第八十九話 最速攻略計画



 地下牢を脱出すれば、城の中庭に出た。

 リーゼロッテが陛下に顔見せをしに来た時に、皆でお茶会をしていた場所だ。


 庭園の方を見れば、白い帽子を被った――淑女然とした姿のエミリーが待っていた。



「お待ちしておりました、アラン様」

「済まない。待たせた」

「いえ……いや、そうですね。今度、埋め合わせをしていただけますか?」

「もちろんだ。これが片付いたらまた遊びに行こう」



 遠目に騎士を数名見かけるが、特に俺を捕縛するような動きも見せずに黙って立っている。

 どうやらアルバート様たちは、事前に手を回してから来たようだが。



『そろそろアランは脱獄を考える頃ですかねぇ』

『かもしれんなぁ』



 などという会話でもしていたのだろうか。

 俺への評価は非常に気になるところだが、それは一度置いておこう。


 裏口からこそこそと出ていくのも負けた気がするので、俺はエミリーと腕を組んでから、城の正面玄関へ向かうことにした。


 その道中で、帽子を目深に被ったエミリーと、こっそり情報の共有をしていく。



「エミリー。学園の地下ダンジョンってのは、クリアにどれくらいかかりそうなんだ?」

「情報の裏付けなどは、必要ございませんか?」

「入手経路とか信憑性とかはどうでもいい。エミリーが間違いないって言うなら信じる」

「……左様でございますか。普通に攻略すれば二週間ほど。急げば一週間と少し、くらいですね」



 俺が動く前に終わらせるつもりで、急いで攻略していると考えればもう猶予は無い。

 

 彼らは一週間も先に出発しているのに、追いつく方法があるのか?

 ……もちろん、ある。

 メリルが見ていない今だからこそ使える、奥の手と言うか――禁じ手が一つ。


 この作戦は、俺のコネクションを最大限に活かすものだ。

 専門の技術を持つ人間を。それも大量に、即座に呼びつける力が無ければ成立しないのだが。幸いにして今の俺ならば実行は可能。


 ここは時間が勝負になる。



「であれば、魔道具屋と大工たちの協力が要るな。ついでに服飾店もか」

「アラン様の傘下に入っている企業たちですね」

「ああ、エミリーにも頼みたいことがあるんだが。予定は空いているか?」

「はい、なんなりと」



 頼ってばかりでは心苦しいのだが、今や俺の財力は王国内でもトップクラスだ。

 今度プレゼントでも贈ろう。彼女が欲しがるものは何でも買ってやろうという、成金の思考に入りかけたが。まずはやるべきことがある。


 考えを地下ダンジョン踏破に切り替えて、今後の作戦を伝える。



「さっき書いた手紙なんだが、俺の代わりに魔道具屋に手紙を届けてほしい。俺の傘下になっている企業を全部、学園の礼拝堂に集めろって内容だ」

「承りました。他には?」

「そうだな。俺の銀行口座を教えるから、金貨一万枚ほど学園に寄付してきてくれ。信心深い私にとって礼拝堂が小さいことは好ましくない。すぐにでも改修工事をさせてほしい――とか、話をつけてほしいんだ」



 ペンは持ってきているので、一旦エミリーから手を放して。歩きながら手紙の裏に、口座と暗証番号を書き込んだのだが。

 エミリーは目をまん丸にして、「え?」という顔をしている。



「アラン様の口座には莫大な資金があるかと存じますが、私に教えてよろしいのですか?」

「結婚したら財布は一緒だ。知られても全く問題ない」

「いえ、結婚前の財産はアラン様個人のものですよ」

「細かいことはいいんだよ。エミリーが悪用するなんて思っちゃいないんだ。信頼の証だとでも思ってくれ」



 エミリーから裏切られるようなことになれば、その時は俺に非があることは想像に難くないのだ。

 貴族同士が結婚をすれば、結婚前に持っていた利権やら財産やらはきっちり管理するのだろうが。

 俺にはそこまでやる意味は見いだせない。


 それに公爵家とて、屋敷の資金管理は主に奥様の仕事になっている。

 俺たちも将来的にはエミリーが財布の紐を握ることになると思うので、それなら最初から、全て任せてしまえばいい。


 そんな考えが伝わったかは分からないが、エミリーはこくりと頷いた。



「後は……ハルたちにも、礼拝堂に集まるように伝えておいてくれ。俺はお尋ね者になる予定だから、学園に潜伏している」

「お尋ね者ですか?」



 深く説明する時間は無いので、それは合流した後にでも話すとしよう。



「ああ、俺を指名手配してもらうように頼んだんだ。……そうだ、マリアンネの方に、敵対貴族たちの監視を頼まなきゃな。ついでに頼めるか?」

「はい。お伝えしておきますね。……では、ここで分かれましょうか」

「ああ。頼んだ」



 俺が動けば、何らかのリアクションはあるはずだ。

 そう目論んでいるのだが、果たしてどうなるか。


 無事に王宮の敷地を脱出した俺は、エミリーと分かれて学園を目指すことになった。












「アラン、お前何してんだ! ……で、これは本当に何してんだ!?」

「見て分からないか? 発破工事だ」



 学園に駆け付けた友人たちを礼拝堂で出迎えた俺は、早速ラルフから詰問を受けることになった。

 前者は俺の脱獄について。

 後者は俺が指揮を取っている、工事作業についてのことだろう。


 現在学園の敷地内にある礼拝堂では、床を爆破するという工事が行われていた。

 俺が出資している工務店他、いくつかの業者を緊急で招集し、はつり工事を行っているところである。


 現場には臨時雇いの魔法使いと、魔道具屋の倉庫にあった魔道具を根こそぎ投入しており、随分と派手にやっている。



「一階層天井部分、防壁展開完了!」

「了解! エクスプロージョン、行きます!」



 合図から数秒して、ドォォオンという腹に響く爆発音が聞こえてきた。


 どこかの魔導士が結界を張り、工事関係者が発破をして石畳を打ち砕く。この繰り返しだ。

 風魔法や土魔法でガレキを撤去して。

 柔らかくなった地面を、作業員がまた掘り進んでいく。


 ダイナマイト代わりの魔道具や、ドリルのような魔道具まであるのだから、非常にいいペースで作業は進んでいた。



「この調子なら、今日中に半分は越えそうか……」

「だから! 先に状況を説明しろっての! 何なんだよこれは!」

「サージェスとメリルは、ダンジョンを相当先まで進んでるんだろ? 普通に行ったら追いつけないんだから、ショートカットだよ」



 説明している間にも作業は続き、三階層に到達したという声が聞こえてきた。


 新しく開いた穴には縄梯子がかけられていき、簡易な昇降機を使ってドリルなどが階下へ運ばれていく仕組みになっている。



「まさか……ダンジョンの床をぶち壊してんのか?」

「そうだよ。いやぁ、階段で地下に降りていくタイプで助かった。垂直に掘って行けば、最下層まで二日で行ける」



 ラルフは複雑そうな表情をしているが、これが最も確実で手っ取り早い方法。

 つまりは最短攻略計画だ。

 ダンジョンを爆破して床をぶち抜き、最速で最深部まで到達するという作戦である。


 初級ダンジョンがいい例だろう。

 あれは弱い魔物しか出ないダンジョンを初心者用に――破壊せずに・・・・・整備して、通い易くしたものだ。


 「原作」では試みないだけであって、ダンジョンは破壊できる。

 これがこの作戦のミソである。



「レインメーカー子爵! 今到達したのは三階層ではなく、四階層のようです!」

「階段とか部屋の位置によってはそんなこともある。構わねぇ! 掘り進めろ!」



 行く手を阻む壁もトラップも何もかも爆破して、一階層につき二時間くらいのペースで踏破している。

 真面目に攻略しているであろうメリルたちにも、明日には追い付いてくれよう。


 メリルはまんまと俺たちを出し抜いた――とでも、思っているのだろうが。

 ルール無用の場外乱闘で、俺に勝てると思うなよ。



「よし! いいペースだ。ボーナスを出す! 一人頭金貨一枚追加だ! その調子で行け!」



 指示を出してから作業員たちの様子を見ると、目に見えて士気が上がっている。

 作業のペースが速くなったようなので、俺は更に金を積み、ダメ押しをすることにした。



「全部で十階層だ! 今日中に六階層まで行けたら、更にもう一枚出すぞ!」

「「「「うぉぉおおおおお!!!」」」」



 集まっている人工と、地下の魔物を撃退するために雇った護衛たち。全員合わせて大体二百人だ。

 日当とボーナス、その他の費用も合わせると、恐らく金貨七千枚ほどの工事になるだろう。


 ついでに学園にも寄付金をぶち込んだし、この作業が終われば礼拝堂の拡張工事も待っている。

 この作戦で、金貨四万枚は使うことになる見通しだ。


 ここ二か月だけを見ても、金貨三万枚強……十億円ほど使っている。

 そこに追加で十二億円の出費だ。

 普通はこんな大盤振る舞いを続けていれば破産すると思うのだが。実は全く問題ない。



 俺が投資をした会社だけでなく、イベントシーンを進めるために買い取った店も順調に利益を上げていた。

 いつぞや自棄やけになって買った銀行の投資信託でも儲けが出ているし、メイブルが興した会社の経営も非常に良好だったりで、至るところから金が入ってきているのだ。


 消費する金が増えると共に、何故か収益も倍々に増えていっている有様である。

 むしろ、もっとバラ撒きたいくらいだと思っていた。



「相場の五倍も日当を出して、無理言って集まってもらったんだ。この際費用は度外視だな」

「……流石、金の雨を降らせる男ね。私の目に狂いはなかったわ」

「そのフレーズを聞くのも久しぶりだな」



 陛下からレインメーカーという名前を賜った時のことだが、「金の雨を降らせそうないい名前」という評価をもらった一幕があった。


 実際に各所へ金をバラ撒く男になるとは思わなかったが。

 まあ、確かにリーゼロッテの言う通りにはなっている。



「明日には最下層まで行けそうだ。ここまできたらもういっそのこと、俺たちが先にダンジョンをクリアしてしまおう。遅れてきたメリルたちのアホ面……見ものだな」

「アラン、とても悪い顔をしているね……」



 苦笑いをするハルはさておき、俺が指揮に没頭していたのは、後方を見たくないからでもあった。

 これも一つの現実逃避なのだ。


 何を見たくないかって、それは。



「アラン様! アラン様ぁぁああ!!」



 俺の姿を見るなり何故か地面に身を投げ出し、五体投地を始めたクリスのことだ。


 ……事前に聞いていた話を鑑みれば、あれでも落ち着いた方ではあるのだが。

 全快とはとても言い難い。



「アランの姿を見て、大分落ち着いてきたんだけどな」

「この分なら、寝かせておけば治るだろ。……頼むぞクリス。お前のことは頼りにしているんだからよ」

「お任せください! アラン様ァ!」



 一応受け答えができるくらいには回復しているので、あと少しだろう。

 ウォルターの洗脳なんかに負けるなクリス。

 と、心の中でエールを送りつつ、俺は現場の方を見る。



 作業のペースを考えれば、明日の早朝には最下層まで到達できるはずだ。


 明日までにクリスが正気を取り戻すことを願いながら、俺は工事の風景を眺めることにした。


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