第七十四話 後に後悔する日



「アラン様、どうしてメリルさんと二人で迷宮へ?」

「え? あ、いや……その……」



 メリルと共にダンジョンへ潜った翌日のことだ。

 俺は放課後にメリルを誘ってダンジョン攻略会議をしようと思ったのだが、そこにエミリーが現れた。


 ハルとリーゼロッテだって二人で組んでいるし、他の生徒も、婚約者がいるような奴らはそこで組んでいる。


 俺のように、婚約者がいるのに他の女子生徒と組む方がおかしいのだ。

 エミリーが「何故アランとメリルが組むのか」という疑問を挟むのも、当然のことだろう。


 しょんぼりと肩を落としながら、彼女は言う。



「私、アラン様からのお誘いを待っておりましたのに……」

「す、すまないエミリー。別に浮気とかじゃないんだ」

「あら、そうなのですか?」



 それを疑って俺を詰めてきたのでは?

 そう思ったのだが、エミリーはきょとんとした顔をしている。



「ふむ……そうですか」

「え、エミリー?」

「いえ。では、そうですね。今後は三人で回りませんか?」

「えっ?」

「えっ?」



 これには俺もメリルもビックリだ。

 メリルとのコンビを解消しろと言われる予想をしていたので、エミリーからの提案は完全に予想外だった。

 驚く俺たちをよそに、エミリーはにっこりと笑って言う。



「婚約者としてアラン様と組む必要もありますし、今からペアを解消しても、メリルさんが相手選びに苦労なさると思うので」

「あー、それでいいなら俺はいいんだが、いいのか?」

「ええ、構いませんよ」



 ただでさえパトリック……違う、マリアンネのことがあったばかりなのだ。

 女好き疑惑や、浮気の疑いを掛けられても仕方がないと思ったのだが、エミリーの心の広さはやはり別格だったようだ。



「よし、それじゃあ三人で攻略を」

「アラン、ちょっと待って」

「何だよメリル……おい、引っ張るなよ」



 俺が話を纏めようとしたところで、何故かメリルは立ち上がった。

 そのまま俺の首根っこを掴んで、部屋の隅へと引っ張っていく。



「アラン、本気でエミリーと一緒に回るつもり?」

「はぁ? それしかないだろ。何だよ、嫌なのか?」



 そう聞けば、何故かメリルは気まずそうな表情のまま答えた。



「嫌って言うか……嫌な予感って言うか……」

「何だそりゃ? 立場上なら俺とエミリーが回る方が自然なんだよ。それにエミリーなら、原作でも一緒に連れていけるだろ?」

「それはそうだけどさ……」



 メリルは歯切れ悪く、何やら言い淀んではいるが。

 まあ、この状態でエミリーからの申し出を断れるはずもないのだ。


 それに言った通り、エミリーならば「原作」で他の攻略対象を連れているときにも同行させることができた。


 イベントで参戦するモブの味方などもいるので、別に攻略対象と二人きりでなくとも、パーティを組むのに支障はない。


 エミリーについては特筆するほどの能力はないのだが。

 回復、攻撃、支援、全てをそこそここなせる万能型という印象だ。


 ハルから攻撃能力を引いて、回復能力を足したような性能だっただろうか。


 俺は攻撃一辺倒だし。

 現状でメリルが扱えるのは、ほぼ回復のみだ。


 攻撃に参加できて、補助にも回れるエミリーが加入すると言うのだから。戦力の増強という点でも間違いない。


 断る理由がまるで無いと思うのだが。

 メリルは何故か渋い顔だ。

 俺とメリルが話していた様子を見ていたエミリーは、少し寂し気な顔をしてメリルの方を向く。



「メリルさんは……私と組むのはお嫌ですか?」

「えっ? い、いや、そんなことはないよ? 一緒に行こっか」

「良かった……では、よろしくお願いしますね」



 そんな流れで、エミリーがパーティに加わった。



「よし、じゃあ攻略会議をしよう」

「はい、アラン様……うふふ」

「ああもう、八方美人はやめようって決めたのに……」

「おいメリル。何ブツブツ言ってんだよ。やるぞ?」



 この時エミリーは相当黒い笑みを浮かべていたそうなのだが。

 当然のこと、俺は全く気付いていなかった。


 メリルも何やら懊悩おうのうしていたようなのだが、俺は気にかけていなかった。


 この日の俺は、もっと色々なことに気を配るべきだったのだと、後で気づく。

 今日は、後に後悔することになる日だった。



 そして、女性陣にしてもそうなのだが。

 その最たるものはクリスの・・・・動向・・だった。






 三人で次に回るダンジョンとその傾向を確認してから、俺はエミリーの装備を調達するためにクリスの研究室へ向かった。


 目覚ましい成果を挙げているクリスは魔法研究棟の中に個室を持っており。

 そこには魔術、魔道具の研究素材や、メリルに販売するための装備品などが保管されている。


 忘れがちではあるが、クリス自身は天才魔術師と呼ばれるくらいに魔術研究の第一人者なのだ。

 魔道具の分野だけではなく、手広く研究開発をしている。


 ……学会での発表やら魔術の実験やらも、魔道具販売と平行して行っているのだ。

 自由な時間も碌に無いだろうに、彼は「メリルとも仲良くしてやってくれ」という俺の頼みを聞き、律儀に教室へ遊びに行ったりしている。


 好感度に影響しているかは微妙なところだが、メリルにとって貴重な友人となりつつあるのは確かだ。



「おーい、クリスー。ちょっと相談があるんだが」



 忙しくしているクリスに追加で頼み事をするのは、いつも心苦しいのだが。

 困ったことに、俺の立てる作戦は大抵がクリス頼みなので、どうしても頼らざるを得ない状態が続いている。



「これはアラン様。どのようなお話ですか?」

「いやな、ちょっとエミリー用の装備も用立ててほしいと……って何だ。どこか行くのか?」



 俺がクリスの研究室を訪れてみれば、彼は余所行きの恰好だった。

 手には鞄、大きめのアタッシェケースを手にしている。


 既に制服からも着替えており、袖口がヒラヒラとした純白のシャツに真っ赤なタイ。そして、上質なベージュ色のズボンといういで立ちであった。

 まるで貴族の邸宅を訪問する時のような服装だ。



「はい。この後は大きな商談がございまして」

「大きな商談? そんな案件あったか?」



 俺はここ最近で来ていた魔道具関係の陳情、要求などを思い返すが、クリスを引っ張り出すような案件は無かったはずだ。


 マリアンネが代わりに処理したものであっても、大きな商談だと言うのなら俺にも報告が来るだろう。

 訝しむ俺を見て、クリスはすぐに答えを言う。



「私宛てに来た新規の案件です。開発関係なので、私が出向こうかと」

「まあ開発のことは分からないから、そっちはクリスに任せるわ」

「はっ! お任せを!」



 マリアンネの加入で俺の仕事が楽になったとはいえ、クリスが関わっている研究や開発に手を出そうとは思わなかった。

 理解が及ばない点が多すぎるので、開発絡みのことは全て彼に任せているのだ。


 今回もそれでいいだろうと思い。

 俺は先ほど本人の希望を基に書いた、エミリー用装備のラフ画をデスクの上に置く。



「じゃあ、それが終わってからでいい。デザインの要望だけ置いて行くから、時間がある時に頼む」

「お任せください。アラン様の婚約者であるエミリー様のために、最高の装備を作り上げましょう」



 知り合いの中でもぶっちぎりで優秀な天才魔術師。

 この男に任せておけば万事問題無いだろう。


 そう考えて俺は早々に退散したのだが。

 せめてあと五分くらい。世間話くらいはしていくべきだったのだ。


 そうすれば、今日のクリスの商談相手が誰だったかを知ることができたのだから。




 俺が居なくなった部屋で、クリスは一人呟く。



「さて、今日の商談相手は……ウォルタ・・・・ー男爵・・・か。難しい案件だが……これが成功すれば、きっと……」


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