閑話 あの人たちの思惑


 アルバート視点になります。

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「陛下! 何故あのようなことをなさったのですか!」

「何か問題があるか?」

「大ありです! よりにもよって、レインメーカーの伯爵家の遺児を政界に引きずり出すなどと……何をお考えですか!」



 我々が謁見した後、一部の高位貴族が婚約式の話し合いに参加し、日程の調整が進められた。

 第一王子と公爵家令嬢の婚約式とあって、かなりの規模が予想される。


 二人が学園に入学する前には行おうという話になったが。

 まあ二、三年後になるだろうか。


 さて、話し合いもひと段落し、陛下と私は二人で連れ立って歩いていた。


 王宮内にある陛下の執務室で話をしようとしたのだが。

 部屋に入ってすぐ、一人の闖入者ちんにゅうしゃが現れた。


 動きにくそうな、豪華な文官服を着た男。

 宰相だ。

 彼は執務室に入るなり陛下に詰め寄り、謁見の間で行われたやり取りへの不満を露わにしていた。


 話のポイントは、何故アランにレインメーカーの名前を取り戻させたのか。

 何故アランを子爵にしてしまったのか。この二点のようだ。



「レインメーカー伯爵夫妻は謀殺されたのですぞ! 遺児は見逃されていたというのに、これでは恰好の的ではありませんか!」



 数年前のことになるか。

 アランの両親、レインメーカー伯爵は暗殺されたという噂が飛び交っていた。

 他の派閥のことだったからよくは知らないし、ケリーに調べさせたところで碌な情報は出てこなかった。


 だが宰相は、「謀殺された」と断言している。

 証拠か、証言か。

 宰相はこの件について、何かしらの判断材料になる情報を掴んでいたらしい。



「どこの派閥か、誰の差し金か。全てどうでもいいことだが。……そ奴らが仕掛けてくるならば、あ奴が戦う姿を眺めるのも一興ではないか」

「陛下! 戯れに子どもの命を弄ぶなど、遊びが過ぎますぞ!」



 宰相は、老齢にしては気骨のある人物だ。

 今も矍鑠かくしゃくとして陛下に苦言を呈しているが、陛下はそれを退屈そうに見ている。



「遊びなものかよ。試練を乗り越えてこそ成長があるのだ。アランの奴には、うちの息子とアルバートの娘に、並び立つ男になってもらわなくてはな」

「そんな、過酷な試練を与えずとも……」

「まあまあ、宰相。私はいい手だと思うよ」



 興奮する宰相を宥めると。

 彼は信じられないようなものを見る目を私に向けた。



「アルバート殿。貴方は彼を庇護している立場だろうに!」



 それを言われればそうなのだが。

 しかし、今回に関してはあまり心配していない。



「成長を願っているのは私も同じさ。娘を補佐できる唯一無二の存在になろうとしているのだからね。それに……そこまで過酷な道ではないし、アランが暗殺されるなどという事態も起こり得ないよ。デメリットが大きすぎる」



 アランが叙爵したこともあり、レインメーカー伯爵暗殺の噂は再び話題になるだろう。

 このタイミングでアランが命を落とせば、今度こそ大々的な捜査が行われるはずだ。


 暗殺してまで守りたかった権益があったのか。

 それとも知られたくない部分を知られてしまったのか。


 そこにどんな事情があったにせよ。

 伯爵を暗殺してまで隠したがっていた事実が、露見する可能性は非常に高くなるだろう。


 そうなれば、暗殺を目論んだ勢力にとっては藪から蛇を出すにも等しい。



 そもそもアランは早くに両親と死別していたので、大した情報など持っていないはずだ。

 今さら口封じなどする意味がない。


 更に、今のアランは公爵家の庇護を受け。

 第一王子と仲が良く。

 陛下にも気に入られた。という立場にある。


 アランを暗殺すれば――いや、計画が露見した時点で、それらを丸ごと敵に回してしまう。


 暗殺のリスクが、リターンに見合うとは思えない。

 だから、殺される心配などないだろう。というのが私の見立てだ。



「アランは政治の世界と無縁に生きてきた子だ。練習相手にはちょうどいいさ」

「だろ? アルバートは分かっているな」



 衆人環視の中で叙爵をして。

 大勢の貴族の前で、「レインメーカー」の名前が出てきたのだ。


 恐らくだが、レインメーカー伯爵夫妻を害した勢力が取る行動は、精々が牽制程度のものになるはずだ。


 関与していた家があまり大っぴらに動くと目立つので。

 まずは使用人なり子弟なりを使って接触を図るだろう。


 だから、いきなり貴族の当主が出てくるよりも扱いやすいはずだ。

 そういった連中をいなして経験を積ませるという意味では、いい手だと思う。

 


「しかしですな、騎士や準男爵ならともかく、功も無いのにいきなり子爵とは……」



 宰相もそこに考え至ったのか、少しトーンダウンしたようだ。

 それでも、少しバツが悪そうな顔で続ける。



「功ならあるぞ。うちの息子を鍛え直してくれたことだ。もしかすると国を救うような働きであるし。……宰相。貴様もよく「軟弱な」と言っていたではないか」

「あれは……殿下にあまりにも気概がないので、発破をかけただけです!」



 ちなみに宰相は無派閥であり。

 エールハルト殿下にも、第二王子であるサージェス殿下にも、特に思うところはないそうだ。


 ただ、当のお二人からは絶大な苦手意識を持たれてしまっているため、その発破・・とやらがどれくらい効果があったのかは怪しいが。



「まあ、その是非はどうあれ……。ありがとうございます、陛下。これでアランも、立派に殿下と娘の盾となれることでしょう」

「……盾?」

「まあ、クライン公爵家には敵が多い、という話ですよ」

「クライン公爵に、の間違いだな。……派閥争いなど、くだらん真似を」



 人が集まれば、どうしても派閥はできる。


 国内で最大の力を有しているクライン公爵家だが。

 いや、力を持っているからこそ国内にいる無数の貴族から狙われる。


 公爵家、侯爵家、力のある伯爵家や辺境伯。

 ナンバーワンになれない勢力からは妬まれ、いつでも追い落とす機会を狙われている。


 派閥内でも出世争いや主導権争いが起こる始末だし、面倒なことこの上ない状況ではある。



「……ああ、盾とは何か、という話だけどね。これから殿下とリーゼは高等学院に入学するんだよ」

「そう言えば、もうそんな時期でしたか」



 その件には頭を悩ませていたので。

 まとめて解決できてよかったと思っている。



「彼らに絡んでくると言えば、貴族の子弟だ。いくら英才教育をされているとはいえまだ子ども。子どもが集まれば、実家の影響を受けて暴発する子がいるかもしれないだろう?」

「なるほど。年上とはいえ、市民階級の……平民の執事では、お二人を守ることも難しいと?」



 そういうことだ。

 宰相は頭の回転が速く、話が早くて助かる。


 高位貴族の子弟よりも、下級貴族の当主の方が身分は高く扱われる。

 そう言った意味では、大きな力を持たない……法衣貴族の伯爵家、それ以下の子弟には物を言える立場になったわけだ。



「そういう意味では、あの免状も妙手でしたね」

「はっはっは。言っただろう? 五年後には役に立つ、と」



 子爵家当主相当の身分。

 そこに「諫言御免状」なる書状が手渡されたことで、有力な伯爵家や侯爵家の子弟にすら物申すことができるようになった。


 更に……いかなるとき、いかなる場所、いかなる行為での諫めごとも許可されているのだ。


 免状を盾にすれば、アランが得意とする手荒なやり方・・・・・・も許される、というわけだ。


 陛下がアレを渡したのは、冗談でもなんでもない。

 あれは身分が高い子どもをしばく・・・ための権利なのだ。



「濫用すればいらぬ反発を招きそうですが」

「その匙加減も含めて勉強を……おや? 陛下、窓の外を眺めてどうなさったのです?」



 苦い顔をしている宰相から目線を外せば。

 陛下は中庭にある庭園を見下ろして、含み笑いをしていた。


 そして、どこからか双眼鏡――戦場で物見に使う、非常に高価な偵察用の装具――を取り出して顔の前に構える。



「いや、何。そろそろかと思ってな。……息子の家庭教師を呼び出して、勉強の範囲を指定した甲斐があった」

「勉強の範囲ですか?」

「そうだ。貴族法の……相続についてだな。相続放棄以外・・のことを教えるように言い含めておいた。ついでに初任研修で習うような、免除規定も教えぬようにとな」



 ああ、そんな規定もあったな。と、私も遠い昔に習った、忘れかけていた法律を思い出す。


 アランがレインメーカー家を再興させたから、確かに伯爵家から相続が起きるはずだ。


 だが、屋敷を含めた維持費から社交の費用まで、アランに払いきれるはずがない。

 そういった場合は相続の放棄や。夜会への出席免除を願い出ることも可能なはずなのだが。



 ……その部分以外・・を教えさせた?



 私も中庭の様子を見ると、殿下、リーゼとアランが三人で話し合っているところだったのだが。


 突如として、アランが膝から崩れ落ちた。


 恐らく、殿下が最近習ったという相続の話を聞いたのだろう。

 その話を伝える殿下が「相続放棄」という手段を知らないのだし。リーゼには貴族法など触りしか教えていない。

 アランは莫大な借金を抱え込むと思い込んでいるのではないだろうか?



 ちら、と陛下の方に再度目線を送れば、陛下は肩を震わせて。


 そして、数秒後に高笑いを始めた。



「はーっはっはっはっは! フハハハハハハ! いい表情ではないか! 傑作だぞ、アルバート!」

「陛下、貴方は、貴方という人は…………!」

「はは、陛下もお人が悪い……」



 宰相は怒りで顔を真っ赤に染め上げ、私には苦笑することしかできない。

 可哀相に。

 今のアランには、税の納付を滞らせて奴隷落ちする未来が見えているのではないだろうか。



 陛下は、最初からアランに爵位を授けるつもりで同席させた。


 そこまでは私にも事前に通達があったし、公爵家にとっても悪い話ではないから快諾させてもらった。


 予想外だったのは、陛下がよりにもよって、謁見中にアランで遊び始めたこと。

 そして、その後のアランの返答だ。

 陛下の好みに合っていたから許されたものの、あれは心臓が止まるかと思った。



「宰相、目が悪くてよく見えんのだろう! ほら双眼鏡を貸してやるから、見てみろあの顔を!」

「陛下ぁぁあああ!!」



 そう、つまりこの御方は。

 最初からアランに対し、俗に言うドッキリ・・・・を仕掛けて、盛大に遊ぶつもりだったのだ。



「……あの、陛下。そんなだから、アランから「いたずら小僧」などと言われるのですよ」

「意外と的を射ているぞ? あれで中々慧眼ではないか! フハハハハハ!」



 免状の件も想定外ではあったが、お陰で事態が好転しそうなので、悪いことではない。

 今日の首尾は上々だったのだが……早めにフォローしてあげるべきだろうか。



「陛下ァ! アルバート殿も! そこに座れい!」

「いかんな、宰相が本気で怒った。逃げるとしようか」

「お供します、陛下」

「あっ、待てぇい! いつまで経っても……! この、悪ガキどもがぁ!」



 陛下は昔、当時教育係を務めていた宰相の小言が嫌になり、武者修行と称して家出の旅に出たことがある。

 面白そうだからと私も一時期同行して、気に入らない貴族の家に殴り込みをかけたものだ。

 よく言えば世直しの旅、悪く言えば騒乱をバラ撒いて歩いた旅だった。



「お前の妻も、他所の婦人たちと茶でも飲んでいるのだろう。途中で拾っていくぞ。……運べ」

「恐らくテラスですね。承知しました……羽ばたきの風フラッピング・ウィンド

「あ、こら! 室内で空を飛ぶな! 窓から出るんじゃない! せめてドアから出ていけ馬鹿者どもがぁ!」



 人間、歳を重ねても根っこの方では変わらない。


 結局のところ、陛下も私も、いくつになってもいたずら小僧なのだ。



 そう。私もまた。まだいたずら小僧のままだ。


 心臓に悪い真似をしてくれたアランには、きっちりとお仕置きをしないといけない。


 さあどんなお説教をしようか。キャロラインとも相談しなければ。

 と、私は少しウキウキした気分で、テラスへと向かった。




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 Tips

 アルバートは、昔スラムの親分以下、荒くれもの共を率いて陛下に挑んだことがありますが、あっさりと返り討ちに遭いました。

 それ以来、強敵と書いて「とも」と呼ぶ仲なので、結構気安い関係になっています。



みんなの戦闘力(超人強〇風)

陛下1億パワー   ガウル954万パワー アルバート860万パワー

アラン460万パワー お嬢様250万パワー 殿下96万パワー エドワード150万パワー



 第一章時点のものです(更新予定ナシ)

 現状でガウル(殿下の護衛騎士)を超える戦闘力を持つ人間は、王国内に五、六人しかいません。

 二章で語られるとある事情により。メインキャラクターの戦闘力は軒並み高い数字になります。


 今のアラン(十三歳)でも、一般兵十数人分くらいの戦闘力。

 エドワードは攻撃魔法を数種類扱えますが、紙装甲。固定砲台としてならアランと同レベルです。

 殿下はこれからトレーニングを頑張れといったところ。

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