41、スピード婚かよ


「これは恒星の電磁波を、感知するアンテナ。計算した結果、この屋上が電磁波の影響が一番強かった」


 剥不はがれずさんはアンテナに触れながら言った。


 傘を逆さまにしたような、黒いアンテナは、俺の背丈よりも大きかった。今はしっかりたたまれている。


「どう言った形で現れるのか、いろいろ予測はしていたけれど、こんなに近くに現れたのは僥倖ラッキー


「じゃあ一刻も早くこの屋上から離れないと……」


「もう遅い。この町全体に降り注いでいる」


「えー……何よそれ」


「そ、それ大丈夫なんですか?」


「安心して欲しい。電磁波の影響は今がピークだから。消失時間は減っていくと考えられる」


「そ、そっか……良かった……のか?」


「害はない、はず」


 というわけで、と言って剥不さんはジッと二葉先輩の顔をみた。


「三船二葉は、とりわけ恒星電波の影響を受けやすい体質、なのかもしれない。専門用語で言うところの、曖昧な存在ファジー・プレゼンス。つまり消えちゃう病」


「消えちゃう病……ひぇえ」


「素晴らしい実験台」


「ば、バカにしてるのかい」


「百万人に一人の逸材いつざい。我々の研究に協力してほしい」


「……うーん」


 先輩は悩んだように首を傾げた。


「どうした方が良いと思う?」


「俺が決めて良いんですか」


「うん。だって、消失したことを教えてくれたのは、ナルくんでしょ。私はあんまり実感ないし」


 やはりあまりピンときていない様子で、先輩は言った。


「私は別にどっちでも良いかな。その内、無くなるんなら」


「……俺は、ちゃんと知っておいた方が良いと思います。また、あんな風に消えられたら、嫌ですし」


「そうだね。じゃー、お願いしようかな」


「感謝感謝」


 嬉しそうにうなずいた剥不さんは、白衣のポケットから小さなタブレット端末を取り出した。


「さしあたっては、この書類にサインをお願いする」


「サイン?」


許諾書きょだくしょ。形式的なもの。名前を書いてくれるだけで良い」


「ほいほい。ささーっとな」


 ペンを取った二葉先輩は、サインをし始めた。


 その様子を、剥不さんがじいっと直視している。


 横に立った鷺ノ宮は、気まずそうに目をそらしていた。


 ……何か嫌な予感がする。


「二葉先輩、ストップ!」


 慌てて叫ぶ。

 顔を上げた二葉先輩は、キョトンとした顔をしていた。


「え? もう書いちゃったよ」


「……ちょっと貸してください」


 タブレットを奪い、改めて契約の文面を表示させる。


「……なんですか。この『二十四時間行動を観察』って。規約を破った場合……罰金?」


「文面の通り」


「ん? 私観察されるの?」


「部屋にカメラを仕掛けさせてもらう。いつ消失するか逐一ちくいち観察したい」


「うえぇ……」


 二葉先輩は顔を青ざめさせた。


「私のプライバシーが……」


「鷺ノ宮、お前も知ってて……」


「すまんな。昔からのやり方なんだ」


「ただの詐欺だぁ……」


 サインしたタブレットを破壊してやろうと思ったが、鷺ノ宮にやんわりと止められた。


「……無駄だよ。サインした時点で、バックアップが保存されている」


「こんな契約は無効だ。やっぱり帰りましょう」


「う、うん」


「しても良いが、そうなると二葉さんの消失の原因は、分からないままだぞ」


 鷺ノ宮はたしなめるように言った。


「悪いことは言わない。この件で、今最も頼れるのは、世界の中で剥不部長だけだ」


「肯定」


 ふふんと胸を張った剥不さんが前に出る。


「NASAだって知らない事実」


「な? 大丈夫、悪いようにはしないさ。俺たち、友達だろ?」


「悪い奴ほど、そういうんだよなぁ……」


 とは言いつつも、背に腹は変えられない。彼らが俺たちより、この件に詳しいのは確かだった。


 何より二葉先輩のためだ。


「分かった。けど、カメラの設置は無しだ」


「ですって。剥不部長、それで良いですか」


「了承。ただ、観察は希望。データ的に深夜に起きる可能性が高いのだが、今晩は家に行っても可?」


「泊まるってこと?」


「いかにも」


 二葉先輩は俺の方を振り向いた。


「大丈夫かな。ナルくんの家にもう二人」


「……まぁ、幸い部屋余ってますから。でも1日だけです。まじで1日だけです」


「じゃあ、おっけーだね。良いよ、今日泊まっても!」


陳謝ちんしゃ陳謝」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 俺と二葉先輩を交互に見比べながら、鷺ノ宮は唖然あぜんとした様子で言った。


「え? お、お前らもう同居してるの?」


「うん」


「えぇ……スピード婚かよ……」

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