ・・が公爵家の一人娘だとは、観客の誰もが理解できたとは思うのだが。



「ちょ、ちょっと義兄さん。いいの? あれって台本に無いよね?」

「愚問だぞパトリック、アラン様からのサプライズに決まっているだろう。アラン様は我々には及びもつかない高度な計算をされているのだ。そうですよね、アラン様?」



 そんなわけがあるか。と、クリスにツッコむ余裕すらない。


 リーゼロッテの野郎は覆面レスラーの恰好で入場してきたが、原作の悪役令嬢は当然のこと覆面など被っていない。

 そもそもあんなモノを、どこで買ったのだろうか。


 色々な考えが頭を巡るが……それこそ愚問だ。特注品に違いない。

 この土壇場での傾奇者かぶきものっぷりに、俺は茫然とするしかなかったのだが。



「お、おい、誰か止め――はっ!?」



 背後にあるVIP席の右側から、途轍とてつもなく巨大なオーラが噴き出してくる気がして。俺は怖くて後ろを振り向けなかった。


 客席にはポッカリ穴が開いた場所があるように見えたが、恐らくあそこには神様軍団がいる。

 このドス黒い気配が、誰から・・・放出されたオーラかなど考えるまでもない。



 同時に、公爵夫妻が座っている左後方から物音がして。陛下とハルが座っている、中央後方の簡易な玉座からは男性が爆笑する声が響いてくる。


 多分公爵夫妻のどちらか。又はエドワードさんが倒れたのだろう。笑っているのは陛下で間違い無い。


 もう、色々と滅茶苦茶だ。





 ああ、うん。分かってた。すんなり始まらないのは分かっていたが。



「本当に最後の最後でやって・・・くれたな・・・・、あのお嬢様!?」



 という俺の嘆きをよそに。マスクの口元は、とてもいい笑顔だった。


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