第七十九話 夢と友情



「アラン、逃げてしまえ。俺はこんな命令に従う気はない」

「馬鹿野郎。それじゃあ今度は、お前の方がどうなるか分からないだろうが」


 実家から来た手紙を握り潰し、俺は目の前の友人に逃走を勧めた。

 だが彼は肩をすくめて、「やれやれ」とでも言いたげな顔で俺に言う。



「親父からお説教を食らうくらいなんだから、俺のことなんて気にするな。アランにかけられた容疑は王族の誘拐なんだぞ? 捕まれば死罪だってあり得る」

「疾しいところなんて何も無いんだ。これくらい何ともねぇよ」



 確かに俺も、アランがサージェス殿下を誘拐を企むなどとは毛頭思っていない。彼はそんな陰謀とは無縁の男だからだ。


 しかし宮中の人間は違う。


 もしも、王宮貴族の中に陰謀を仕掛けた者がいるとすれば。アランを容疑者に仕立て上げるくらいはお手のものだろう。


 直感の段階で既に何かしらの謀略だと確信しているし、よく考えてみれば不自然な点もある。


 第二王子が失踪したのは一週間前だという。

 何故、姿を消してから捜査の開始までに、そこまで時間がかかったというのか。


 それに俺たちが、クリスの行方を捜索し始めた時を狙ったかのようなタイミングでの逮捕状だ。



「公爵邸にいれば、下手な手出しはできないはずだ。アラン。悪いことは言わないから、一度退け!」


 

 どう考えても状況ができすぎ・・・・だ。

 ここには何者かの意図を感じずにいられない。


 この呼び出しに応じてしまえば、行った先で罠に嵌められる可能性が非常に高いのだから。絶対に彼を行かせるわけにはいかない。



「ラルフ、気持ちは嬉しいんだがな……騎士見習いが騎士団の命令に歯向かってみろ。出世どころか、正式な団員になれるかも怪しくなるぞ」

「う……」



 痛いところを突かれた。

 確かにそうだ。俺は騎士に強い憧れを抱いているし、騎士になることだけを目指して、これまでの人生を生きてきた。


 この手紙の送り主は父親としてではなく、騎士団長として署名をしているのだ。

 この状況でアランが逃げたとなれば、逃がしたことを疑われるだろうし。最低でも任務失敗の汚点は背負うことになる。


 それが見習い騎士から正式な騎士への昇進。

 即ち、従騎士から正騎士への昇格に影響を与えないかと言えば、違う。

 間違いなくこの一件も考慮されるだろう。


 アランが逃げなければ、アランの命が危ない。

 アランを逃がせば、俺の夢が閉ざされるかもしれない。



「それは……」

「無理するなよ。宮廷には公爵様もワイズマン伯爵も。ウィンチェスター侯爵たち、俺の下請けになっている貴族も大勢いるんだ。何ともないっての」



 俺は夢と友情。

 いや、自分の夢と友人の命を天秤にかけてしまった。


 友人の命がかかっているというのに。

 最低なことに、俺は自分の夢のために迷ってしまったのだ。



「いや、違う。違うんだ、アラン! 友人を売って立場を買おうなんてのは。そんな男は騎士の風上にも置けない。俺は、俺は……例え騎士になれなくても――!」



 断腸の思いで結論を口にしようとしたのだが、俺は最後まで言い切ることができなかった。

 俺が言い切るよりも、アランが動く方が速かったのだ。



拘束する電撃スタン・ボルト

「ぐあっ!?」



 小規模な雷に打たれた俺は、体を痺れさせて地面に倒れ伏すことになった。


 アランが俺に向けて拘束の魔法を発動させたのだが。

 葛藤の中にあり、注意力が散漫になっていた俺は、あっけなく拘束魔法を食らってしまった。


 倒れた俺を見て、目の前の友人は歯を見せて笑う。



「考えすぎなんだよお前は。これくらいの修羅場は何度も潜ってきたさ。すぐに帰ってくるから、考えるならクリスへのお説教にしとけ」

「ア、アラ……い、行く、な……!」



 倒れたまま手を伸ばすが、彼は俺に背中を向けて――こちらを振り返ることはしなかった。

 窓から学園の入口を眺めた後は、何でもないような軽さでパトリックの肩を叩く。



「残念だけど、もうお迎えが来たみたいなんだよな。おいパトリック。悪いけど魔法で適当なロープを作って、俺を縛ってくれないか?」

「義兄さん……」

「お前まで辛気臭い顔をするなっての。……クリスの行方を探す手がかり、俺の代わりに探しておいてくれよ」



 パトリックも渋々という様子ではあったが、樹木を寄り合わせて作ったロープを手に持ち、アランを後ろ手に縛っていく。



「ああ、そうそう。迷惑ついでにもう一つ。ラルフは俺を捕まえたが、友人が連行されるのを見るのはしのびないから席を外している。とでも言ってくれないか?」

「何、言って……んだ! この、馬鹿野郎……!」

「ま、お互いのためってやつだ。……んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」



 彼とて、自分の身が危ない立場にあることは分かっているはずだ。だと言うのに、彼は散歩にでも出かけるような気安さで俺の前から去って行った。


 俺に罪悪感を抱かせないために、敢えてそんな態度を取ったのだろう。


 その後。

 アランは学園前に現れた騎士に拘束され、王宮に連行されていった。



 ……そして、何でもないような口調で軽口を叩いたアランは、俺たちの前に戻ってくることは無かった。












「済まない、エールハルト! 俺のせいで……アランが!」

「顔を上げてくれ、ラルフ。……仕方がないよ。君が命令に逆らったらどうなるか。それを考えないアランではないだろう」



 アランは地下牢に幽閉されることになったらしい

 王城内にある騎士団の詰所でその事実を知った俺は……すぐにエールハルトの私室に向かった。


 孤独な彼に、人生で初めてできた無二の親友にして兄貴分。

 そんな男をみすみす窮地に追いやってしまったのだから、俺にはもう、謝ることしかできない。



「そうだよ。アイツは俺のせいで」

「君のせいじゃないさ。アランだって逃げ切ることは難しいと分かっていたから素直に捕まったのだと思うし……きっと大丈夫だよ。まだクライン公爵家は動いていないけれど、公爵家が動けば状況は変わる」



 そう言いながらも、彼の表情は不安げだ。

 指先は小刻みに動き。視線を伏せたまま、俯きがちに話している。



「だけど。もう少し、打てる手はあったはずなんだ」

「そうかな……? 僕たちにできることなんて、何があっただろう」

「そりゃあ、逃げるのに手を貸して、その間に殿下を捜すとか」

「……無理だね。逃げている間に、犯人だと確定させられてしまうよ」



 アランが逮捕されてから、地下牢に幽閉されるまでの流れは聞いている。

 アランの動向やサージェス殿下との関わりまで調べ上げられていたし、二か月以上前に起きたことも引き合いに出されていたらしい。


 どう考えても、彼を嵌めるために用意周到な計画が練られていたとしか思えないのだ。

 だから、逃亡した時点で犯人だと確定させるようなシナリオもあったと見るべきだろう。それは理解できる。


 俺が納得したと見たのか、エールハルトは更に続ける。



「それに僕らが手を貸していることが分かれば、その先に待つ未来は明るくないよ。ラルフ、その場ではどうしようもなかったんだ。自分を責めるのは止めにしよう」

「……そう、だな。すまん」

「それよりも、これから先の動きを考える必要がある。言った通り、僕らに取れる手は少ないのだから」



 今の俺には騎士団の目がある。

 アランを捕らえたのは俺ではなくパトリックなのだし、俺がこの件に不満を持っていることなど明らかなのだ。


 先ほどから監視を付けられているようで、下手な動きをすればすぐに知れ渡ってしまう。


 そしてエールハルトも動けない。

 彼が動けばアランを庇ったように見えるだろう。


 王族が私情で裁きを覆すなどすれば、求心力は確実に落ちる。

 それでは彼のリーダーシップを疑われることになるからだ。


 何より。ここで助けようとすれば、アランの立場が更に悪化するかもしれない。


 やはりサージェス殿下の失踪には、レインメーカー子爵が絡んでいるのではないか。

 エールハルト殿下のご命令で動いていたのではないか。という風にだ。


 そんな流れになることは、想像に難くない。



 数秒か、十数秒か。

 俺にとっては無限にも思えるほど長い沈黙の帳が降りて。

 間を置いてから、エールハルトは俺に言う。



「ねえ、ラルフ。アランはたまに突拍子もないことをするよね」



 全く脈絡が無く、何の話だ……とは思うが。確かにそれは分かる。


 アランが絡んだ出来事は何かにつけて大事になるし。針小棒大と言ってもいいくらいの事件などいくらでもあった。


 先ほど魔法研究棟で行われた作戦だってそうだ。

 中身が焼野原になっていてもいいから、外観だけは無事に済ませるなど。

 どういう意図での行動だったのだろう。


 あいつの勢いに流されてしまうことも多いが、理解不能な場面など何度も見てきた。



 だが、それが今の状況と何の関係があるのだろうか。

 そう思いエールハルトを見れば、先ほどまでの表情とは打って変わり。

 口元に手を当てて笑っている。



「ふふっ、あれはね。世紀末式世渡り術と言うそうだよ。スラム街伝統の教えなんだそうだ」

「……は? 世紀末?」



 いきなり何をと思うが。彼は笑いながら言う。



「ああ。過酷な世間の荒波を乗り越えるための、生存だけに特化した荒っぽい世渡りの方法なんだって。死ななきゃ安い。致命傷を回避するために、敢えて重傷を負いにいけ……と言っていたかな」

「何だそりゃ」



 致命傷を負わないならばいくらでも怪我をしていいという趣旨の世渡りらしいが。そんなものは聞いた事がない。

 ……アランはスラム街の連中から担がれて・・・・いるのではないだろうか。


 それはさておきだ。

 エールハルトはアランの処世術を引き合いに出して何を言いたいのか。

 俺が訝しんでいると、微笑みながら彼は続ける。



「今、立て続けに大事件が起きているよね? サージェスの失踪に、アランの逮捕。そしてクリスと……メリルも居なくなった」

「メリルはどうでもいいが」



 むしろ消えたままであれば、俺にかかる負担がどれほど減ることか。そんな考えが浮かんでしまうくらいには心配していない。

 俺が冷静に答えると、エールハルトは溜息を吐いてから続ける。



「君は本当に彼女への当たりが厳しいね。とまあ、僕らの周りにいる人物が、見事に居なくなっている。……これが陰謀だとすれば、僕らが喧嘩を売られたということで間違いないよね?」



 そういうスケールの話ではない。

 これはもっと大きな陰謀の話だ。

 そうは思うが、いきなり突拍子も無いことを言われて、俺としても反応に困る。



「け、喧嘩だって? そんな規模の話じゃないだろ……いや、喧嘩を売られたとしたら何だって言うんだ」

「ん? 僕が考えているのは、至極当たり前のことだよ」



 何を暢気なことを言っているのかと、俺は困惑していたのだが。

 次いで彼の口から出てきた言葉に、俺は暫しの間、思考を停止することになる。



「これは是非、真犯人に、落とし前・・・・を付けてもらいたいと思うんだ」




 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 リーゼロッテの影響で脳筋になったのなら、ずっと横に居たアランの影響も受けていなければおかしいよね。

 ということで、次回、エールハルトが動き始めます。

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