第百十二話 裏社会の帝王



「おいおいおいおい、聞いてねぇぞマジで」



 話し合いが終わり、エミリーを見送った後のこと。

 俺は、足早にスラム街へと向かっていた。


 一般市民が追剥ぎを恐れて近づけない治安の悪い地域ではあるが。

 俺は良くも悪くもお得意さん・・・・・なので、フリーパスで歩みを進めている。

 そして目当ての建物を見つけた俺は、ノックもせずに粗末な木製のドアを開け放った。



「親分!」

「何だ! 出入りか――ってアランかよ。お前はもう少し静かに入ってこれんのか」

「そんなことは置いといて、急ぎで頼みが」



 俺が早速話を切り出そうとすれば。

 親分は非常に嫌そうな顔をして、半目になってこちらを見てきた。



「発破工事のスペシャリストだとか、役者崩れだとか建築士だとかよ。あれだけ紹介してやって、まだ何かあんのか」

「四の五の言っていられない緊急事態なんですよ! 今回は人を探してもらう必要は無いので、本題に!」

「お、おう。いつもより切羽詰まってんな。そろそろ借りを返してほしいところではあるんだが」



 そういって無精ひげを掻く親分に、俺は雇用契約書を叩きつける。



「借りながら、今回で一括返済します」

「……何言ってんだ? お前」

「まずはこの紙を見てください」



 親分は素直に雇用契約書を読んでくれたのだが、読み始めてすぐに、頬の筋肉が引き攣った。



「え? おい、アラン。雇われる奴の名前がロベルトになってるんだが?」

「ええ、今日は親分を雇いに来ました」



 今俺の元にいる寄せ集めの私兵は、練度が低く心許ない。

 ロクに訓練を受けていないロクでなし共を指揮できる人材と言えば、彼らを集めた親分しかいないだろう。


 別に、金に物を言わせた下剋上などではない。

 早急に指揮官が必要なのだ。



「お前これ、本気で言ってんのか?」

「はい。条件は間違いないでしょう。この場で即決を」



 用意したのは騎士団長の年俸と比肩するほどの――破格の報酬である。

 俺が大金を持っていると知らない人間から見れば、冗談としか思えないであろう好条件だ。



「雇用期限が三ヵ月でこの報酬。合意があれば無期限延長って、お前なぁ……」

「こっちもセットで見て下さい。遊びでやってんじゃないんです」



 エミリーが集めた王国各地のデータと、俺が持っている「原作」の知識。

 その二つを合わせたところ、非常にマズい状況だと判断せざるを得なかった。


 親分は読み書きはもちろん政治の話までできる、貧民街のトップエリートだ。

 資料を読み進めるにつれて、元々凶悪犯のような顔が更に険しくなっていく。



「ここに書いてあることは事実か?」

「婚約者が集めてくれた情報です。俺の部下たちに裏付けはさせていますが、多分間違いありません」

「そう……か」



 根っからの親分気質で、貧民街の顔役にまでなったロベルトの親分だ。

 スラムが消滅するような危機となれば、真剣になるのも当然だろう。


 俺が持ってきた情報とは。それは以前から危惧していた、あるイベントの兆候。



「魔物の氾濫。王都が襲われる可能性まである、か」



 中盤の山場となる「王都襲撃」のことだ。

 可能性どころか、本当に王都が襲撃されて大混乱に陥ることを、俺は知っている。


 今は四月の末だが、本来であれば九月末――つまり共通ルートの終わりがけに発生するはずのイベントだ。

 しかし資料を見れば、今すぐにでもスタンピードが起きるかもしれない。

 本来よりも半年近くは早く発生する可能性があるのだ。



 俺としても、私費を投じてスラム街の防備を固めてきたし。無理を言って、クリスにも高性能な魔剣などを作ってもらった。

 私兵の頭数もそれなりに揃えたし、訓練も始めた。

 魔道具屋で生産した攻撃、防御用の魔道具を、試供品という形でいくらか配備することもできた。


 だが、まだ早すぎる。準備は整っていないのだ。


 スラム街に防壁を作るべく行っている改修工事の進捗は、まだ計画全体で見ると三分の一ほどに留まっているし。

 スラム街という場所自体が防衛設備に乏しければ、私兵は素人に毛が生えたレベルだ。

 それに魔道具の数もまだ十分とは言えず、最近私兵団に加入した新入りの分の武器防具も、まだ配備されていない。


 このままではスラムを中心に、大勢の死人が出ることになる。



「せめて外周側の壁ができていれば話は変わったんですが」

「……今から急がせても無理だな。この分じゃ、いつ襲撃されてもおかしくねぇ」



 アイゼンクラッド王国の王都は平城で、平野部に位置している。

 防衛よりも政治経済重視の城造りと言えばいいだろうか。

 先代国王の頃から生活圏の拡張を続けていたため、外壁は取り払われて、街を広げやすい作りになっているのだ。


 特に今の陛下が即位してからというもの、東西南北全ての国家に戦争を吹っ掛けて領土を切り取ったのだから、長い緩衝地帯に囲まれた王都には、外敵に備えるという意識自体が薄いようにも感じる。



 この他にもいくつかの要因が重なり、外敵の攻撃には弱い造りなっているのだが。スラム街はその煽りをモロに受ける。


 行ってしまえばスラム街こそが、市民を守る壁なのだ。

 そういう用途があるから、流民に不法占拠された家屋も潰されずに残っている。



「この話、もう貴族の間では出回ってんのか?」

「いえ、そういった噂は聞きません。これからだと思います」

「あの国王が出撃すりゃ勝てるんだろうが……襲撃の規模からすると、王国の東全域だからな」



 陛下が出陣すれば勝てるというのはもちろんだが、「原作」では色々な理由付けをされて中央を留守にしていた。

 どこまで「原作」通りに行くかは分からないが、アテにしない方がいいだろう。




 目下最大の懸念点は、俺たち攻略対象陣のレベルが上がり切っていないことだ。


 異常なハイペースでダンジョン攻略を進めた俺は、そこそこの力を付けているが。絶対に安全圏かと言えばそうでもない。

 入院期間の分タイムロスもあるので、少しレベルが高いくらいに留まっている。


 死ぬことはもちろん、後遺症が残るような怪我をせずに完全勝利しなければいけないので、欲を言えばもう少し安全マージンが欲しいところだ。



 城に侵入した魔物を打ち払うだけのサージェスと、後方支援な上に最強装備を整えたクリスとパトリックは問題無い。

 ……はずだったのだが、実戦経験はゼロに等しい。

 装備品頼りでどこまで戦えるか、こちらも少し雲行きが怪しい。



 何より最前線で戦うハルとラルフは、そもそも推奨レベルまで達していないだろう。

 本体と行動を共にするラルフはともかくとして。

 「原作」通りの流れになるならば、ハルの部隊は奇襲を受けて、不利な状態から戦闘を開始することになる。



 二ヵ月の入院、それからリハビリ。

 半年近い、イベントの前倒し。

 ついでにハルとサージェスは、決闘騒ぎの傷もまだ癒えていない。


 以前から備えはしてきたが、想定よりも大分悪条件が揃っている。



「確かに……俺たちの居場所を守ろうと思ったら、アランの力を借りざるを得ない。これは借りになるか」



 この口ぶりだと、もうサインをしても良さそうなものだが。

 親分はペンを動かす前に、じっと俺の顔を見る。



「アラン。お前にとっちゃスラムでの思い出なんざ、いいものでもないだろ。どうしてここまでやるんだ?」

「……え?」



 言われてから、ふと考える。

 俺はこのイベントの存在を知ってから、何とか対策を講じようと走り回ってきた。

 今もそうだ。この状況を何とかしようと、エミリーから話を聞いてすぐにスラム街へ飛んできたのだから。


 ……だが、確かに親分の言う通りだ。


 子どもの頃はよく、没落貴族とからかわれたし。

 とんでもなく安い給金で使い走りをさせられたし。

 小金が手に入れば、チンピラがカツアゲをしにきた。


 実家がたまたま郊外にあったから、日銭稼ぎに通ってはいたが。

 実家での暮らしも含めて、ここでの思い出は極貧の中で喘いでいたものばかりではないか。

 暴力沙汰など日常茶飯事で、道端で殴られた回数も数えきれない。


 何故俺は、こんな場所を守ろうとしているのだろう?



「成り上がったら、こんなところに居たことは汚点でしかねぇ。この場所を地図ごと、記憶から消したいくらいだと思うんだが」



 数秒の間に、色々な思いが頭を巡る。

 しかし、少し考えて、辿り着いた結論は単純なものだった。



「俺の故郷って、王都って言うよりかはスラム街なんですよね」

「……で?」

「いやいや。で? って言われても。地元が無くなりそうだってなれば、何とかしたいと思いませんか? 今の俺なら何とかできるんだし」



 それこそ俺が今の年齢で没落すれば、また違う考えに至ったかもしれない。

 だが、俺にとってはここが育った場所だ。


 アランという人間はスラムで育ち、そこで生き方を学んだから今日まで生きてこられた。

 貴族になろうと執事になろうと、俺の本質はスラム街の人間だ。

 俺が何年生きるのかは知らないが。それはこの先の人生で、変わることはない。


 見てくれや立場が多少上等になろうが、不良は不良だろう。

 ヤンキーが地元を守ることの何がおかしいのか。



「大金をドブに捨ててまでやることかよ」

「まあ、大損には違いありませんが……そうですね。ここまで来たら、多少欲を出してもいいのかな」

「欲?」



 別になりたいとも思わなかったし、メリルがアラン・・・のルートを選ばなかった時点で、ただ共通ルートを進めるために演じただけではあるのだが。


 ちょうど諜報部隊やら使い走りやら、部下の頭数を増やそうと思っていたところでもある。

 この決断は、俺にとっても悪い話ではないだろう。きっと。



「いや、何と言うか。ここまで来たら、チンピラたちを相手にふんぞり返るのも悪くないかなって」

「顔役にでもなるか? スラム街のトップを金で雇おうってんだ。お前が俺の跡目を継ぎたいなら遠慮なく引退させてもらうぞ。お前やアルバートから振り回されるのはもうコリゴリだ」



 俺がそう言えば、親分は凶悪な面を愉快そうに歪めて笑った。

 しかし俺が目指す方向性は、顔役とは少し違う。



「顔役は親分じゃなきゃ纏まりませんよ。俺はそう、裏社会を裏から支配する男になろうと思います」

「よく分からんが、何になりたいって?」



 サージェスが進むべき道を見つけたように、俺も自らの行く末を決めなければいけない時が来たのだろう。


 自分からこんなことを言うことになるとは思わなかったが。

 まあ、これも「原作」準拠だ。


 俺は、いつか説明書で見たような気障な男・・・・とは違う。

 しかし、今の立場だけを見ても、名乗り自体はおかしいものではないはずだ。


 そう思った俺は、込み上げてくる笑いを堪えながら親分に言った。




「そうですね……裏社会の帝王とか、どうですか?」


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